第19話 『勇者隊の出立』




「――やっとか。予定より準備が整うのが大分遅くなったようだが、何をそんなにもたつくことがあったのだ?」


「それが、どうやら一部の王宮魔術師が派遣に渋りの態度を見せたらしく……その反発を抑えるために手間を取られたからのようです」


「む、王宮魔導士達も同行するのか……大盤振る舞いだな」


 ロージャス王の召集から十日。


 アンナ達勇者一行は帝国への援軍として派遣されるために、王都の南に集められていた。


 その顔ぶれは、白の鎧に身を包んだ神聖騎士達であったり、隊商として支援物資を売りつけようとしている商人であったりと様々だ。


 その中の、『勇者隊』と名付けられた軍団に同行することとなった神聖騎士団を、一時的に隊長として統率することとなった男――ラルスは、出世したにも関わらず立場が上であるアンナの質問に対して、腰を低くして答えていた。


「一応聞く。反発と言うが、何に対しての反発だ? おおよそ、予想はついている訳だが」


「ご察しの通り、帝国との間に生まれている亀裂が原因ですね」


 予想通りの返答を聞いて、アンナは「そんな事をほざいている暇など無かろうに……」と一人呟く。

 歴史を重んじる文化であるが故に、エズラ帝国を嫌う王国民は数多い。平民ですら嫌う者がいるというのに、学があるつもりの王宮魔術師なら尚更だろう。

 ただ、公私の区別は付けるべきだ。全く嘆かわしい、とアンナは思う。


「――おや、噂をすればやってきましたね」


 ラルスの言葉とともに指差された方向を見ると、全員が衣装を緑色のローブで揃えた十数人程の集団がこちらに近付いて来る。


(たかが数人揃えども、フィーネには届かないだろうが――)


 つい、アンナはそんな事を考えてしまう。

 アンナの頭にチラつくのは、あのエルフの少女。

 どこの馬の骨だか分からない男に奪われ、もう取り戻せないかもしれない花のような愛しい笑顔。


「……いやいや、約束したんじゃなかったのか」


 再び後悔の念に苛まれそうになった自分を、己の手で喝を入れ、封じ込める。

 一度けじめを付けた事をズルズルと引き摺るなんて、自分はなんて未練がましいんだとアンナは思った。


「……最悪の気分だ」「なんで俺が帝国なんかに……」「しーっ、聞こえちゃうよ。静かに」


 頭を振り、顔を上げて見れば、その集団を構成するのは比較的若い人間が殆どであるようだった。

 しかし、それらの王宮魔術師達の顔はどんよりと曇っており、これから戦いに参入するような士気があるようには到底見えなかった。


「――遅れてすまんかったの。王宮魔術師、只今集結じゃ」


 そんな中、自分の背丈より大きな杖を持った、面構えが明らかに異なる老人が前に出てくる。

 胸元まで伸ばした白髭の下に隠れている口は僅かに弾んでいるかのように見え、アンナはもしやと思い、


「貴殿は……まさか、オスカー魔法伯であられるか?」


「ふぉっふぉっ、その通りでございますぞい。良い骨の埋め場所がある、と耳にしたものでな。居ても立ってもおれんかったわい」


 かの『狂気王』の時代から未だに神聖王国に仕えている、生ける伝説。天才過ぎるが故に、粛正を免れた正真正銘の化け物。


 ――またの名を『賢者』。彼の活躍はその称号で民話にまでなっている為、平民であっても知る人は多い。

 そんなことであれば勿論、アンナも彼の名を知っていた。

 

「武勇は聞いておりますぞい、フォルセリッグ公爵令嬢。人生最後の大仕事、今世の憂いが無いように精々楽しませて欲しいものじゃな」


「……ああ、貴殿が同行するとなればこれ程までに心強い事はない。宜しく頼む」


 まさか、そんな大物が同行するとは露ほども思ってもいなかったアンナは少し返答に戸惑う。

 てっきり国はこの派遣に対して消極的だと読んでいたが――見解を改めた。ロージャス王は本気だ。


 しかし、神聖騎士団は戦時下でなくとも活動があるため戦意を高揚する必要性が無いほどに見えるが、王宮魔術師はどうやら違うようだ。

 近頃の王宮魔術師は形骸化の傾向にあり、王宮に引きこもって外国に赴くなどという事をしたことが無い人間が大半であることも、戦意低下を助長させているのだろう。


「――おいおい、俺様が首を長くして待っていてやったというのに、王宮魔術師の奴らは随分と舐めた態度を取っているみたいだな……。少しビビらせた方が良さそうじゃないか?」


