第21話 『何気ない発案』




「――フィーネ、もう俺は元気満々だから。ほら、この溢れ出る生命力を見たら分かるだろ?」


「まだ一日しか体を休められていないじゃない。自分の体にどれだけ疲労が溜まっているのかは、案外自分では測れないものなのよ。――それよりもほら、早くお口を開けなさい。はい、あーん」


「……っ……いや、自分で食べれるから大丈夫だって」


 昨日の出来事の後、フィーネは一日中宿にいる俺に付きっきり(当たり前のように逆抱き枕も)であり、ついでに男の夢である『あーん』までしてこようとする始末だ。


 ほんの、ほんのちょっぴりだけフィーネが差し出すスプーンを堪能したい気持ちもあったが、それを受け入れてしまうと尚更状況が悪化しそうだったので諦めた。

 今は彼女に頼るのではなく、『元気ですよアピール』をした方が身の為だろうと思って、


「そろそろ体を動かさなきゃ体も鈍るしな。それに後遺症とかもないみたいだし、いつも通りの生活サイクルに戻しても良いんじゃないでしょーか?」


「……トオル、三日間も心臓が止まってたのよ……? もっと自分の体は大事にして欲しいわ」


 恐らくはフィーネとここで初めて食べたものと同じであろうシチューを啜りながら、フィーネに俺の意見を述べたのだが案の定突っぱねられる。あの甘かったフィーネはどこへやら。


 まあ確かに、三日間も心臓が止まってたんだから安静にしておけというのは賛成だ。

 しかし、あの寝起き直後の怠さは一日中寝ていたらいつの間にか完治しており、今現在はいつもと変わらない調子でいる。いや寧ろ体のコンディションが良いまである。

 だからこれ以上ヒモを貫いても意味が無いし、いつか俺の男としての尊厳が音を立てて崩れ落ちてしまいそうな予感がしたので、


「でもさ、運動不足ほど怖いものは無いぞ? 適度にリハビリとリフレッシュは必須って偉い人が言ってたし」


「その偉い人が誰かは知らないけれど、私の言葉より価値が無いのは確かね」


「……相変わらずの自信だな。やっぱ」


 いつにも増して我を通してくるフィーネ。このままだと一ヶ月くらい余裕で看病してくれそうな勢いなので、早めにストップはかけるべきだと察した。

 が、フィーネと呼ばれる牙城は「第一ね」とスタンスを崩さずに、


「本を読むことと、ちょっと体を動かす事ならここでも出来るわよ? わざわざ外に出なくてもいいじゃない。……それに魔法の練習もしないんだから、トオルが屋外ですることは無いんじゃないかしら?」


 ……そうだった。いつもの生活サイクルから魔法の訓練という重要事項が脱落してしまっていた。

 いや、まあ当初描いていた道筋からはかなりズレてしまったが、一応魔法の発動には成功してしまっているので必要無いと言えば必要無い。


 どれだけ、どんな魔法が俺の手で使えるのかは気になる所だが、それはいつでも出来そうなので緊急性は感じられない。

 それに、俺が魔法を使ったという事実をフィーネが知ってしまうと更にマズい事になりそうだったので、フィーネには中々言い出せない状況に陥っている。


 だからこそ、彼女からすると俺が外に出る必要性を見出せないから俺を引き止めようとするのだろう。

 フィーネのを足せばお金もたんまりとあるし、生活には全く切羽詰まってない状況……。この傾向はかなりマズい。主に何がと言えば俺の健康とか、その他人間として大切なものとかが。

 

「ああ、目的があるんだが――今は言えない」


「む……なんなのよそれ。……ということはやっぱり、私を説得出来ないような些細な用事ということね? それなら私が代わりにしてあげるから、要件を教えてくれないかしら」


 そんな危機感があったのと――俺をこれでもかというくらいに心配してくれているフィーネの姿を見て、何かお返しがしたいと思ったのだ。

 彼女は見返りを求めるタイプの子ではないのは気付いているのだが、やっぱりそれじゃ俺が納得できない。

 それにいつまでも貰ってばかりじゃダメだ。どこかのタイミングで絶対に愛想をつかれてしまう。


 幸い、手元にはゴブリン討伐での臨時収入があるので、それをまるごとパーっと使い、フィーネが気に入りそうなものを王都で見繕ってプレゼントしたい、という願望が俺の中で爆発したのだ。

 それだけで今まで積み上げてきたものが全部返済できるとは思わないが、少しでも返せるなら返したい。


 そんな俺の願いを知らぬフィーネが代行を申し出てくれているが、それでは元も子もない。俺の手から渡るからこそ意味を持つのだ。

 自分で使う物を自分で買うのはただのショッピングである。


「それがな、違うんだよ。フィーネには出来なくて、俺にしか出来ないことだから」


「――。そんなものがこの世に存在するのかしら……?」


「……おいおい。まあそう思っちゃうのも仕方ないかも知んないけど、あるんだなそれが」


 フィーネが真剣な眼差しで首を傾げられたので、ちょっと目の奥が熱くなってしまったが、このままフィーネを説得しようと、


「それに、フィーネもたまには一人で羽を伸ばしたいんじゃないか? 俺のことなんて置いといて、フィーネには好きな所でまったりして欲しいんだけど」


 そういえば、彼女と出会ってから行動を共にしない日は無かった。

 なのでもしかすると、彼女は一人の時間というものが欲しいのではないか、という恐れともいえる疑惑が浮かんだ結果、説得材料としてこの言葉が漏れる。


 俺は毎日でも、ずっとでも、一生でもフィーネのご尊顔を見続けたいし、見続けれる自信はある。でも彼女からすると、それは違う可能性が高い。

 好きでもないような異性とずっと一緒にいるというのは、精神的に辛いものがあるのではないか、という当然の推測だ。

 が、フィーネは一瞬ぽかん、とした表情になり、

 

「まさか……一人で外に行くつもりなのかしら? そんなの絶対に許さないわよっ」


「……いやいや、門限にしつこい親じゃないんだからさ。心配しなくても一人で大丈夫だし、それに一人じゃないとダメなんだよ」


 サプライズにしてフィーネの驚く顔が見たいので、やはりプレゼントを選ぶのは一人が良い。

 母さんは父さんに結婚指輪を買う時は相談して欲しかったと愚痴をこぼしていたのを覚えているが、やはり男というのはサプライズをしたい生き物なのだ。

 これは避けられない運命とも言えるかもしれない。


「……同じ過ちはもうしない、って決めたのよ」


 囁きともいえる声でフィーネが呟く。

 その過ちの中には決闘の事も含まれているのだろうか。お互い様だ。


「トオル、本当に一人で大丈夫なのかしら……? とても心配なのだけれど」


「へいへい、街行く人に決闘吹っかけて奴隷落ちしないように気を付けますので安心してくだせい」


「むぅ……なんだか負けた気分だわ」


 安心させるように、自然な流れでフィーネの頭をぽんぽんと触って撫でてみる。今日も金髪の感触は素晴らしかった。


「……トオル、絶対に夕飯までには帰ってくるのよ」


「りょーかい。ってか、俺を待っとくんじゃなくてフィーネも好きな所に行って良いからな」


 そうして大事なことをきちんと伝えきった俺は、少し不機嫌な彼女に見送られて街へ繰り出せたのであった。



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