第22話 『恩義を返す手段』
「――とは言っても、フィーネが気に入る物って何なんだ……?」
王都の様々な店が立ち並ぶ通り。
そこで俺は、重大な問題に直面していた。
自分が気になる物や、役に立ちそうな物は目につくのだが、本命のフィーネへのプレゼントに相応しい物が全く見つからない――というより、知らないのだ。まさかこんなことになるとは。
「フィーネが喜びそうな物――食べ物? いや、生モノは贈り物として粋じゃないから却下。となると、調理道具……はいっぱい持ってたし……」
思い付くのは食べ物関連のものばかり。良い加減それから離れないと答えに辿り着けなさそうだ。
「うーん、服とか……は選べるセンスが無いから断念するとして、化粧品……はこの世界に無いだろうし、必要も無さそうか。残るは商品券? なんかそれも違う気がするな……ってかそれもこの世界に無いだろーし。あーマジで分かんねぇ」
自分の提案を自分で跳ね除けての堂々巡り。
生まれてこの方異性に贈り物をすることなど殆どしてこなかった俺は、女の子がどんな物を貰って喜んでくれるのかが一切分からない。
自分で贈り物を買うと決めたはずなのに、前提としての条件が整っていなかった。実に由々しき事態である。
さらにさらに、
「フィーネ、欲しいもんがあれば直ぐに手に入れてそうだしな……。マジか、クソ難易度高いじゃん」
彼女はお金持ちなので欲しい物には直ぐに手が届くだろうし、高価な代物でも既に所持済みの可能性が超高い。
つまり、金銭価値が高いというだけで喜んでくれる訳でも無さそ――
「――わっ!」
「うえっ!?」
いきなり背中を押されてしまったことで体が跳ねる。冷や汗をかきながらバッと後ろに振り返ると、
「トオルくん、トオルくん、驚いた?」
「……エルナさん、驚かせないでください。心臓が止まるかと思いましたよ」
「てへへっ」
至近距離に濃い茶髪が目に入る。
間近で見ると、左の猫目の下に泣きぼくろがあるんだな、という発見をもたらした彼女――エルナさんが、舌をチラッと出して詫びのポーズを取っていた。
「――エルナ、いきなり走りだしてどこに――ッ、トオルじゃないか!」
「ああクラウスさん、お久しぶりです」
エルナさんの後を追ってきただろうくすんだ金髪をしたナイスガイ――クラウスさんが小走りで駆け寄ってくる。
また会えたのは何かの縁なんだろうかと思っていると、
「この前はすまなかった。礼も出来ず、私用を優先してしまったからな……」
「あーいえいえ、お気になさらず。それに彼女達もちゃんと神聖騎士団のところに預けられたので安心してください」
この二人が去った後の事を話すと、クラウスさんは「それなら良かった……」と安堵の息をつき、
「トオル、今すぐにでも礼がしたい。時間は空いているか?」
「そんなそんな。礼なんて要らないですよ。それに、俺なんかじゃなくてあの子――フィーネリアが礼を受け取れる立場だと思うんで」
俺がやったことなんてせいぜい力仕事くらいだ。
なので讃えられるべきは彼女だと主張したが、クラウスさんは「なら」と言って、
「あの子への分も受け取ってくれ。それで良いだろう?」
「トオルくん、そうよそうよ。助けてもらってなかったら、今頃私達はこうしていられなかったんだから。お礼が出来なかったら絶対にバチが当たるよ。怖い怖い」
「ああ、その通りだなエルナ。――と言う事だ。何でも言ってみてくれ。出来る範囲ならどんなことでもする」
この二人――特にクラウスさんは、是が非でもお返しがしたいみたいだ。
実際のところ、俺もフィーネにお返しがしたいという理由から我儘を言って抜け出してきた節があるので、その心理には深く共感できる。
貸し借りがある状態だといつまでも申し訳なさが募ってしまい、精神衛生上余りよろしくないのを知っている。
であるならば、この際返してもらってスッキリしてもらった方がこの二人のためなのかも知れない。
俺としてもそれで身に覚えの無い恩義が消えるのならありがたいと感じたので、
「なら、お願いがあります」
△▼△▼△▼△
「あんなに仲が良さそうにしていたのに、か?」
「えー、意外。てっきりそんな関係は過ぎてると思ってたよ」
双方から予想外、といった反応が来る。
あの時はまだあんなにいがみ合っていた時期だったのに、そんなに仲が良さそうに見えたのだろうか。
「――それにしても、本当にそんな事で良いのか? 明らかに受けた恩と釣り合ってないように見えるが」
