第35話 『はじめての手料理』
「――そろそろ塩が抜けてきた頃ね」
両手鍋に魔法で水を張り、そこに塩漬けにされた肉を浸して待つ事十数分。
フィーネは取り出した壺から油のようなものを片手鍋の上に注ぎ、両手鍋から肉を掬い上げてその上に置き、
「メギ、火をつけてちょうだい」
と、赤い光の玉を呼び、片手鍋の下に敷いていた枯れ木に火を付けた。
どうやら異世界というものは、料理まで魔法やら精霊やらの力を借りるらしい。
そういえば、いつもどこに隠れているのだろうか。フィーネが呼んだら出てくるのは恒例なんだけど。
「――うわっ!! な、なんですかこの光の玉!!」
「あー、精霊だよ、精霊。フィーネの友達? みたいなもん」
「せ、精霊? ……なるほど。話は聞いたことがありますけど、これが精霊ですか。……どうやって浮いているんでしょうか」
カイがいきなり叫び出したので説明すると、フィーネが片手鍋の取手を持ちながら振り向き、
「友達……ね。その喩えは面白いわね、トオル」
「ん、そりゃどうも」
褒められたので返すと、フィーネは微笑みながら緑の物体を包丁で切り、片手鍋の中に加えていった。
「ん? その野菜はいずこから?」
「野菜じゃなくて食べられる薬草よ。いつも魔法で氷漬けにしたまま袋の中に入れているのよ。塩漬けにするより鮮度が落ちないから重宝しているの」
「へぇー。冷凍庫みたいのを自力でやってるわけか」
俺が感心していると、フィーネは例のL字型のドライヤーを右手に持って送風を開始させながら、左手に持つヘラでかき混ぜていく。
「これ、やっぱり凄く便利ね。薬草の水分が飛びやすくなっているわ」
「そんな使い方すんのか……。まあ役立ったならいいけど」
当初の目的とは違うが、効果的だったらしたいようにしてくれと思う。
「…………」
フィーネは手慣れた動作で調理器具を操っていく。俺は料理なんてやった事が無い為、黙って見つめて彼女スペックの高さに驚くしかできない。
「にしても、料理するフィーネって絵になるな……」
まあどんな事をしても絵になるのだが。だが今のフィーネは家庭的なものを覚えて、親しみやすさを兼ね備えた美しさだ。
これは味にも期待出来るだろうなと胸を膨らませていると、フィーネが「完成したわよ!」と二枚の皿に盛り付けていった。
「ほうほう。野菜炒め……ならぬ薬草炒めか。俺の好物だぞ――ってフィーネ何やってんの!?」
お品書きを言い当てた直後。
フィーネは瓶に入っている調味料らしきものを、どばーっと効果音が付くくらい豪快にかけていた。
「香辛料よ。これをかければ美味しくなれるらしいから、いつもしているの」
「え、かけ過ぎじゃね?」
「――こ、香辛料ですか!? そんな高価なものをこんなにも……」
カイは「流石Sランク冒険者……」と目を輝かせながらどえらい勘違いをしているが、俺の背中には冷や汗が流れ落ちていた。
「見た目はめちゃくちゃ美味そうなのに、凄く勿体ないことをしたような……」
「何よ、トオル。言いたいことがあるなら言って欲しいわ」
「えーと――」
「――そうですねっ! とても美味しそうです! フィーネリア様は料理も出来るなんて素敵です!」
発そうとした言葉がカイに遮られる。
カイは感じ取っていないんだろうが、凄く嫌な予感がする。
香ばし過ぎる匂いが、逆に不安を募らせた。
「ふふん。そう? もっと褒めてくれてもいいのよ?」
しかしフィーネは、食前の賛辞に元々高い鼻をさらに高くしている。
これ以上お調子者なところを出させてしまうとマズい気がプンプンする。
「なら、早速頂いちゃいましょう。――あれ? イチジョウさん、食べないんですか?」
「お、おう。食べる食べる」
カイに急かされて、慌てて皿を取る。
そのまま竜車の端に腰掛けると、フィーネが木で作られた二本の棒を持ってこちらにやってきた。
「はし、だったわね。ちゃんとあるわよ」
