第30話 『分かち合い』
「トオル、何を作っているのよ?」
「ふ、ふ、ふ、ふ。これはな、『トランプ』と言って旅行には欠かせないものなんだ」
「……とらんぷ? それは一体なんなのかしら?」
「まあ、ちょっと待ってくれ。もうすぐ出来上がるから」
この世界は非常に娯楽が少ない。娯楽と呼べる遊びは酒を飲むことや入浴くらいであり、未成年からするとなんとも味気ないものだった。
だから、フィーネも道中での暇つぶしには本を読むくらいであると見通しを立てていただろうが、そうはならない。
現代知識フル動員で色々と考えてきたのだ。フィーネは楽しいことが大好きな性格であることは知っているので、きっと気に入ってくれると思う。
で、今フィーネが持っていた紙とインク(結構高いらしい)を使って作っているのは――そう、ド定番のトランプである。
フィーネの反応からするに、少なくとも今の段階ではトランプは発明されていないみたいなので、目新しいものになるだろう。ククク、楽しみだ。
「――よし、完成だ」
アラビア文字で表記するかどうか迷ったが、フィーネにも分かりやすいようにエズラ共通語で使用されている数字を書いて完成。十進法なので転用するだけで良いので割りかし簡単だった。
「紙に文字と数字を書いているだけのように見えるけれど……。ただの紙の無駄遣いなんじゃないかしら? ダメよ、勿体ない使い方は」
「はは……まあ、見方によったら無駄遣いっちゃ無駄遣いか」
フィーネの諭すような言葉に苦笑する。が、使い方によっちゃ文字通り革命を起こせるものなので、ギャフンと言わせたい所だ。
そう心の中で嗤って、俺はフィーネに遊び方を伝授し始めた。
△▼△▼△▼△
「ああっ、トオルずるいわよ! もう一回! もう一回よ!」
「くくく、強いカードは温存した方が勝率が上がるんだよ。こういうのは」
結果だけ言うと、俺の目論見通りフィーネはどハマりした。悔しそうな、でも楽しそうな顔を見れるだけで俺は幸せである。
戦術が必要なゲームでは、やはり経験の差が出るのか負けなしである。
でも、それはちょっと可哀想なのでハンデとして手加減をすると敏感に察知されてしまい、「本気の勝負がしたいのよ!」と断られたので、俺が連勝することは仕方なしだ。
「しんけいすいじゃく、だったかしら。あれならトオルに勝てるからやっぱりそれに変えてちょうだい」
「……神経衰弱はフィーネが勝ってばかりだから、それはそれでつまらなく無いか?」
「それも、そうね。――なら、あれがしたいわ!」
「はいはい。あれな、あれ」
そんな勝利を重ねた俺が調子に乗り切れなかったのは、神経衰弱のような記憶力がモノを言うゲームだとフィーネはとことん強かったからだ。恐らく、地頭が冗談にならないくらいに良いのだろう。
「それはそうと……トオルって、本当に沢山のことを知っているのね。楽しいことだらけなのは良いのだけれど、どうやって知識を蓄えたのかしら? 王都から出たことが無いと言っていたのに……」
「……うん、流石にもう隠し切れないよな。よし。実はな、フィーネ――」
「――わっ」
良いタイミングだし、変なこだわりを持たずにこの際言ってしまおうか。フィーネならきっと信じてくれるだろうし。
――そんな試みは、竜車が減速してフィーネとトランプが慣性に従ったことで中断された。
「――フィーネリア様、イチジョウさん。暫しの間ベルティロを休憩させます。ついでに軽食もとりましょう」
「いてて……ああ、そういうことか。了解。確かに三時間くらい走りっぱなしだったしな」
モンスターとのエンカウントかと一瞬身構えたが、どうやらそんな事態では無かったので緊張を解く。
「それにしても……長い時間、退屈じゃなかったですか? ぼくが何かしらするべきなのに、何も用意出来ずにごめんなさい……」
「いや、そんなことは無かったわよ。このとらんぷ、とやらのお陰でずっと退屈は感じなかったわ」
「とらんぷ……? これのことでしょうか」
御者の定位置から竜車の中に入ってきたカイが、散らばったトランプを指差す。
「ええ、それよ。これは世界に旋風を巻き起こすとんでもないものよ。一度これに触れたら後戻りが出来ないかもしれないわ」
「そ、そんなに凄いものなんですか。なるほど、楽しそうな声が後ろから聞こえてきたので何かしていらっしゃるのかなと思っていましたけど」
大袈裟な評価を下すフィーネに、丸々信じてしまったカイが目を丸くする。
Sランクエルフさんの言う事だから、信憑性が高いのだろう。
そして信頼されているフィーネは「そうよそうよっ」と興奮気味にカイに使い方の説明を始める。
十三枚のカード四セットに一枚を加えて構成されていることや、それだけで無限の遊び方があること諸々。俺より分かりやすく教えるので、この短時間で既に本質に近づいたみたいだ。
それをまるで胸を張って、自分の功績のように説明するのだから微笑ましい。
「な、なるほど。凄いってことは分かりました」
「でも、トオルが思い付いたことだから、商人だからって勝手に真似したりしちゃ駄目よ?」
「あーいや、別に俺が考案したわけでも無いから勝手に真似してもらっても構わないぞ」
俺を第一に考えてくれているフィーネに嬉しさを感じるが、著作権とかアイデア権とかはまだ存在しないだろうから俺の主張を通らないだろうし、別に利益を独占したいわけでもない。文化の発展に貢献出来るならそれで良しだ。
「ほ、本当ですか? イチジョウさん、ありがとうございます。……でも、紙が易々と手に入らないのが問題ですね。商品化しても高価になりそうなので貴族向けになりそうです。それさえ克服出来たら、市民層にもとてつもなく売れそうですね、これは」
「紙はこの世界じゃ高価っぽいしな……それなら、使わないやつも色々知ってるぞ」
「――。それは信じて良い話なんですか……?」
「――トオル、それは本当!?」
俺の言葉に半信半疑でそんなうまい話はない、と言った様子のカイ。まあ、初対面だし仕方ないように思う。
しかしそれに対し、フィーネは全信零疑で俺に食いついて来た。青い瞳をキラキラと輝かせてノーとは言わせない雰囲気だ。
「ああ、まあそれは後々ゆっくりとな。今はそれよりも、カイも一緒にトランプをやってみないか? 実際した方が得ることもありそうだろ」
「……え? 良いんですか?」
「当たり前じゃない。御者ばかりしているとカイも疲れるでしょう? そんなカイを差し置いて私達だけが楽しむだなんて卑怯だわ」
フィーネと二人っきりで楽しむのも一興だが、やっぱりこういうのは大人数でした方が楽しい。幸せは共有するためにあるのだ。
俺は、「なっ」とフィーネと向き合って笑い合うのだった。
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