「俺にとっては一大事なんですよ。本気の本気で女の子に贈り物をするなんてことをして来なかったので、何を贈れば良いのかが分からないんです」
俺は歩きながら二人に説明をする。
恐らくはカップルであろうこの二人なら、贈り物を交換し合っているに違いないと思い、俺が要求したのは『フィーネリアが気に入りそうな物を教えて欲しい』の一つ。
二人は「そういうことなら」と快く了承してくれたが、「なんで?」と疑問を持ったようだ。
「散々彼女にお世話になっているのに今まで何も返せてこれなかったので、そろそろ何か返さないとと思いまして」
「そういうことなら、まあ、良いんだが……」
クラウスさんはあまり納得がいっていないような顔をしてるが、丁度困っていた俺としてはこれ以上にありがたい事はない。
経験不足を補うには先人に教えを請うのが道理である。
それに良いものを選べられると、最終的には一番の功労者であるフィーネリアに還元されるので一石二鳥というやつだ。
と、名案を思い付いた俺が自分を褒めていると、エルナさんが俺に近付いてきて、
「トオルくん、なんだか昔のクラウスを見てるみたいでとても懐かしい感じがするよ」
「……え、そうですか?」
「うんうん。トオルくん、クラウスにそっくりだから」
色々な男前な面を見せるクラウスさんに似ていると言われて嬉しいが、何がどう似ているのかが分からない。
そう思っていることが顔に出ていたのだろうか、エルナさんは「そうよそうよ」と頷いて、
「女の子を大事にしてくれる所とかは特に、ね」
「……それは出来ているか怪しいですね。かなり」
まあ最初の方は彼女を大事に出来ていなかったが、今は大事にしている、つもりだ。
ちゃんと出来ているかは分からないが、こうして親しき間柄であっても贈り物をするという行為がお互いを尊重し合う一環だと俺は思っている。
「うーん、そうかな? ……まあ、今出来てないと思ってたら、これからもっとフィーネリアちゃんを大切にね? あんなに凄い子は中々見つけられないと思うよ?」
「それは全くもって同感です」
彼女と出会えた事自体、まるで奇跡のようなものだ。そんな彼女の隣に立てればどんなに幸せな事だろうか、と思わずにはいられない。
「うんうん。分かってるみたいで安心したよ」
「――。あ……ちょっと待っててください。直ぐに戻ってきますんで」
「ん? どうしたの、どうしたの?」
「気のせいかもしれませんが、念のためです!」
気付いたことがあったので、俺は二人を置いて路地裏に入っていった。
△▼△▼△▼△
「……こんなとこで何やってんだ、フィーネ」
歩いているとなんとなく視線を感じたのでまさかとは思ったが、そのまさかだった。
俺が路地裏に近付いたせいで咄嗟に隠れたようだが長い金髪が見えてしまっているので、完全にバレバレである。頭隠して尻隠さずとはこの事である。
持ち主の名前を言うと、ギクっと僅かに金髪が揺れた。
「好きな所に行っといてくれと言ったが、尾行しろなんて言ってないぞ」
「……だって心配なんだもの……」
観念したのか、バツが悪そうな顔をしてフィーネがこちらに振り向く。
いくらフィーネとて、流石にストーキングは良くない。
それにこれから先はフィーネに監視されているとサプライズの意味が無くなるので尚更やめてほしい。
「あのな、フィーネ……尾行するのは禁止。命令はしたくないからしないけど、出来ればこれだけで分かってくれ」
「…………」
命令の強制力というものがどれ程までにあるのか未だに分かってないし、分かるような機会が訪れて欲しくもないが、そんな得体も知れないものは使わずにフィーネを説得したい。
俺は黙り込んでいるフィーネの返事を待たずに、
「それにあの二人も一緒だから、俺が一人って訳でも無いから。……ああだから、そんな顔はしないでくれ。な?」
捨てられた子犬のようにちょっと泣きそうになり出したフィーネを慌てて落ち着かせる。
……いやまさか悲しそうな顔をされるとは思わなかった。
彼女を泣かさないという約束をこんなことで破棄したくないし、彼女のためだと思ってしたことが彼女を悲しませてしまう結果になってしまえば何のためのお返しなのかが分からない。
そんな気持ちが届いたのか、フィーネは「むぅ……」と諦めるように、
「分かったわよ……! 焼き鳥でも食べて来るわ……っ!」
「ああ、ちょ――」
いきなり駆け出されてしまったので、俺は制止するのも叶わなかった。
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