第23話 『贈り物は玉手箱のようで』




 あの後、二人にアドバイスを貰いながら丸一日かけてプレゼントを決めて買うことまでは成功したのだが――。


「…………」

「…………」


 いつもの宿。そこには沈黙が流れていた。


 どうやらこの場にいるもう一人の少女はもう既に晩飯を食べ終わっていたらしいので、一人で寂しく食事を済まし、自室に戻ってみるとこの有様だ。


 なんと彼女は目を合わせようともしてこない。

 いつもなら俺に向けてくれる見る者を惹きつける青い瞳は、彼女が膝の上に乗せている本に注がれたままだ。

 俺が部屋に入ってきた時も何一つアクションを見せずに無関心を貫いていて、彼女が本を捲る音だけが静寂の中に鳴り響いていた。


 もしかすると、あの時良かれと思って彼女を突き放した事が裏目に出てしまったのかもしれない。

 いや百パーそうなんだろうけど。これが藪蛇、というやつか。


 何故彼女が素っ気ない態度を取っているかの原因に大方目星がついた所で、俺が今までに感じたことのない、このあまりにもイレギュラーな空気感は絶対にマズいと判断し、


「あのー、フィーネ?」


 勇気を振り絞って声を掛けてみるも、フィーネは「……ふんっ」とだけ言葉を発する。すると本を閉じて片付けたかと思うと、こちらに背を向けて毛布に包まり出した。


「――――」


 あーー!! なんだこれ、絶望的にプレゼントなんて渡せる雰囲気じゃねぇ!!


 ……なんてこった。


 彼女に嫌われてしまったという事実が、杭のように心臓を深く突き刺してくる。

 もう俺は……ダメかもしれない。


 いやいや諦めるにはまだ早い。関係修復が急務。暢気なことは言ってられない。


 とは言っても、どうすれば良いのかなんて全く分からない。

 この場にエルナさん達が居たらその答えもまた聞けたかも知れないが、今ここに居るのは俺だけであり、つまり頼れる頭脳も俺だけということである。

 女の子の扱い方なんて知ったものでは無い俺が導き出せる答えなんて誤りしかないだろう。


「フィーネ、どうしたんだ? 何かあったのなら相談に乗るぞ?」


 しかし、何もアタックを仕掛けないままだと事態は好転しないと思ってそう問いかけた瞬間、俺は完全にミスを犯したのだと察した。

 過ちに気付いたのが彼女が僅かに肩を震わせた後、毛布の中に一層深く体を入れ込んだのを確認した時だったので時すでに遅しである。


「――――ぁ」


 原因が俺にあることは間違いないはずなのに、あたかも原因が他にあると勘違いしているような口振りになってしまったのはこれ如何に。

 もっと気が利く事を言えなかったのだろうか俺は。


 折角フィーネと話せるとワクワクしていたのに、これでは辛い。彼女とはやりとりをするだけで心が満たされるのに、それが出来ないと知った俺の精神的苦痛が凄まじい。


「フィーネ、すまん。今のは忘れてくれ。今日のことは全部俺が悪かった。謝るからどうか許してくれ」


「……ちがう、わ」


 俺が何とか元の関係性を取り戻そうと躍起になっていると、フィーネが体を起こしてぽつりと言葉を紡ぐ。

 完全に俺を拒絶している訳ではないと気付けて安堵の息を漏らすと同じく、彼女の次なる言葉に耳を澄ませると――、


「――トオルは、私のことが、嫌、なのでしょう……?」


「……は?」


 予想外の言葉に間抜けな声が漏れる。

 フィーネは続けて、


「そうよね……。お節介よね。何でもっと早くに気が付かなかったのかしら。考えて見れば直ぐに分かるはずなのに……」  

 

「いやいや、何言ってんだ。俺、フィーネが嫌とか思った事なんて無いぞ」


「……嘘付き。そんな建前を言わなくても私には分かるわよ……! 何回もトオルが私に自分の好きなようにして良いと言ったのは、本当は私に出て行って欲しいと暗に示したかったからなのでしょう!?」


「――ッ、嘘なんかじゃない! 俺はフィーネにこれでもかって言うくらいに感謝してる! それにフィーネにそう言ったのは、本当に君には自分の意志で生きて欲しかったからだ!」


「嘘よ!」


「嘘じゃない!」


 彼女は何か大きな勘違いをしている。

 俺はフィーネのことが嫌なんて一度たりとも思ったことなんてないし、出来るならずっと一緒に居て欲しいと願っている。


 なのに、フィーネは見当違いの事をさも当然かのように言っている。そんな筈が無かろうに――。


「……トオルの望み通り、私はここを出て今すぐにでもアンナ達の後を追うことにするわ」


「い、いや、待ってくれ! 違う! フィーネ、違うんだ!」


 また俺は独りになって生きていける自信が無くなる、というエゴから彼女を引き止める声が出る。

 彼女が俺の元から離れるという決断をしたのなら、本来なら俺はそれを尊重するべきなのだろうが、こんな別れは絶対に嫌だ。

 

