第20話 『天災と天才は紙一重』




「やっぱり……」


 何故か人が少なかった冒険者ギルドの奥――訓練場で、俺は新たな発見をした。


 己の内に蓄えられていた魔力が全て外に逃げ出した影響なのだろうか。

 大量の魔力の中に埋もれ、燻っていた本当の『適正』とやらが自分で感じ取れるようになった。


 芽生えを心待ちにしていた本来の才覚が、宿主から認知されたことで歓喜の産声を鳴らしているのが聞こえる。


「にしても、まさか俺がデンキナマズになるなんてな……。突然変異でも起きて発電器官が備わったとか……? まあ、そんなわけないんだけど」


 右手の人差し指からパチパチと発せられているのは――白の閃光。



 それは、天災に数えられる一つ。



 それは、畏怖の最高点に君臨し、制御できない自然を体現した現象。



 人は、それを『神の怒り』や『雷』と表現する。


 ――そう。未だによく分からないが、俺は電気を発生できるようになったらしい。それも石炭等の燃料も、水力も必要とせずにだ。

 発電所に行ったら大儲け間違いなしである。どこぞのマシーンになりそうだから絶対にやらないけど。


「そういや……」


 確か、意識が途切れる瞬間にも指先に電流のようなものが走っていた気がする。あれはもしかしたら魔法の発動が成功していたのかもしれない。


 しかし、完全に電流と接触しているわけだが、感電の心配とかは無さそうである。

 自分が出した魔法で死亡とかはダサ過ぎるので勘弁してもらいたい。というより、


「やべえ……めっちゃ興奮してきた」


 異世界人には魔法は使えないとかいう制約があるのかもしれない、と半ば諦めていた。が、俺の手でも魔法を扱えると知ったことで、この高揚感が抑えきれない。

 世界の理を改竄しているようで、何とも言えない全能感がある。

 フィーネが使っているのは何度も見たが、やはり自分が使うのとでは違った。

 

 それに雷とかマジでかっこいいし。女神様のお陰なら感謝しないとな。

 でもこうもあっさりと魔法が使えるなら、最初からそう説明してくれよと文句を言いたい所だ。


「それにしても、フィーネは俺の適正は火属性って言ってたけど……」


 電気の扱い方はなんとなく分かるのだが、肝心の火に関するインスピレーションは湧かない。不思議過ぎる程に謎だ。


 火と雷。

 この二つの自然現象の間に関連性が存在するのだろうか? ただ、一見これらは全く異なる現象のように見える。


 それを解決するには、雷は火・水・土・風・闇・光の六系統の内、どれに属するのかという問題と直面する。


 或いは、雷属性とやらが存在するやもしれない。

 が、どうやら全ての魔法は六つの属性から樹形図的に派生していくものらしいので、雷も火から派生したものだという可能性は高い。

 フィーネと本の内容を信じれば、だが。


「――いや、確か」


 火と雷は、同じプラズマ状態での現象だという話をどこかで聞いたことがある。

 となれば、火属性はプラズマを司る属性だったりして……?


