第15話 『幸せの埋め合わせ』



 

「……えっとー。今日も同じベッドで寝る感じ?」

 

「当たり前じゃない。昨日みたいにいきなり床で寝出したりしないでちょうだいね。病気にでも罹ったりしたら困るわよ」

 

「ああ……うん。そうだよな。その通りだ」


 分かっている。分かっているのだ。この状況に色気の成分が皆無だということも全部理解している。

 全部俺を慮ってくれてのことであり、そこに対する行動原理にやましさなどというものは一切含まれていない。

 

 なのに俺ばっかりが意識してしまったせいで、俺のリビドーがそろそろヤバいのと、安眠を取ることができないのだ。

 

 そんな俺の葛藤を知らぬフィーネはベッドの上に横たわりながら、毛布を片手で持ち上げてスペースを作り、

 

「昨日は要らなかったみたいだけど、私に抱き着きながら寝たいのなら別に構わないわよ。それでぐっすり寝られるのなら、むしろして欲しいくらいだわ」

 

「――。フィーネ、何を言ってんだ。俺は一人で寝れるから」

 

「そう。なら明日はちゃんと早く起きるのよ。じゃあ、おやすみなさい」

 

「……ああ、おやすみ」


 さらっと凄い事を言われたせいで、ほんの一瞬だけ誘惑に負けそうになったが、もう一枚の毛布に体をうずめることで回避する。

 

 でも本音を言うと、本能の赴くままにフィーネの華奢で、柔らかい体を抱き締めたい。あの感触をまた直で感じたい。

 しかしそんなことしたら、権力を振り翳す暴君になってしまう。

 権力に溺れた人間の末路がどうなるかは、今日読んだ本に書かれていただろうに――。

 

 しかし、それとは裏腹にフィーネ自身は別に抱き枕にされることに忌避感を覚えるどころか、むしろ満更でもなさそうである。

 

 昨日の夜は許可もなく抱き着いたことに土下座をして謝った訳だが、どうやらこの世界に土下座という文化が無いらしい。

 なので、本人の頭の上に疑問符が浮かぶだけに終わってしまったのも、フィーネ本人からすると抱き枕にされるのは小事だと認識している可能性の証左である。

 

 なら、もしかしたらちょっとぐらい良いかも――。

 

 ……いやいや。ダメだ。何を考えているんだ俺は。

 

 

 俺はそう決めて、魅惑の誘引を鋼の精神で退治。

 そして、フィーネに背を向けて、まどろみの中に己の身を落としていくのに尽力するのだった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 ……寝れねぇ。

 

 

 柵を越えた羊が三百匹を超えた辺りから察していたが、やっぱり寝られない。

 

 背後でフィーネが寝ているという事実が、どうしても頭の中で反芻して睡眠を邪魔してくる。目がパキッて意識が覚醒してしまっている。

  

 加えて、俺に備わっている本能が温もりを欲している。

 誰かのの温もりを腕の中に収めたい、という手持ち無沙汰感が常に俺に付き纏っている。

 安らぎを得ないまま、夢の世界に行きたくない。無いまま寝たりするもんか、と俺の中のもう一人の自分が囁いてきて、どうしようもない。

 

 もうこんなのどうすりゃ良いんだと、睡魔を呼び起こすために格闘していると――、

 

「……ん?」

 

 背後でゴソゴソと物音が鳴った。

 

 音の発生源がフィーネなのは間違いない。

 てっきりもうぐっすり寝ているものだと思っていたが……何か忘れ物でもしたのだろうか。

 

「――寝たかしら」

 

 鈴を転がしたような声の呟きを拾う。

 目を閉じているせいで視覚が遮られているため、感じられるのは聴覚のみ。

 

 続けて聞こえてきた足音と椅子を引く音から推測するに――どうやら、ベットから体を起こして椅子に移動したらしい。

 

「みんな、出ておいで」


 この部屋にいるのは俺とフィーネだけなはずだが……。誰に対しての言葉だ?