「ああ、ありがと」
「トオルって、そんなもので食べられるなんて本当に器用よね。――じゃあ、召し上がってちょうだい」
もう後には退け無い。
「いただきます」と覚悟を決めて肉をつまみ、少し震える手で口に持っていくと――、
「――に、にが」
なんだろう。漢方薬みたいな味がする。
素材の味が判別出来ない。スパイスが効き過ぎていて、最早辛いとかの次元では無い。
ヤバい。命の危険まで感じている。
「……どうかしら?」
「め、めちゃくちゃ美味しい。毎日作ってくれたら嬉しいなーー。なんつって」
傷付けないように感情を込めて言ったつもりが少し棒読みになったせいか、フィーネは眉をへの字にして、
「本当の事を、言ってもらって構わないわよ。むしろ、率直な意見が欲しいの。皆、美味しいって言ってくれるのだけれど、反応を見れば本心じゃないくらいわかるもの……」
「――うぷっ」
おっと、そんな事をしているうちに第二の犠牲者が出たようだ。
左を見てみると、カイは口を抑えながら跪いていた。その惨状を目の当たりにしたフィーネは慌てて駆け寄り、
「ちょっとカイ! 大丈夫!?」
「は、はひ……」
「そんなに口に合わなかったのなら、吐いても構わないわよ?」
「ほ、ほんなほと……んぅっ……大丈夫です。なんとか飲み込めました」
「なんとかって……」
カイくんや、それはもうマズいと言っているようなものじゃないか。
しかしフィーネは気にする様子は無く、「何が悪いのかしら……」と顎に手を当てていた。
「えーっと、恐らくですが……その瓶に詰まっているものを過剰に入れ過ぎたのが味を悪くした原因だと思います」
「カイ、お前……っ」
悩んでいるフィーネにカイが忖度ゼロの意見を言いやがった。
こいつ、見た目に依らず思ったことすぐ口に出すタイプか? やべえって。絶対怒ってるって。
恐る恐るフィーネを見ると、予想とは少し違う反応だった。
「――? そんなわけないじゃない。王都で一番人気の料理人が、沢山入れたら入れた分だけ美味しくなると言っていたから間違い無いはずよ」
「いえ。僭越ながら……入れ過ぎは良くないような気がします。適量が一番かと」
フィーネは香辛料の効能を盲信していたようだ。
いつもは完璧なのに、何故重要なところだけ抜けているのだろうか。
あれだけ完璧だったものを全てを台無しにしたのは、どう考えても最後の味付けの部分なのに。
「そ、そうなのね。当たり前になっていたから違和感を持たなかったわ……」
フィーネは尖った耳を下げてしゅん、と落ち込みかけたが、カイは「でも」と否定して、
「あれだけ硬かった塩漬け肉が信じられない程柔らかくなってますし、食感もバッチリでした。腕が良い証拠です。きっと香辛料が入って無ければ高級店に引けを取らないような料理になっていた筈ですよ」
「……え? それは本当!?」
「はい! 本当ですとも」
「……そこまで見てたんか。普通に気づけなかったぞ」
味が濃過ぎるせいでその他の情報が処理できなかったが、確かに食感はとても良かった……と思う。
「なるほどね。なら次からは――いや、良い事を思い付いたわ。シア、おいで」
俺達の皿の上を見やったフィーネは今度は白い方の精霊を呼び出し、
「この料理を香辛料をかける前の状態にして欲しいの」
そう言った瞬間。
白い光の玉の光量が大きくなる。すると薬草炒めの上に乗っていた黄色みがかった粉末が――跡形も無く消えた。
「――え?」
「〜〜っ! 凄い! お、美味しいです! お代わり、お代わりはありますか?」
「本当!? ふふっ、食べ盛りだものね。まだあるわよっ、いっぱい食べてちょうだい」
カイは目にも止まらぬ速さで皿を空にしていくのを、俺は箸をパチパチと鳴らしながら見ていたのだった。
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