第36話 『満天の星空の下で』




「――まさか通る予定だった一本道が、土砂崩れで通れなくなってるなんてな」


「『想定通りにならないことなんて、商人をやっていると日常茶飯事だ』と、親方が言っていました。なので多分、珍しくないことですよ」


「ふーん。まあ、世の中何が起きるかわからんもんな……。俺だって波乱の人生送ってる自信あるし」


 王都を発してから三日が経過した。

 少し迂回しなければならないなどの若干のトラブルはあったが、今のところは会敵も無く順調に旅は進んでいる。


 そして今、俺達は火を囲んで野宿の準備をしている。割と肌寒いが、こうすることが最適解だと感じたからだ。


「この辺りは宿場町も無いですし……。本当に野宿で良いんでしょうか? 復旧作業が終わるまで待つという選択肢の方がぼくは魅力的に感じましたけど」


「言っただろ、俺は構わないって。それに早く着くに越した事は無いし」


「私もトオルの意見に賛成よ。見張りもこの子達がしてくれるのだし、野宿でも安全性は保たれていると思うわ」


 そう言ってフィーネは、「出ておいで」と六色の光の玉を呼ぶ。

 合わさると虹になる彼らは、未だに生態が不透明な生命体だ。彼らはふわふわと空中を彷徨い、赤い精霊に至っては俺に近づいてきた。

 

