第24話 『添加と転換』
「――トオル、朝よ。起きなさい」
「ん、んんーっ……! ああ、おはようフィーネ。今日も良い朝ですね、って――」
好きな女の子に起こされて迎える一日の始まり。
伸びをしてから目に写ったのは、見慣れたいつもの朝――では無く、今日は一つアクセントが付け加えられていた。
「おお、早速付けてくれてんのか」
「ふふん、そうよ。どうかしら? 髪を編むなんて久しぶりにしたから、ちゃんと出来ているのか不安なのだけれど……」
「いやいや、そんな心配しなくてもすっげー似合ってる。俺の慧眼への信頼度がまた一上がったぞ」
ツインテール――ではなくて、後ろ髪があるのでツーサイドアップという名称なんだろうか。
黒いリボンで纏められた二つの金の髪束から尖った耳がひょこんと突き出ていて、物凄く可愛らしかった。
白いローブだったり、真っ白な肌だったりして全体的に色素が薄いフィーネだが、そこに黒色のリボンを添えると色彩の対比が際立って、彼女の透明感を一層昇華させているように見えた。
「にしても、絶対似合うとは思ってたけど、まさかこれほどとはな……」
フィーネはどんな髪型でも似合うと思うが、なんだかこのヘアスタイルがフィーネの子どもらしさと大人っぽさを両立させている美の完成形のようで、神々しさまで感じられた。
こんなフィーネを見られただけで、プレゼントをして良かったなと思える。
フィーネも俺の感想を聞いて、「そ、そう?」と少し頬を朱に染めて、満更でもなさそうな恥じらいの表情を見せた。
「――――」
恥じらう金髪ツーサイドアップ美少女エルフ……。そんな素晴らしきものがこの世に存在して本当に良いのだろうか。
それを拝めるのがこの世で俺だけだと公表されたら、俺は全世界から嫉妬の糾弾を浴びせられるに違いない。
――だからこそ、ここは俺だけの特等席だ。
「それにしても、私の誕生日を知ってくれていただなんて思っていなかったわ。もしかして、ヘレナに聞いたりしたのかしら?」
「……ん? 何のことだ?」
フィーネがいきなり何を言い出すのかと思ったら、誕生日がどうとかの言葉が。
全く聞き覚えの無い単語に困惑する俺を見て、フィーネもまた「え?」と困惑した表情だ。何故だ。
「私の誕生日だったから祝ってくれたんじゃないのかしら……? なら、どうして私に贈り物をくれたのよ?」
「いや、ただ単にお礼の気持ちを伝えたかったからだぞ? ……というか、フィーネ昨日が誕生日だったんなら教えてくれよ。そんな事ならもっと豪華なプレゼントにしたのに」
「昨日より豪華って、そんなの申し訳ないわよ。それに昨日貰った物を私はとても気に入ってるのだから、今で十分よ」
「まあ、なら良いんだけど……。で、昨日が誕生日ってのは本当なのか? 俺のサプライズに対しての意趣返しだったりして……?」
もしかして、サプライズされた事に対して怒っているのかもしれない。彼女は器が大きいのでそんな事はないと思ったが一応聞いてみると、
「なによ、そんな訳ないじゃない。昨日が誕生日だという言葉に嘘は無いわ。『積雪の月』の二十四の日……。確か――十七回目の誕生日ね」
「え、同い年なのか」
昨日が十七回目の誕生日だということは、フィーネは今十七歳ということになる。
……エルフだからもしかして年齢行ってるかも、とか考えてしまっていてすみませんでした。
しかし、精神的な強さは彼女の方がずっと上な気がするので、とても矛盾しているように思える。
「それに俺の誕生日は四ヶ月前だから、生まれたタイムラグも考慮すると実質俺の方が四ヶ月年上か」
「――え、トオルも十七歳なのかしら!? てっきり年下とばかり思っていたのだけれど……」
「……やっぱり年下に見られてたんだな。でも正直、俺もフィーネの方が年上だとばかりに。三桁超えてるのかなー、とか予想してた」
予想が良い形に裏切られた事でちょっと安心しながらそう言うと、フィーネは「なっ、何よそれ!」と眉を吊り上げ、
「私がそんなに歳を取っているように見えていたのかしら!?」
「あーいや、誤解誤解。違うんだ。フィーネはエルフだからもしかして、とか思ってただけで、別にそういう事じゃないぞ」
どこの世界でも女性というものは若く見られたいらしい。
フィーネの容姿は十分若いのだが、エルフという測定不可能な要素と、時折見せる母性が入り混じっているせいで年齢不詳になっていただけである。
……しかし、フィーネは俺と同い年なのに溢れんばかりの母性の持ち主だということが発覚したので、彼女の将来が恐ろし過ぎる。
まあだから彼女の年齢を高く見積もってしまったのだが、それがまた彼女を怒らせる原因となってしまったのならここは素直に謝るべきだろう。また昨日みたいな険悪な雰囲気になったら嫌だし。
「まあ、そういうことなら良いわ。許してあげる。――でも、トオルと私と同い年なのね……。出来ればトオルより年上が良かったわ」
「……若く在りたいのか、そうじゃないのかどっちなんだよそれ」
謝罪の言葉を口に出しかけた所で、フィーネがそんなちぐはぐな事を言い出した。
乙女心というのは俺が思っているよりも複雑なようだ。出来るだけ理解出来たら良いなとは願うが、今はそれよりも、
「でもそうか。実質俺が年上なんだよな。ってことで、ちょっとだけ触らせていただきます」
「――ああっ! やめなさいよ! 折角整えたのに台無しになるじゃない!」
「あー、すまんすまん。――けど、手触りは最高だったぞ」
俺としたことが、つい欲求に従ってフィーネの片方の髪束と頭の上に手を伸ばしてしまった。
