第18話 『ロスタイム』




「すみません、アロイスさん。何か食べれる物ってありますか?」


「――ん? オイッ、トオルじゃねえか!! いつ起きたんだ!!」


「……え、ああはい。ついさっき起きたばかりです」


 他のお客さんは見当たらなかったので、今が朝飯の時間では無かったことに気が付いたので、丁度厨房にいたアロイスさんに声を掛けると、いつもの二倍くらいの声量で返された。


 心身が万全じゃない時の大声は脳髄に直接響くので、少し腰を引きながらの返答になった。


「トオル、腹減ってるだろ!! 金は貰ってらあ、はよこれでも食え!」


 自分から何か食べ物を恵んでもらおうと頼むつもりが、アロイスさんが俺の行動を先読みしてきたので、「ありがとうございます」と礼を言って皿を受け取る。そのままいつもの席へと移動する。


 皿の中を見ると、どうやらスープのよう。黄色く濁っているので卵とかを入れているのかもしれない。

 コッテリしたものをいきなり空の胃袋に入れてしまうと、胃袋がビックリしてしまうので最初は汁物、という配慮なのだろう。ありがたい。


「――あの金髪の子が、血相を変えてトオルを運んで来た時は本当にどうなるか心配だったぜ、まったく。まあ、無事意識を取り戻せたで安心したぞ」


 いつの間にか厨房から出てきていたアロイスさんが、スープを飲んでいた俺の背中を「また女を悲しませるようなことはするなよ! ガハハ!!」とバシバシと叩いてきた。


「――ゲホ、ゲホッ! ……あのー、アロイスさん」


 なことされたら、当たり前だがむせる。

 悪い人ではないのだが、何というかあまり周りが見えていない人だ。なんて最近になって漸く気付いた。

 

 俺が非難の視線を送っていると、アロイスさんは「ああ、すまんすまん。俺の悪い癖でな」と謝罪をしてから、


「で、あの金髪の子はどうしたんだ? 三日間ずっとトオルに付きっきりだったから、トオルが起きた時は部屋にいたはずだろ? ……もしや、部屋に置いてけぼりか?」


「あーいや、疲れていたみたいなんで部屋で寝かせてます。……それにしても、三日間も眠ってたんですか俺」


 決して放置プレイをしている訳ではない。彼女の体を慮っての行動だと主張したい。

 それに、アロイスさんの言葉を信じるとフィーネはずっと俺に付きっきりだったらしい。なら、それ相応のお返しはすべきであろう。

 俺のせいで疲労困憊の状態になっているはずなのに、無理に起こすのは俺の矜持が許さなかった。


 にしても、未曾有の空腹の度合いからある程度予想はしていたが、三日間も寝ていたらしい。

 三日間ずっと寝っぱなしなんていう経験は勿論今までに無かった事態なので、その事実を突き付けられても現実感が湧かない。まるで他人の出来事のように思えてしまう。


「ああ、そうだぜ。日に日にあの子の顔色が悪くなっていくのは見るに堪えなかったな。……あんな顔をさせるなんて、トオルも隅に置けないぜ、ホントにな!」


「余計なお世話ですよ」


 そんな会話をしている内に、スープは完食。 「ごちそうさま」と美食への感謝も忘れずに。お陰様である程度腹は膨れた。

 そして、食べ物を受け付けにくくなっている胃袋のパーセンテージを、直ぐにゼロからマックスにしては体に悪そうなので、今はとりあえずこのくらいにしておこうと思って、


「アロイスさん、今はこれで十分です」


「おいおい、まだ全然食えてないだろうに。食える内に食っておかないと、またぶっ倒れた時に困るぞぉ?」


 次のお品に行きそうなアロイスさんを手でストップさせる。

 確かに、またいつぶっ倒れるか分からないのでカロリー備蓄はした方が良さそうだが、備えあれば憂い無しの使い方が間違っている気もする。

 ただ、


「それに、用事も出来たので。もし、あの子が目覚めたら俺は冒険者ギルドにいると伝えてください」


「え? お、おう。分かったぜ」


 アロイスさんに言伝を渡して、俺はどうしても確かめたいことを明らかにするために、ギルドへと足を向けた。




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