「懐かれたのかな……」


 なんて思いつつ、赤い精霊をちょんとつつきながら口元を緩ませていると、カイは「ほわああ……」と息を漏らし、


「フィーネリア様って、本当に多くの精霊を使役されているのですね。『精霊姫』と呼ばれている理由がやっと分かりました」


「わかる。なんかお姫様っぽいよな、フィーネって」


 高潔で、常に高嶺の花を想起させる佇まい。

 そして教養があり孤高で、しかし何かと甘い所がある彼女を喩えると、『姫』や『内親王』や『プリンセス』という言葉が似合う。


 だがフィーネは俺達の意見の一致に「む……」と不満げな顔だ。


「何よ、二人揃って。……それとカイ。使役という表現はなんだか嫌いだわ。この子達と私は対等な関係なの。そうね……友達と協力、とそう呼んでちょうだい」


 フィーネは口を尖らせて否定した。

 対等な関係、と聞いて精霊達を羨ましく感じる。彼らは、後ろから彼女を支える存在のようなものだろうか。


「す、すみません……。気分を害されたのなら謝罪します……」


「や……そんなに畏まらなくても良いわよ。私はそんなに偉い身分ではないのだし。……難しいわね」


「うんうん、そうだぞカイ。フィーネは上とか下とかを嫌うタイプだから、固くなるのは逆効果だ」


 それでも尚、「いやいや」と抵抗するカイから視線を中央の焚き火に移したフィーネは、火の上にぶら下がっている鍋の中を確認して、


「うん。そろそろ食べ頃ね」


「お。今日のメニューはなんなんだいフィーネ」


「トオルが前に言っていた『なべ』よ。容器の名前の料理なんて最初はふざけているのだと思っていたけれど、実際は調理の手間も省けて楽ちんで中々良さげなものだったわね」


 娯楽の次に料理に興味を持った彼女に教えた料理を、早速実践してくれたようだ。

 旅とあって材料は限られているため、作れる料理も少ない筈なのに、そんな中でも献立を考えてくれている。本当に彼女には頭が上がらない。


「おう、そうだろ? ……で一応聞くけど、香辛料は入れてないよな?」


「――っ! どうしましょう……! もう既に入れてしまったわ……」


「いやマジかよ……」


「ふひひっ……大丈夫、冗談よ。だからそんなに絶望した顔をしないでもらえるかしら」


「……酷いですよ、フィーネリア様。心臓が止まりかけました」


 洒落にならない冗談で俺達を弄ぶフィーネ。

 でもそんな様子も可愛いらしいのはどうにかしてくれと苦情を言いたい。恐らくカイも同じ事を考えているだろう。


「――にしてもさぶっ」


「さ、寒いですね……」


「ん、そうかしら。それほどでも無いと思うのだけれど」


「いやいや、何をおっしゃるんですか、十分寒いですよ。――でも、こんな時の為にちゃんと準備してきました」


 自信ありげにそう言ったカイは立ち上がって竜車の中に入ったが、中から「無い……無い……」との声が繰り返し聞こえてきた挙句、カイは焦った顔をして出て来て、


「まずいです。毛布を忘れちゃいました……! ど、どどうすれば……」


「毛布ならあるわよ。――あれ、二枚しかないわ。どうしようかしら」


「……そういえば、この前ゴブリン討伐した時に大量に使ってたもんな」


 火を囲んでいるとはいえ、寒いは寒い。

 なら、と片方の毛布を持ってカイに近づき肩に掛けて、もう一枚はフィーネの全身を包み込むように乗せてあげた。


「えっと、良いんですか?」


「俺はいらない。二人が風邪ひいて、一番困るのは俺だから。それに、一番体調崩してダメージが少ないのはこんなかだと俺だし」


「……嫌よ、そんな提案は。それに、解決する方法があるじゃない」


 我ながら名案だと思ったのだが、即座に却下したフィーネに「じゃあ他にどんな提案が」と振り向きかけた時、背中から暖かい物に包まれる感触を得た。


 見ると息が届くまでの至近距離に、同じ毛布をくるまった少女の端正な顔が。


「えーと、フィーネ?」


「トオルって、ちょっとだけ一人で抱え込む癖があるのよ。……だから、よ」


「それ、フィーネが言う台詞か? フィーネもだいぶその節がある気がするぞ」


「そう……なのかしら? 自覚は無いわね」


「ま、案外自分じゃ気付けないもんなのかもな。……でも、ありがとな。やっぱりフィーネ、あったかい」


「……トオルも、トオルが思っているよりはあったかいわよ」


 そこまで会話が続いた後、暫し沈黙が流れる。かといって、居心地の悪さは感じない。

 むしろ触れ合ったまま、ずっと沈黙のままでも歓迎である。彼女も、そう望んでくれていたら何よりだと思う。

 

