第34話 『元との差異』
「カイのやつ、遅いな。部屋まで見に行った方が良いんじゃないか?」
「まだ寝ているんじゃないかしら。――あ。トオル、襟がズレているわよ。直してあげるからこっちを向いてちょうだい」
「おっと……。フィーネっていつもいきなりだよな。……心の準備ぐらいさせてくれよ」
俺の首に両手を添え、献身的に身だしなみを整えてくれる姿はまるで奥さんだな、なんて感想を抱く。
だらしない俺に対してフィーネは今日も二つの黒いリボンで薄い金髪を結っており、白いローブを違和感無く着こなしている。
彼女は常に非の打ち所がない格好と佇まいなので、心構えの点で差が出ている気がした。
「――うん。これで見れるようになったわよ」
「ああ、いつもありがとな」
オーケーサインが出る。きちんと整えてくれたようだ。彼女の世話になるばかりの状態から早く脱却したいところだが、それはいつになるだろうか見当がつかない。
しかし昨日と今日では、俺達の間にある得体の気持ち悪さが、多少和らいだような感覚がある。
それでも尚、残り続けている実感があるのは残念だが。
「……これくらい、然るべき事よ。――あ、カイが来たみたいよ」
「――すみません! 待たせてしましまいました! ……えっと、その……お二人とも」
この少年が走ってきた方向は宿の部屋ではなく、入り口のからだった。
気にしていない旨伝えようとするも、カイの気まずそうな顔をみて躊躇してしまう。
当然だろう。今から共に旅をする同行者がカップル疑惑のある二人だったら、俺なら足がすくむ。
実態は違うとしても、傍から見たらそのように解釈される行動をした自覚はあった。
「大丈夫よ、カイ。それ程待たなかったから。それに外から来たということは、事情があってのことでしょう?」
「……ええっと、はい。そう、なのです。この街を出る前に噂を聞き回っていたんです。耳寄りな話があればな、と思いまして」
「うん。熱心なのは良いことよ。きっとカイは商人として大成するわ」
「え、ええっと、ありがとうございます! ……でも、ぼくは親方の助言通りにしただけですよ。それに相手にされなかったので、肝心のうまい話は手に入れなかったんですけどね……あはは……」
いつも通りの返答をするフィーネは肝が据わっているか、妙に鈍いのかのどちらかなのだろう。
俺は心の中で後者を推した。
△▼△▼△▼△
「――これ、やっぱり俺達必要無かったんじゃないか? 魔物のまの字も出てきてないんだが」
「そうやって油断していると出てきちゃうのが魔物なのよ。もうちょっと気を引き締めなさい……ってトオル! 私が置ける所が無いじゃない! ずるよ、ずる!」
「はは。フィーネも言える立場じゃない気がするぞ」
言っていることと正反対の行動をしているせいか、説得力が全く無いエルフことフィーネは元の世界についてとても興味を持ったらしく、根掘り深掘り尋ねてきた。
なので文明のことだったり色々と教えようとしたのだが、フィーネ曰く「どれもとても気になるけど、どんな娯楽があったのか欲しいわ!」とのことだったので、今はこうしてフィーネとボードゲームの定番――リバーシを楽しんでいる。勿論竜車の中でだ。
「目先の利益に飛び付いたら後で後悔するんだよ、フィーネ」
「ぎく。なんだかその言葉は心に響くわね……」
「あー……別にそういう意味で言ったんじゃないぞ」
折角の楽しい雰囲気が俺の失言で崩れてしまいかねなかったので、慌てて否定する。
忘れたかったことが気を緩めた瞬間にフラっと現れるので、俺にとってはこの関係こそ真の『魔物』なのかもしれない。
「あー……えーと……。それにしても、版と石だけで遊べるなんてもん良く思いついたよな」
話を逸らそうと、リバーシに目を向けさせる。
とは言っても竜車の中は多少揺れがあるので、版と石を使う本格派は断念した。なので板に書き込むスタイルなのだが。
「何事も、発想次第でどうにでもなるものよ。どんな世界であってもそれは変わらないと思うわ」
「……確かに、その通りだな」
土魔法で荷台を作った彼女の姿を思い出す。彼女の発想力と魔法とが組み合わされば、恐らくどんなこともやってのけてしまうのだろう。
「――? 減速しているわね。何かあったのかしら」
そんな事を話していると段々と竜車が減速していくのを感じた。
何事かとカイに駆け付けようとすると、御者台から紫髪がひょこっと出て来て、
「お二人とも、そろそろご飯の時間にしませんか?」
「何だよ、焦ったじゃないか。期待させるなよ」
「――ええっ!? ぼく、何か期待させるようなことしましたか!?」
「……いや、期待はしてないし、出来れば遭遇しない方が良いんだけどな」
「イチジョウさん、どういうことだか全く分かりません……」
これ以上不毛な会話を続けても意味が無さそうだったので、「それはそうと」と話題を戻して、
「飯、だったよな。食事はそっちが持ってくれてるって言ってたけど……フィーネが満足できる食べ物なら俺はなんでも良いぞ」
「そ、それは中々に難易度が高そうですね……」
カイは緊張気味だ。
俺は食べられるものなら何でも良いが、あまりに酷いものならフィーネは満足しないだろう。
しかし彼女がご飯を不味いと言いながら食べていたことを目にした事が無いので、割りと無理難題ではない気がする。
横目で審査員を見ると、腰に手を当て胸を張り、「ふふん」と可愛らしく鼻を鳴らしている所だった。
「保存食で私の舌を唸らせたことなんて一度も無いわよっ。さあ、かかってきなさい」
「ええ!? 大層なものじゃなくてさっきの街で売っていた、ただの保存食ですよ……。ぼくは食べ慣れているんですが」
自信なさげなカイによって取り出されたのは、俺も食べた事がある――干し肉だった。
この世界に来て最近知ったことだが、どうやら保存食と言えば基本的に塩漬けにして乾燥させたものを指すらしい。
密閉したり、冷凍したりする技術はありそうなのに、コストと利便性を考慮して行き着いた結果なのだろうか。
元の世界のようなバリエーションは無いようなので落胆した。
とは言えフィーネが肉好きであることは判明しているので十分可能性は持てる。さあ果たして。
「お先にフィーネからどうぞ」
「なら食べるわよ。じゃあいただきます」
俺達が固唾を飲んで見守る中、フィーネ手を合わせて感謝を述べてから干し肉を頬張った。
そして一言、
「申し訳ないけれど、味が薄いわね」
「う、薄い……」
「あむ……。カイ、食材が泣いているわ」
「泣いている……!?」
「うーん。素材は良さそうなのに、調理の仕方が雑だからか格が下がってしまっているわね。……でも、ごちそうさま」
フィーネは食前と食後の俺の儀式を気に入ったらしく、毎回真似するようになった。
今もこうして美味と胸を張って言えないものに対しても感謝を忘れていないことからも、彼女の食への姿勢が並々ならぬものを感じる。
「これなら、私が調理した方が美味しくする自信があるわ。ふふっ、遂に調理器具達の出番のようね。腕が鳴るわ」
「――え、マジ? やっとフィーネの手料理、食えるのか」
例の袋の中を確認した時から彼女が料理をすることを知っていたが、今作ってくれるとのこと。待ちくたびれたぜ。
「……ひと月ぶりだから、腕が鈍っているかもしれないけれど」
「鈍っていたとしても、フィーネの愛情さえ注いでくれれば何でも食べるぞ」
「何くだらないことを言っているのよあなたは……」
そうして俺の期待を背負い、彼女はぽんぽんと調理器具を袋から出していくのだった。
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