 みんな、と複数形だし、独り言にしては少しおかしい文だと思っていると、

 

「みんな、アンナの事が心配かしら? ……うんうん、そうよね。私も心配だわ」

 

 会話のキャッチボールをしているように聞こえる。

 

 フィーネ、まさか幻覚の中の誰かとコミュニケーションを取るイタい子だったのか……!?

 出来ればそう思いたくは無いが……それでも俺は愛せるぞ? 

 

「セラは……うん、ごめんなさいね。こんな私で」

 

 俺がフィーネへの愛を再確認していると、固有名詞が登場。どうやら会話の相手に名前を付けているらしい。

 ふむふむ、『セラ』という名前なのか。……いや、それってナビさんのことじゃん。

 

「――――」

 

 なるほど……良かった。となると、六体の精霊達と喋っているということか。ちゃんと相手が実際にいたようで安心。

 

 恐らく今、目を開くと、妖精が六つの光の玉と会話しているという幻想的な光景が見られる事だろう。

 ……なにそれ脳内フォルダに保存したい。と、目を開けるかどうか迷っていると、

 

「やっぱり、みんなもトオルのことが気になるわよね? ――ん、なにかしら」

 

 おいおい、なんか俺が話題に上がったぞ。

 

「……そうよね。私もトオルの事をもっとたくさん知りたいわ」

 

 と聞こえた途端。椅子が小さく軋む音を出し、そこからで始めた足音がだんだん大きくなっていった。

 

 これは……フィーネが近づいてきてる。

 起きている事がバレたら面倒な事になりそうだと直感で悟ったので、伝家の宝刀『狸寝入り』を発動。

 

 出来るだけ、だらしなく幸せそうな顔を演出する。

 よだれもちょっと出した方がいいだろうか、などと吟味していると、足音が限界まで近づき、

 

「ふふっ……間抜けな顔」


 顔の正面に気配を感じた瞬間。

 ほんのり熱く、甘い吐息が顔に掛かった。


 ――途端。全身に言葉に表せないこそばゆい快感が走る。

 副次作用で思わず身震いをしてしまった。

 

 あ、マズい。これはバレた。


「む。トオル、起きているわ――」

「――オキテマセン」


「……なんだ、寝ているのね」


 自分でも中々苦しい切り抜け方だと思ったが、本人は納得したらしい。フィーネがポンコツで助かった。

 

「――と、そうはならないわよ」


 安心した束の間。

 

 ポンコツだと早とちりしたことが、ノリツッコミだったことが発覚。

 彼女は上げてから落とすタイプの子だったらしい。

 

「……スミマセン。頑張ったんデスケド、寝付けませんデシタ。盗み聴きなんてするつもりじゃなかったんデス」

 

 いびきをかいて狸寝入りをこのまま決め込んでも逆効果になりそうなので、正座をして観念することにする。

 予想通り、六つの光の玉を背後に控えさせていたフィーネは「私を騙そうとしたらダメよ」と俺を叱った後、「やっぱり……」と呆れ顔で、

 

「トオルって、抱き枕とやらをしないと寝付けない子なんじゃないかしら? ……む、どうしたのよメギ」

 

 フィーネに俺の心を見透かされて冷や汗をかいていると、まるで救済に来てくれたかのように、赤色の光の玉がふわふわと浮遊しながら俺に近づいて来た。

 

「……ん、どうした? もしかして俺に興味があったり?」

 

 おちゃらけてそう言ってみると、赤色の精霊は光量を強くして肯定の意を表した。いやまさかね。

 

「……珍しいわね、メギが人に懐くなんて。アンナを除いてトオルが初めてよ」

 

「そうなのか? 赤色ってことは火属性の精霊だよな? ――おおっ、なんだなんだ」

 

 いきなり俺の周りをくるくると周回し、俺に友好的な態度をとってくる火の精霊。

 小動物みたいでちょっと可愛いかも。フィーネには負けるけどな。

 

