一章 都市伝説との邂逅
1 行き倒れの少女との遭遇
「えーっと、大丈夫か?」
閑散としたコインパーキングで中学生程の女の子に声を掛けるという、近隣住民に通報されてもおかしくない様な行為に及んだのは四月下旬の放課後の事だった。
信用してもらえるかは分からないが、別にやましい気持ちがあった訳ではない。
やや低身長気味でショートカットの少女の顔付きは確かに整っていて、俺の好みに直球で突き刺さってはいたのだけれど、決してそういう意図はなくて。
ただ単純に心配だった。
ただそれだけ。
だってそうだろ。
人気の無い場所で蹲っている人が居れば、誰だって心配する筈だ。
そして心配して声を掛けた俺に対し、まず真っ先に返ってきたのは……腹の虫だった。
「……お腹が空いて動けない」
流石にそれは無いだろうと心中でツッコミを入れざるを得なかった。
例えば大昔の戦争中やその後しばらくといった時代ならともかく、現代日本で行き倒れは無いだろうと。
ましてやホームレスなどではなく、帰る家がある様な年頃の奴がだ。
故に空腹なのは間違いないとしても、動けない程というのは流石に考えられない。
だから俺が返せる言葉で最も正解に近いのはこういう事だろう。
「……まあ急病とかじゃなくて良かったわ。とりあえず家帰ってなんか飯食え」
俺以外の誰かに迷惑を掛ける可能性もある以上、早々とご帰宅を促すべきだ。
だけどそれでも少女は動こうとはしないで、俺の言葉に力無く反論してくる。
「だから……動けないって言ってるじゃん」
「いやいや、人間そう簡単に動けなくはならねえから」
「まあそりゃそうかもしれないけど、私には関係ないもん」
「関係しかねえだろ……なんでお前人間止めちゃってんの?」
そう言ってため息を付く俺に、少女は変わらず力無い声音で再び反論してくる。
「止めるも何も……私人間じゃないし」
「人間じゃねえってお前……」
思わず苦笑いしながら、ようやく目の前の少女が何をしているのかを理解した。
妄想に耽っているのだ。
自分が人間ではない何かという設定で、端から見れば面倒でしかない妄想に浸っている。
別に怪我もしてないのに右腕に包帯と左目に眼帯付けて学校来てるウチのクラスの大森君と同じタイプの奴だ。暖かい目で見守るしかない奴。
……だとすればお手上げだ。
大森君はクラスメイトだから意思疎通ができるものの、そうでもなければまともに相手なんてしていられない。違う世界を生きている。
だからもう一度家に帰るよう促してこの場を去ろうと。
そう、思った筈だ。
……だけど。
「……まあいいわ。とりあえず軽く食えるもん買って来てやるよ」
気が付けばそんな事を口走るような。
そんな感情が脈略も無く芽生えていた。
人間じゃない発言に関しても、もしかしたらなんて不可解な感情が沸いてくるおまけ付きで。
「……?」
自分が言った言葉に自分で困惑する。
もちろん現在進行形で抱く思考にも。
俺自身の感情の動きが、全くもって理解できない。
それでも何か分かる事があったとすれば。
「え? あ、ありがと。なんだかんだ言って優しいじゃん」
もう買ってくると言った手前。俺自身の心境がどうであれ今更放置して帰る訳にはいかない。
そういう事位である。
「うるせえ、とりあえず待ってろ」
「待ってるよ。どうせ動けないし」
調子の良さそうにそう言う少女を背に、俺は一旦その場を後にする事にした。
……果たして一体俺は何をやっているのだろうか?
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