第17話 『失敗から学ぶモノ』
「――とはいっても、無詠唱のコツとかあったりする?」
今までのアドバイスの質からしてあんまり期待はしていないが、一応聞いてみる。
フィーネは「うーん」と悩んだ挙句、
「私が最初に魔法を使えた時は、オドに内在している魔力を指先にばーっと集めて、ぼんっと水に変換するという感じを意識していたわ。……トオルは魔力の扱いが上手だっただから、もしかしたら成功するかもしれないわね」
「おお、意外にまともな助言」
「何よ。失礼しちゃうわね」
これまでのアドバイスより分かりやすく説明してくれたせいで困惑してしまう。
そのフィーネの説明から推測するに、
「魔力は万物に変換できるポテンシャルを持っている万能元素みたいなもんか……?」
「……その解釈はあながち間違ってはいないわ。確かに、魔術師は魔力を人の手で色々なものに変える者を指すわね」
「ふむふむ。――なら、いっちょやってみるか」
失敗した時は失敗した時に考えよう。それに失敗は成功の素と、とある偉人も言っていた。
「――すぅ」
まずは深呼吸。
今までは適当に呪文を唱えるだけだったが、全部手動で魔力を扱うとなると精神統一も必要になるだろう。
「――――」
次に、内なる魔力に意識を向ける。
俺の身体に勝手に侵入している異物に、このように面と向かったのは二回目か。
――。
――――。
――――――。
掴めた。
身体中を縦横無尽に暴れている魔力の流れを落ち着かせる。
ここまでは余裕。
次はその落ち着いた魔力の一部を指先に集める。
胸の辺りにある集合体の一部をコップで掬うように――できた。
それから指先に移動する行程を実行する。
捕捉した魔力を指先に移動して、移動して、移動して、解放して――。
「――――ッ!?」
――指先に眩い光が見え、ピリッと痺れるような感覚を得た瞬間、何かを堰き止めていた堤防が決壊。
内に秘められていた大量の魔力が奔流となって外へと逃げ出す。
大気を揺るがすような、とてつもない爆発が発生。
間違いなくこれは失敗に終わったと察した直後、それと同時に唐突に全身を襲う倦怠感。
意識が朦朧となり、足元がふらつき、視界が傾く。
最後に九十度横になっているフィーネの焦った顔が見えたと思った刹那、視界が真っ暗になった。
△▼△▼△▼△
だるい。だるい。だるい、だるいだるいだるいだるいだるいだるい――。
欲しい。欲しい。欲しい、欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい――。
すくう。すくう。すくう、すくうすくうすくうすくうすくうすくう――。
――すくう、って、なに、を?
△▼△▼△▼△
「――――」
目を閉じている状態のまま、俺の思考が現実世界へと呼び出されたことを知らされる。
俺の背中を受け止めているのは、お世辞にもふかふかとは言えない程度の寝台のように思えた。
「……知ってる天井」
いつもの寝覚めより気怠さが俺を支配しているが、最後にどこでいつ寝たかの記憶が無い俺は状況の確認を優先させた。
そして目を開けると、そこにあったのは木製の天井――一ヶ月強泊まっている宿屋の見慣れた天井だった。
全体の明るさからするに、今の時刻は朝方のように思う。それが正解かどうかは分からないけれども。
というより、
「なんか手を握られてる気が――うおっと」
左手が俺じゃ無い何者かによって包まれている感覚が常にあったので、左に首を回してみると――金髪の女の子が椅子に座りながら俺の手を握っていた。つい驚いてしまう。
で、それが誰なのかは――。
「ってまあ、フィーネ以外に有り得んのだけど」
俺の周りにいる金髪の女の子なんて愛する人以外にいないし。
その肝心のフィーネは、俯いているせいか顔が金髪で隠れていて真偽のほどは定かではないが、俺が起きても反応が皆無なことからしてどうやら座ったまま寝ているようだ。
「すーぅ、すーぅ」と規則正しい寝息を立てているのが聞こえるので、間違いない。
これが狸寝入りだとしたら俺が免許皆伝をくれてやろう。
だが、風邪をひいてしまいそうで心配である。
「で、なんで俺こんなんになってるんだっけ? ――ああ、そういえば」
いつもの訓練場での魔法の練習で、俺が我儘を言って無詠唱魔法とやらを使おうとした気がする。
ある記憶はそれっきり。
「……ってことは、俺が魔法の発動に失敗して――」
何かの原因でぶっ倒れた、と。
導き出せる答えはそれ以外に無さそうだし、多分合っているだろう。
「で、フィーネはずっと看病してくれたってことか? ……何回でも惚れ直させてくるよな、この子」
フィーネのことだから、俺の失敗は止めきれなかった自分の責任だと考え、一人で抱え込んでしまっていたのかもしれない。というか、絶対そう。
フィーネのことを一回理解すると、彼女がしそうなことは俺の母さんがしそうなことと同じ、と捉えたら予想出来てしまうのはいかがなものか。
「まあ、フィーネの忠告を守らなかった俺の責任だよな……」
彼女は予め止めてくれていた。責めるべきは俺の方。
目が覚めたら後で謝ろう。
そう決意して、
「とりま、お腹空いたし飯でも食いに行くか……」
何日寝ていたのかは分からないが、今、俺はとてつもなく腹が空いているようだ。
腹部から発する空白感が凄い。
ということで、フィーネの手を起こさないようにそっと外し、重い体を立ち上げる。
「……椅子に座ったまま寝ているのを放置ってのは――」
まあ、ダメだろう。体も休めれないだろうし。
そう勝手に判断したので、フィーネの膝の下に左手を入れ、脇にも右手を入れてそっと持ち上げる。
「おっと。……思ったより軽いな、やっぱ」
羽のように軽い――とまでは言えないが、それでも腕に負担が掛からないくらいは軽量フォルムだ。
とまあ、寝ている女の子の体重に触れるのは失礼な気がしてきたので、そそくさとフィーネの体を俺が元々いた所に置いて、毛布を被せる。
金髪に隠れていた髪が重力に倣ってベッドの上に広がり、彼女の恐ろしいほどに整った寝顔が露わになる。
「……あー、ダメだダメだ」
その扇情的な光景を前に、今が好機だと感じて桜色のぷっくりとした唇に吸い付きたくなる衝動に駆られるが、そんなことは絶対にアウトだろう。
彼女にはバレないかも知れないが、俺の中の良心の呵責が一生残って、これまで通りに接することが出来なくなるに違いない。
「にしても、また返すべきものが増えちゃったな……」
本当に、彼女には迷惑を掛けてばかりだ。
俺が彼女の力になりたいと言ったばかりなのに、結局は俺の我儘でまた彼女の手を煩わせることになってしまった。本当に情け無い。
でも、この愛しい少女なら、『なんでそんなことで悩んでるのよ』と言ってきそうなのが容易に想像出来てしまったので、誰にも聞こえないように苦笑してから、
「フィーネ、ありがと」
彼女の輝く髪を撫でて、俺は部屋を出る事にした。
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