第31話 『人の幸は蜜の味』




「――やったわ! 私が一番よ! 見たかしらトオル!」


「フィーネの手札強すぎだろ……そりゃ勝てんわ」


「言い訳はダメよ! 勝ちは勝ちだもの!」


 カイを混ぜてのバトルを開催したところ、俺は情け無用に本気を出したにも関わらず、なんと連勝数が止まってしまった。

 飲み込みが早いのか、はたまた運が良かったのかは分からないが、フィーネが嬉しそうだったら万事良しだ。


「これは、負けですよね……? 難しいです……」


「カイ、大丈夫よ。私も昔は負け続きだったけれど、今は勝利を手に出来たわ。カイも鍛錬を重ねたらきっと頂点に届くわよ」


「な、なるほど、ありがとうございます! 精進します!」


「……フィーネ、大袈裟な事吹き込むのは悪影響が出るかもしれないぞ」


 フィーネが腕を組んでカイに変なことを言い出したので、思わず苦笑する。

 しかし早くも距離が近づいた気がする。やはり親交とは、遊びを通じて深めるものなんだと再認識する。


「でもこれは――すごいですねイチジョウさん! 今までに無くて、斬新で……えっと、こういう時なんて言うんでしたっけ」


「ふふん、画期的よね」


「ああ、そうでした。とても画期的です! それに片手間に軽食なんかも食べれますし」


 カイも負けたのに嬉しそうなのは、遊び盛りだからだろう。――それだけでなく、商人としての気質がこれに潜在しているものを目敏く察知して興奮しているからかもしれない。

 ただ、


「……いや、ちょっとそれはマナーが悪いし、トランプが汚れるから控えておいた方がいいぞ」


「そうですか? ……まあ、それを抜きにしてもこれは売れますっ、間違いなく!」


 カイが前のめりになって熱弁するが、俺は「おお、そうか」としか返せない。マーケティングはさっぱりなのだ。


 元の世界の技術を信頼できる商人を介して、この世界で売り込んだら莫大な利益を手に入れられる確信はあるが、そこまでしたいという野望は無い。

 それに、金の亡者になったところでフィーネに見限られる予感しか無い。だから情報開示は目立たず、程々にしていけば良いと思う。フィーネが喜んでくれる程度に。


「――そういえば、お二人とも軽食をお食べになりませんか? 良ければどうぞ」


「あら、良いのかしら?」


 フィーネが訊くとカイが「もちろん」と言いながら鞄から取り出したのは――何かしらの果実が乗ったパイだ。

 さらにその上から黄色がかった粉末のようなものが乗っている。これは……砂糖だろう。

 そう分析して右を見てみると、フィーネは目をキラキラと輝かせていた。


「ッ、お菓子ね……!」


「お菓子? 初めて見たな」


 勿論、この世界でだが。


「ええ、そうです。お菓子です。僕の分は良いですから、お二人で分けてお食べになってください」


「そんな、悪いだろ」

「そんなの悪いわよ」


 カイが自己犠牲の発言をしかけたので、辞退の申し出を言うとフィーネとハモった。ので、お互いに見合わせて頷いた後、再度カイの方に向く。

 カイはそんな俺達を見て困惑した表情で、


「いえいえ。元々報酬が少ないのに依頼を受けて下さっているのですし、このくらいは貰って頂けないとぼくとしても苦しさが増すだけです」


「……そ、それなら仕方ないわね。ね、そうでしょトオル?」


「正直者だよな、フィーネって。……まあ、そうだな。カイもそう言っている訳だし」


 フィーネはなんとか表に出さないように自制しているようだが、うずうずしているのがありありと感じ取れる。

 それを見て微笑ましげな視線を送っている当の俺も、実はうずうずしているのは気付かれないと良いのだが。


 長らく甘味を口にしていなかった弊害か、現代人の舌が甘味を求めているのだ。

 グルコース、ガラクトース、なんでも良い。とりあえず糖類を、と脳が訴えている。これに逆らえはしない。