「待て、ハンス。それは逆効果になる可能性が高い。鼓舞の役目は私が務める。ハンスはそこで見ておいてくれ」


 突然割り込んで来たハンスを諌め、彼が「わ、分かった」と退いたのをアンナは確認して――、


「――皆のもの、聞け!!」


 声を張り上げる。効果は覿面。注目が一斉にアンナに集まる。


「誰?」「フォルセリッグ公爵の一人娘じゃないか?」「例の『紅蓮の戦乙女』か……」「あれが噂の……」


 聞こえていないと思っているのか、口々に好き勝手言っている。

 肩書きだけで己の価値を判断されることが嫌いなアンナは顔を顰めた。

 しかし、アンナは乗り気では無い者にとっては、愛国心が邪魔をしていると咄嗟に気付いたので顰めっ面を皮膚の下に隠し、


「キサマらが知っている通り、は現在未曾有の窮地に瀕している! 過去の確執に囚われるなッ! 憎き魔王軍を討ち滅ぼす為に、今こそ全人類が手を取るべきだ! そうは思わないか!?」


 『我らが友』と、エズラ帝国が味方であることを強調したが、アンナが周りを見渡すも歯切れが良い反応は出ていない。一部を除き、皆が同じ表情をして固まっていた。

 これは失敗したか、とアンナが察した時、


「アーン? アンタが噂の勇者ってか? 男って聞いてたけどよー、随分と女々しい顔じゃんか。期待外れだったかなー」


「……何だ。誰だキサマは」


 王宮魔術師の集まりの中から、短い橙の髪を二つに纏めている美少女と美少年の間に位置するような、中性的な顔つきをしている人間が静寂を壊した。

 アンナが乱入者に訝しんでいると、その人物は「レオニーだよ、レオニー。覚えといてねー」と剽軽な態度で自己紹介した後、


「アンタがこの隊の元締めか知んねーけどよ。はっきり言ってメーワクなんだよね。俺っちは帝国なんかに構ってるより、王宮でまったり寛ぐ方が好きなんだよねー」


「迷惑とはなんだ。迷惑とは。……キサマ、それでも王宮魔術師か? 何か勘違いをしているみたいたが、本来キサマらは民を守る為に生まれた身分だ。この派遣も民を守る一貫であることを忘れるな。堕落が」


「ほうほう、文句があるってか? つまりは俺っちとやろーってのか?」 


「キサマなどと決闘する価値なんてものは無い。――それに多少は目を瞑っていたが、流石に無礼が目に余る。一代限りのお前達とは違って私はフォルセリッグの血を引く者だ。胴体とおさらばしたくなければ、身分を弁えて言動を慎め」


 レオニーの口調は荒いが、その言葉はここにいる人間の本心を代弁していると言える。現に、周りの人間は傍観してレオニーの無礼を咎める事をしていない。


 だが、王宮魔術師に叙せられる『魔法伯』とあっても、たかたが一代限りの爵位。

 誰もが権威の象徴だと認める公爵の娘たるアンナは強く出れると確信した。

 そんなアンナが脅迫紛いの事をしたにも関わらず、レオニーは調子を変えずに「フォルセリッグー?」と片眉を上げて、


「ハン、貴族のボンボンってか! 勇者は平民ってのも嘘か! そうかそうか! なあなあ、シショーも何とか言ってやってくださいよ、この大嘘つきに!」


 レオニーから急に話を振られたオスカーは「わ、儂か? ……ふぉっふぉっ」と静観の姿勢を貫いたので、アンナは彼がレオニーに加担する訳ではないと判断し、


「また何か勘違いしているようだから訂正しておくが、私は神託を受けただけであって勇者では無い。勇者は――このハンスだ」


「アーン? そのハンスってのは――うぉっ、男前じゃん!! よっしょ!」


「な、なんだお前は!」


「……ハンスから離れなさい、この羽虫め」


 レオニーがハンスに抱き着こうとし、シャルがそれを妨害するという構図が出来上がった所で、アンナは呆れ顔でオスカーに近付き、


「オスカー殿。彼奴を弟子に取っているのなら、手綱くらい握ってくれていると助かるのだが」


「ふぉっふぉっ、そんなことが出来ていれば儂も苦労はせんわい」


 オスカーの反応からしても、レオニーは常に周りを困らせているのだろう。派遣の滞りとなった原因にも一役買ったのだろうとアンナは予想した。


「――皆様、そろそろ民衆への顔見せの時間となりましたので、準備をお願い致します」


 と、そんな事をしているとラルスが刻限を知らせに来た。それを聞いた者達の足取りは重い。


(こんな隊で本当に大丈夫なのだろうか……)


 未だに揉めあっている三人を傍目に、アンナはそう思うのだった。



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