「もしかして、トオルに火属性の適正があるのかしら……? トオルって、魔術師じゃないって言っていたけれど、実は火属性の適正を隠し持っていたりするのかしら?」

 

「……?」

 

「あ、秘密にしたいのなら誰にも口外しないと約束するわよ。だから、正直に教えて欲しいわ」

 

「え? いや、適正って言う単語すらこの前知ったばっかだし、俺に適正がなんちゃらがあるかどうかとか、自分でも全く知らんぞ?」

 

「――。うん、そういえば、トオルってそんな人だったわね。……なら、推測ということになるけれど、トオルには火属性の適正がある可能性が高いわ」

 

「……え、マジか……! つーことは『最果ての閻魔の黒炎に抱かれろ!』とか出来るってことか……っ!」

 

 なんだそれ。一生の夢が一つ叶いそうだぞ。

 厨二病全開の魔法を使い放題食べ放題のバイキング形式で利用できるんすか? 本当にいいんすか?

 

「その黒炎のなんちゃらは分からないけれど……ええ、そうよ。じゃあ明日は訓練場に行って、魔法を使えるか試しに行かないかしら?」

 

「おおっ、行く行く! スッゲー楽しみ!」

 

 遠足前日の小学生みたいな反応が出てしまうが、これは仕方ない。

 だって魔法だぜ? それが自分でも使えるとなると……! ワクワクが途切れない。

 

 そんなガキっぷり全開の俺をフィーネは「ふふっ」と楽しげな目で見やり、

 

「なら、早く今日は寝るわよ。寝不足だとちゃんと魔法は扱えないわよ?」

 

「オッケー、ラジャー!」

 

 ってことで、早く明日にならないかなーと期待を胸に毛布にダイブ。勿論恥ずかしいからフィーネには背を向けて。

 

 そして、そのままやっと睡魔に負けて――、

 

「…………」

 

 意識が刈り取られる筈はなく、逆に目のぱっちり度が上がった気がする。

 勝手に名付けた『遠足前日の小学生症候群』が相乗効果して、更に寝られなくなってる。

 

 ああ、この睡魔との格闘大会の後半戦がまだ続くのか……と憂鬱になっていると――、

 

「――トオル、やっぱり寂しくて寝られないのよね? 私が気付いていないと思っていたら大間違いよ」

 

 いつの間にか俺のすぐ後ろに接近していたフィーネの声に、何事かと目を開く。

 

 するとベッドと俺の間にナニカを差し込まれ、更に上からも腕と脇腹の間にナニカを差し込まれたと思うと、背中をむにゅっと柔らかい衝撃が襲った。

 

「――!?」

 

 その正体が何かなのかは言わずもがな。

 

 そのまま俺の上下に差し込まれたナニカ――真っ白な両手は俺の目の前でクロスし、俺の体に密着したと思うと、ぎゅーっと力を込められた。

 

「――えっ、ええ!? ど、どどどうしたフィーネ!?」

 

「どうしたも何も、トオルはずっと寂しかったんでしょう? 私が代わりに埋めてあげるから感謝しなさいよね」

 

「……お、おおおおう」

 

 どうした。なんでこんな奇行に走った。理解不能。理解不能。正常な思考が出来ない。

 

 にしても、服越しから伝わってくるが――こんなに柔らかいのか……。非常事態であるのというのに、俺の全神経は背中に集中したいらしい。

 押しつぶされているせいで、形まで変わっている気がする。ヤバいヤバい。

 

 でも、彼女の魅惑的なお節介も俺の覚醒に追い討ちを掛ける結果に――なると思ったが、何故かめちゃくちゃ落ち着く。

 

 言い得て妙だが、包容力の権化であるフィーネに包まれると、興奮を上回る安らぎと安心感を得られるのだ。

 体は俺より小さいはずなのに、本当に不思議である。どこからその抱擁による包容力は生まれているのか見当もつかないくらい。

 

 そうなると、必然的に瞼が重くなる。

 

 そして幸せに囲まれながら、三度目の正直で、やっと俺の意識は消滅した。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る