「何が違うのよ。言ってみなさいよ……!」


「――。良いだろう、言ってやる。――まず最初に、俺はもうフィーネ無しじゃ生きられない。それなのに嫌だなんて思う筈がない」


「――――」


 それは、まるで告白のようでいて。


「次に、君に好きにして欲しいとは口では言ったけど、もし君が俺から離れたいと言ったら、俺は全力でそれを止めようとすると思う。今みたいにな」


「――――」


 ただの、独白でもあったりして。


「最後に。今日、俺が君に付いてくるなと言ったのは、別に君のことが嫌になったからじゃなくて……フィーネに内緒で贈り物を買いたかったからなんだよ。驚かせるためにな。――ほら、これが証拠だ」


 言いたい事を全て言い切った。


 そしてご機嫌取りのようにはなってしまうがそんな事は言ってられず、渡すのならこのタイミングしかないと瞬時に判断して用意していた袋を手渡す。


 受け取ったフィーネは「……え?」と目をぱちくりしている。

 俺が思っていたような展開では無いが、どうやら彼女を驚かすということだけは成功したらしい。予想していたより嬉しくはなかったが。


「……ほ、ほら、持ってるだけじゃなくて中身を確認してくれ」


「――――」


 俺が急かすとフィーネは無言でこくりと頷き、袋の中を探り出す。

 

 彼女には何が気に入るのかが分からなかった為、贈り物は複数個買っている。数うちゃ当たるの理論通り、どれか一つくらいはお気に召すだろうとの魂胆だ。

 さて最初は何が出てくるのか、と期待していると、


「……これ、は、なにかしら」


「トップバッターがそれか……。ああ、それはな。絶対フィーネの金髪に似合うと思ったから買った」


 彼女が手に持っているのは――初めて渡すものに普段身に付ける物は渡さない方が良い、というエルナさんの反対を押し切って俺が購入を決断した、二つの黒いリボン。


 フィーネはいつも髪には装飾を付けずに髪型もストレートなのだが、一目見た時からこれは絶対にフィーネに似合うと思って買ったのだが――。


 彼女は固まっていて中々反応を見せない。


 ……あ、これ気に入らなかったパターンだ。


「あー別に、気に入らなかったら使わなくてもいいし、むしろ捨ててもらっても構わないというか……」


「――っ、そんなことしないわよ! 一生、大切にするわ。……ありがと、トオル」


「……お、おおおおう。それは良かった」


 あれだけ強張っていた表情が急に柔らかくなったので、思わずたじろいでしまう。

 そんな俺の赤くなっている頬を彼女には見えないように、「まだあるから他も確認してくれ」と伝えて袋の中への視線移動を促すと、


「……これは、魔道具かしら?」


 彼女が取り出したのは、L字型の物体。

 お世辞にもあまり洗練されたフォルムとは言えない代物。だが、実は機能性は凄く、一番高価だった物だ。

 

「おお、正解。火と風の魔石を使ってるらしくて、そこからあったかい風が出てくるんだってさ。風呂上がりにフィーネの長い髪を乾かすのにどうかなって思って」


「それは、とても便利ね……。でも相当高かったんじゃないのかしら……?」


「贈られた側は値段なんて気にするもんじゃないぞ。まあでも、それは俺じゃなくてクラウスさん達が奮発して買ってくれた物だから、また会った時はお礼を言っておいてくれよな」


「……あの二人、がかしら」


 これは魔道具店とやらに立ち寄った時に見つけた物だ。

 まさかこの世界にドライヤーが存在しているとは思わなかった。まあシャワーがある時点でおかしくは無いのだが。

 そして驚くと同時に、お風呂上がりに長い金髪を濡らしたままのフィーネの姿が過り、これがあれば便利だなと感じた。


 ただ、この世界の最先端の技術を使った文明の利器というだけあってかなり高く、手持ちのお金だけでは買えなかった為、断念しようとした所をクラウスさん達が代わりに払うと言ってくれたのだ。

 額が額だった為に、ありがたい申し出を断ろうとしたのだが、なんやかんやあって結局俺が折れることとなった。


 そこまでして買った物の機能性がいかほどまでなのか気になる所だが、


「それは今は置いといて、最後にもう一個だけあるぞ」


 俺の言葉に彼女が取り出したのは、水色を基調とし、可愛らしいリスの姿があしらわれているハンカチ。

 実は俺が今持っているハンカチを手に入れた店で買ったので、実質ペアルックとも言えるものだ。


「フィーネ、よく口の周りに食べ物付けてるだろ? だから必要なんじゃないかと思ってな」


「ふふっ、私、馬鹿にされているのかしら。……でも、トオルらしいわね」


「うーんと、それは喜んでいいやつ?」


「ふふっ……うん、そうよ。――トオル、ありがと。とても、とっても嬉しいわ」


 中々の好感触。これは選んだ甲斐があったというものだ。最初の険悪な空気はいつの間にか消えていた。

 俺は締めるためにこほん、と一度咳払いをして、


「これは全部感謝の印だ。代わりに俺がこんだけフィーネから色々なものを貰ってるってことを、フィーネにも知って欲しかったんだ。だから、その……なんだ。これからもよろしくな、フィーネ」


「私も、何というのかしら……うまく言葉に表せられないけれど、とても安心したわ。――うん。これからもよろしくね、トオル」


 そう言った後、可笑しさに堪え切れなくなって、二人して笑った。



 俺達の摩訶不思議な関係は、まだまだ続きそうだった。



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