「ってことで、いただきます」

「ええ、いただきます」


 そんなこっちゃで俺を真似するフィーネと共に手を合わせてからパイを手で半分に分け、俺とフィーネが同時に頬張る。と――、


「――甘い。めちゃくちゃ甘い。ヤバい、脳が歓喜してる……」 


「甘い……甘いわっ! お菓子なんて近頃は貴族街でも中々売っていないはずよ! カイ、どうやって手に入れたのかしらっ!?」


 そう言ってフィーネが凄い剣幕でカイに迫ると、カイは少し腰を引いて、


「え、ええ。気に入ってもらえたようで幸いです。実は、親方が極秘の経路でバンケルク王国から入荷したものでしてね。ぼくも詳しい入手方法は知らないんですが……なんでも『テンサイ』と呼ばれる植物から砂糖を取り出したものらしいです」


「へえ……砂糖きびじゃないんだな」


「はい。イチジョウさん、良くご存知ですね。……そうなんです。以前までは帝国が大量の砂糖きびを産出していたのですが、砂糖きびを生産可能な温暖な土地が軒並み魔王軍に占領されてしまったので、大至急代替となる糖類が必要になったらしいです。それで、テンサイから砂糖を取り出す方法が開発されたと。……親方に聞いたことですが」


「なるほど、そんな背景が」


 どうやら、魔王軍とやらは民の日常生活にも支障をきたしているらしい。なんて奴らだ。

 異世界に来てから俺の脳が上手く働かなかったのは魔王のせいにできるな。

 ともあれ――、


「――こんなに甘いパイなんて入手できるなら、それこそかなり売れるものじゃないか? トランプなんかより」


「そうですね。パイが遠方まで売れるようになれば需要は莫大だと思います。……とは言っても、直ぐに腐ってしまうのでそこが課題ですね。この通りパイは今日の分しかありません」


「その分を俺達が食ってしまったのか。……悪いな」


「ああっ、いえいえ! そのような意図で言ったわけでは……。よし、この際言っちゃいましょう。実はポーションだけでなく、少量ですがこれらの原料の砂糖も運んでいるんですよ。親方がついでに売ってこいと言って積んでくれたんです」


「そ、それは本当なのかしら!?」


 カイの爆弾発言に、フィーネの魂に火が付いた。俺には掴み掛かるフィーネに制止を呼びかける事は出来ない。

 何故ならウキウキしているフィーネが大好きだからだ。


「は、はひ。床下の物置に置いてありまふ」


 フィーネに間近に寄られたカイは頬を赤くしてそう答え、急いで脱却を果たす。そして床に付いているドアを開けて、茶色の壷を取り出した。


「原料のままだと劣化は無いですしね。帝国まで品質が持続するので貿易品にもってこいです。でも、多少重いのでベルティロに負担を掛けてしまう原因となっているのが心残りです……」


「なるほど、そんなことね。――重さが気になるなら、私の魔道具が役に立つわよ!」


 そう言ってフィーネは例の魔道具を取り出した。


「それはなんでしょうか? フィーネリア様」


「沢山の物が入る袋よ! 『収納袋』と、そう呼んだ方が良いかしら?」


「――!! しゅ、収納袋ですか!?」


「ええ、そうよ。じゃあ早速全部入れていくけど、良いわよね?」


「え、えええっ、お願いします!!」


 フィーネは確認を得てから、竜車の中の物を片っ端から魔道具に吸い込ませていく。

 ポーション、壺、その他嵩張る物。元々あったスペースが更に広がっていき――、


「――なんか、だいぶスッキリしたな」


「ほ、本物は初めて見ました……! 商人として是が非でも欲しい……新たな目標が出来ました……!」



 何故か得意げな少女と、呆れ半分の俺、そして新たな目標を打ち立てている少年との旅は、まだまだ始まったばかりのようだった。


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