4.高熱

 戦争が終わってから、二年が経った。

 たったの二年なのに、もう十年以上が過ぎた気がする。

 それはきっと、私が仙人のような、殆ど他人と接しない生活を続けているからだろう。

 私もまだ十分に若いはずなのに、なんだかお婆さんになった気持ちだ。


 毎日畑仕事をして、家事をして、食事をして、寝る。

 お金が必要な時だけ、郵便局まで出かけて行って、面倒な手続きをする。

 時折尋ねてくる友人や知人は、適当にあしらっていたらいつしか誰も来なくなった。


「あはは、もし高熱でも出して倒れたら、誰も助けてくれずに死ぬな、これ」


 ――だなんて思っていたら、本当に高熱が出た。


「ゴホッ! ゴホッゴホッ!」


 数日間、咳が止まらない。

 悪寒も酷いし汗が滝のようだ。

 保存食はしょっぱすぎて喉を通らないし、井戸まで水を汲みに行く気力もない。


 ぼろぼろの布団にくるまりながら、ガタガタと震える。

 まだ暑い夏の盛りだというのに、寒い。寒くて仕方がない。


「私、このまま死ぬのかな……?」


 蚊の羽音よりもか細い声で、独り言ちる。

 怖くはない。むしろ、どこかでほっとしている自分がいる。

 「死にたい」だなんて思った事は一度もないのに、何故だろうか?


 熱に浮かされたまま、部屋の中を見回す。

 すると、仏壇代わりの文机の上に置かれた、夫の遺影と目が合った。遺影の手前には、遺品の眼鏡も置かれている。


「……貴方、よく見れば男前だったのね……」


 写真の中でむっつりとした表情を見せる夫は、十分に恰好良かった。

 今になってそんな事に気付くだなんて、どうかしている。


「ああ、違うか……」


 気付かなかったのではなく、気付きたくなかったのかもしれない。

 いずれ戦地で無残に死ぬと分かっている人を、恰好良いだなんて――本当は大好きだったなんて、気付きたくなかったのだ、私は。


「馬鹿だぁ、私……」


 本当に大馬鹿だった。

 大好きな人と結婚出来たのに、その気持ちを全く伝えなかっただなんて。

 あの人はきっと、私が渋々結婚したと思ったまま死んだのだ。もう、想いを伝える手段はない。


「……でも、これからそっちへ行くから……」


 せめて、あの世というものがあるのなら、そちらで彼に平謝りしよう。

 そう心に決めると、あれだけ辛かった身体が、すぅっと軽くなった気がした。どうやらお迎えが来たらしい。

 全てが白に包まれていく。


 これでようやく、あの人に会える――。

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