まあでも、いつもと違う髪型を前に触ってしまうのは仕方がない。寧ろ触らない方が失礼である。
俺がグットサインを掲げるとフィーネは「反省しなさいよ、全くもう……」と少し乱れた髪を櫛で整えながら、恨みがましい視線をこちらに送った。
しかし怒っている所申し訳ないが、さらさらの感触が心地良かったのは事実なので、嫌われない程度でまた触らせてもらう事にしよう。
「――あのね、トオル。大事なお話があるの」
「ん? どうした、急に改まって」
と、髪を整え終わったフィーネが居住まいを正して俺に話しかけてきたのでそう返すと、
「教養を深めるのはとても大切な事だと思うわ。それにこの生活はとても楽しいし、この平穏がずっと続いて欲しい。――でもね、この世界には助けが必要な人達は大勢いるの」
「――――」
「それを解決するのが、冒険者という職業なの。冒険者の本懐は、人助けの専門家よ。――だから、ね? そろそろ依頼を受けてみないかしら? 私の我儘だとは思うのだけれど、トオルも一人で外に出歩けるくらいには常識がついてきた頃だし……」
俺が必死に目を逸らして逃げ続けていたことだ。
俺の中で、冒険者というものがトラウマになりつつある。
出来れば一生魔物には関わりたく無い。そんなものに関わっている暇があれば、フィーネとゆっくり親睦を深めて行きたい。
討伐依頼? 危険が伴うただの自殺行為だ。それ以外の何物でもない。
でも何もしないのはダメだから、彼女に見合う為に教養をつけるという名目で図書館に入り浸って、自分は日々精進しているんだと思い込ませたかった。そんな節があったのかもしれない。
察しが良いフィーネなら、俺がそう考えているのをきっと分かっているはずだから、こういう形で俺に優しく提案しているのだろう。
その優しさを俺が強いているのが分かるから、なんだか自分が情けなくなった。
「この世界には私達のような者にしか救えない人達だっているの。魔物に殺されてしまったり、酷いことをされたりしてね……。それでね、そんな人達からちゃんと感謝されているって改めて確認出来たのよ」
そう言って昨日、クラウスさん達が買ってくれた魔道具を取り出すフィーネ。
彼女が言っている事は尤もだ。
危険が日常を支配しているようなこの世界に生きる上で、彼女の強さを俺の手の中だけに燻らせるなんて勿体無いし、使い方が間違っている。
残酷なこの世界は彼女を必要としている。
実際、ゴブリンの件だってそうだ。彼女がいなければ人が死んでいてもおかしくなかった。
それでも、
「俺、もう魔物となんて戦いたくないし、殺したくもない……」
結局は自分の保身が一番大切だった。自分可愛さに、どうしても行動を拒否してしまう。
「私も最初の頃はそうだったわね。……でも、魔物が救いようがない絶対悪だと分かってからは抵抗が無くなったわ。だからトオルもきっと、忌避感は無くなる筈よ。……だけどどうしてもって言うなら、トオルはついて来るだけで良いのだから……」
「ははっ、何だよそれ。ただのお荷物じゃん」
守ってもらうだけの存在に成り下がるなんて、ごめんだ。
しかし、今の俺はもしかすると既に成り下がっているのかもしれない。
男である俺が彼女を守るべきなのに、俺は女の子の胸の中でわんわんと泣きじゃくっているただの泣き虫なんじゃないか。それで安心していたのではないか。
「そうか……」
俺は知らず知らずの内に彼女の優しさを、強さを、正義感を、世の中への貢献では無く、俺のエゴのために使っていたのだ。
俺が彼女を奴隷に
――何が特等席だ。そんなもの、私利私欲にまみれた人間の言葉に他ならない。
「なら、そうね……。討伐依頼じゃなくて、『護衛依頼』なんてどうかしら? 魔物と戦う事が目的じゃないから、今のトオルにはお勧めよ」
「護衛依頼……。ニュアンスでどんなのかは分かるけど」
「ええ、文字通り物資を運ぶ商人の身を守る依頼よ。冒険者の大事で立派な役割の一つね。それにこのご時世は、貿易が活発になっているから需要が増大しているのよ。しかもトオルがCランクからBランクに上がるためにいずれは絶対に受諾しないといけない依頼だから、この際受けてみるのも良いかも知れないわね」
「そこまで言われちゃ、断れないよな……」
この感じだとフィーネだけ出て行ったら良いと言っても一蹴されそうな流れなので、フィーネは俺が一緒に行くと言わなければ納得してくれない可能性が高い。
既に十分お金持ちな彼女にとっては、冒険者稼業は己の為の金稼ぎではなく、他人の為だけに意義を見出しているのだろう。
恐らくフィーネが冒険者になろうと決めたのも、俺のような浅はかな考えでは無くて、しっかりとした信念があったに違いない。
そんな彼女の純粋で良い子過ぎる願いを見せられたら、当たり前だがノーという選択肢は取れない。取れるはずがない。
彼女に見合う為の努力は、冒険者として働く過程ですれば良い。それに、きっとその過程で何か新しいものが必ず見つかる。
加えて、今はまだお金に余裕があるが、いずれは財源も尽きるだろう。ならやっぱり逃げ続けるのではなく、働かないといけない。
そう覚悟を決めて、
「わかった。ギルドに依頼を受けに行こう。勿論一緒にな?」
「ほんとっ!? ふふん、トオルなら分かってくれると思っていたわ!」
よっぽど人助けが好きなんだろうなと、俺は彼女の一番大好きな表情を見ながら思うのだった。
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