「「じゃあ、いただきます」」


 沈黙も程々に、そのまま、三人揃って鍋をつつき始める。

 中に入っているものは全て、彼女の母性のような愛情の味がした。なので少し前の世界を思い出し、懐かしいなと感じる。


「――ねえ、トオル」


「……ん?」


 名前を呼ばれたので箸を止めて返事をすると、彼女は俺の耳に吐息を吹きかけ、そっと囁く。


「――もっと、甘えてくれてもいいのよ?」


「……そんな事言われちゃ、俺が更に駄目になる気がするからやめてくれやせん?」


「ふふっ。トオルがもっと駄目になるところ、見てみたい気もするわ」


 そんな誘惑をされてしまうと、心臓がバクバクしてしまう。だけど、


「怖いもの見たさみたいなトーンで言われたらやっぱ傷付くな……」


「大丈夫よ、安心してちょうだい。トオルが駄目から駄目駄目にならないように、私がちゃんと一緒にいてあげるから」


「はは……ありがと」


 彼女の甲斐甲斐しさを真正面からぶつけられて、戸惑いのような嬉しさが込み上げる。


 するとカイはもう食べ終わったのか、食器を片付け始めたようだ。

 そして火の黄色い光に照らされているにも関わらず、はっきりと赤くなっている顔のままばさり、と立ち上がって――、


「――ぼ、ぼくは先に寝ておきますので! おやすみなさいです! ではごゆっくり!」


「――? ああ……おやすみ」


 返事も待たずにカイは竜車へと走っていった。


 ……なるほど。二人の世界に入っていたので気付かなかったが、第三者からすると俺達はただイチャついているだけに見えていたかもしれない。

 いや事実そうなのだろう。カイの反応を見れば嫌でもわかる。


「寝る前にあんなに叫んじゃったら、眠気が飛んでしまうのに。カイは変なことをするわね」


「……変なこと、ね。フィーネからはそう見えるのか」


 またもや沈黙が流れたので、俺は箸を再開した。



 △▼△▼△▼△



「トオル、まだ寝ないのかしら?」


「ああ、うん。もうちょっと、こうしていたい」


「良いわよ。トオルが満足するまで、隣にいてあげるわ」


 俺が彼女に絶賛と感謝を言いながら進めた食事は終わり、彼女と共に後片付けをした。

 そして今は満天の星空の下で、虫の鳴き声とパチパチと燃える火の音と共に、余韻に浸りたい気分だった。

 なので静かに目を閉じていると、彼女が隣に座る音がした。

 するとその時――、


「――ん?」


 右肩に何かしらの質量が乗ったと思うと、今度はサラサラの髪が俺の右手をくすぐってきた。


「――――」


 俺の肩に彼女の頭を乗せられていることに驚く。

 信頼されている証拠のように感じて、少し嬉しかったけれど。だからなのか、背筋がピンと伸びて、彼女の頭を振り落とさないように神経を尖らせたのは。



「……なあ、フィーネ」


 そんな時間が緩やかに過ぎ、やっと俺は彼女に話しかけることが出来た。

 俺は相槌を待たずに、


「フィーネ、俺は君とこの世界を見て周りたい。それで今の関係なんて忘れられるような、楽しい経験を君としたいと思ってる」


 俺の中の秘密を告白してからだろうか。

 日に日にこの少女を愛する情が強まっていくのを自覚していた。最早、後には戻れないのは知っていた。


「実は、この世界に来てまだ混乱しているんだけど……。俺はこの世界で色んな事を知りたいし、君が認めてくれるような駄目じゃない男になりたい、ってそう思うようになったんだ」


 俺は、この子の為になら何でもしでかすのだろう。

 その行為が誉められないことでも、喜ばれないことであっても、俺が彼女を守るためになら手段を選ばないような。そんな予感がする。


「まあだから……って、寝てる……のか?」


 返答が無かったので頭と目だけ動かして確認すると、どうやら彼女は夢の世界に旅立っているようだ。

 俺は意思表示のような一人言を喋っていたらしい。そう思うとなんだか馬鹿馬鹿しく思えてきた。


「――――」


 なんとなく、頭上を見上げる。


 前にも、このように見上げた事があったか。


 しかし違う点が一つ。この星をぐるぐると廻っている薄黄色の衛星が、俺達を見守っていた。


「月が……いや」


 その星の力を借りて、この溢れ出る感情を外に出そうとするのを、なんとか踏み留まる。

 誰も聞いている人などいないのに、彼女が知らない、ありふれた表現を使うのはなんだか狡い気がしたから。それに、今度は自分の気持ちに素直になりたかったから。

 だから――、



「――好きだ。フィーネリア」



 遂に言いたかったことが口走った。


 彼女が寝ているのをいいことに、やっと言ってしまった。


「いやめちゃくちゃはっずいな……これ」


 ただでさえ寒い外気が更に敏感に感じているので、嫌でも頬が火照っているのがわかる。

 自分でやったことに自ら羞恥心を感じるなんて頭の悪いことをしつつ、右に眠る彼女の背中に右手を回し、

 

「フィーネがここで眠っちゃったのは俺の責任だし、竜車まで運ぶのは義務だよな」


 左手も膝下に入れ、起こさないようにゆっくりと持ち上げる。

 俗に言う『お姫様抱っこ』は、彼女の華奢な体を最も大切に扱える持ち方だと思う。


 ――明日も、頑張って生きてみようか。


 次の朝日を見るのが楽しくなってきた。

 今日はこの少女に元気付けられた日だったなと、竜車に登りながら振り返る。

 しかし――、








 ――少女の尖った耳がぴくんと動いたことに、俺は気付けなかったのだ。









※※※あとがき※※※



さてさて、区切りが良いので今章も主人公がヒロインに気持ちを伝えた所で締め括ります。

問題のありすぎる主人公でしたが、楽しんでいただけたでしょうか。


ついでに近況報告ですが、もうすぐ作者が高校三年生になって受験勉強がラストスパートに入るので、恐らくどこかのタイミングで更新がストップされることを予め伝えておきます。

ですが、できるだけギリギリまで更新したいと思っているので、頑張ります。


閑話休題。次回、フィーネ回! お楽しみに!

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