 それに古代日本でも、火の神と雷の神は一纏めにされていたらしいし。

 うん、自分でもかなり説得力のある仮説かもしれない。


 しかし、雷が火の派生系というなら、元となる火を発生させる事が出来ないのはどういうことなんだ一体。それでも尚、謎だらけなのは変わりない、か。


「時空魔法も風属性の派生とか言ってたし、魔法に関してはマジでよく分からんな……」


 ただ、質量保存の法則を完全に無視している時点で非科学的なのだし、魔法というものを根本的に説明すること自体、かなり無謀なのかもしれない。

 説明しようとしたら、それは最早哲学とかの管轄内なのではないか。


 ……うーむ。あまり深く考えても埒があかない気もする。専門家でも無いし。

 もっと直感的に捉えた方が色々と楽かもしれない。

 そう、魔法とはイメージだ。全てをセンスが支配する世界。詠唱とやらも必要無かった。


 頭の中で電子を発生させて動かす、という工程を思い浮かべるだけで電流が発生する。

 あまり言葉に表せないが、電子を制御する事に関して俺は長けているようだ。今はその事実だけ知っていればいいだろう。


 と、一つの有力な仮説に辿り着いて納得した時――、


「――トオル!!」


 背後から大声がした。


 今この訓練場には俺しかいないし、その声が俺の名前であることからして、向けられているのは俺だろう。それに、声の主にも目星がついている。

 感謝の言葉を、と思って振り返ると――、


「――うおっ!」


「良かった……心臓、動いてるわ……。本当に、良かった、わ……」


 白金の色が見えた瞬間、正面から衝撃。すると、そのまま手を背中に回されて、ぎゅーっと弱々しく力を締め付けられる。

 そんないきなり出現した彼女は、俺のバクバクの心音を体を押し当てて確認しているようだ。


「ちょ、ちょ……」


 背後から抱き付かれるのと、正面から抱き付かれるのではハードルの高さが段違いだ。そうなれば当然、彼女が確認中の心音は早くなっている。

 これはもうバレてるだろと思いながら、気を紛らわせようと自棄になって、


「やあやあ、フィーネリアさんや。そんな死人に対する感想みたいなんは辛いけん。やめてもろてええかな?」


 テンパったせいで大分口調がおかしなことになったが、フィーネが「三日間……」と小さく呟き、


「三日間、トオルの心臓は止まってたもの……。魔力切れが起きたら、死に至る人もいるのだから心配するのは当たり前よ……!」


「え……まじか」

 

 冗談かと思ったが、冗談抜きの感想だったらしい。

 要は、俺は三途の川の一歩手前でUターンして息を吹き返した死者のようなものらしい。


 フィーネに想いを伝える前に死ぬとか、未練たらたらの現世を彷徨う亡霊になる予感しか無かったから、マジで危なかった。


「もう、トオルのばか、ばか……ばか」


「……フィーネ、落ち着けって。死にかけたっぽいけど、俺は今ここでちゃんと生きてるからさ」


 俺の言葉に、正面から潤んだ青い瞳が胸の中から覗かせる。

 ……ハグの上に上目遣いが追加されると、そりゃもうどえらい破壊力になる。


 自分で声をかけたにも関わらず、大ダメージを食らってたじたじになっている俺に、


「……もう、離さないから」



 心臓の鼓動が、更に早くなる。



 自然とそんなセリフを言われちゃ、本当に困ってしまう。本当にドキドキされっぱなしだ。

 そんな更にHPを削られた俺に、フィーネは「っ!」と何かに気付いた様子をみせ、俺の前髪を手で押し上げ、 


「ちょ、フィーネ」


「トオル、熱があるわ……。もう、病み上がりなんだから、いきなり出ていっちゃダメよ! 早く、宿に戻って養生した方が良いわね」


 熱の原因は多分そうじゃ無いよ、と言いたいところだが、フィーネが「そういえば」と口に出したので断念することになり、


「トオル、こんな所に何しにきていたのかしら?」


「えーと、魔法の練習を少々……」


「――っ! 魔法は禁止よ! 約束したわよね!? 無詠唱に失敗したら、もう使わないって!!」


 この空気の中であまり言いたく無かったことを正直に話すと、予想通りフィーネは怒り心頭に発した。

 俺のために怒ってくれているのがひしひしと伝わってくるので、中々『実は既に魔法は使えました』の一言を発せられない。

 寧ろ、言ってしまったらもっと怒られる気がする。ただ、俺にも考えがあっての事だということを伝えたかったので、


「ああ、いや実は――」

「――もう、言い訳しないの!」


「……あ、ハイ。すみませんでした」


 結局、俺が悪いのは自覚していたので、諦めて宿に戻ることになった。


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