第14話 『それぞれの属性』




「――魔法の属性というのは、六つに大別されるわ。火、水、風、土、光、闇の六つね。稀に、この内のどれかの適正を持っている人間が現れるの。適正を持っていれば、その属性の魔法の扱い方が格段に上手になるのよ。ちなみに私は水属性の適正を持っているわ。ふふん、凄いでしょ? ……まあ、エルフはみんな何かしらの適正を持っているのだけれどね」


 拝啓。お母様。


「あっ、ほら。ここに書かれている通り、一般的な魔術師は体内の『オド』に溜め込んだ魔力を、『詠唱』を介して体外に具現化して戦うの。具現化できる魔法は魔術師毎にも個人差があって、その強弱は、生まれつきオドがどれだけの魔力を貯められるかに大きく依存するわ」

 

 ……あとついでにお父様。

 

「ここまで魔法の説明をしてきたけれども、私が主に扱っているのは厳密に言うと魔法では無いのよ。私が扱うのは体に蓄えた魔力を使って放つ魔法とは違って、精霊がオドの役割を果たして大気中の魔力を直接行使して使うものだから、精霊術と呼ばれて区別されているわ。私が精霊術師と呼ばれる所以はそういうことよ」

 

 ごめんなさい。もうお嫁に行けないかもしれません。

 

「それでも、精霊術にも適正の影響を少なからず受けるから、私が一番得意な属性が水であることには変わりないわね。それが私が氷魔法を愛用している理由よ。……ここまでは良いかしら? じゃあ、次に行くわね――」

 

 隣を見る。ボディラインがくっきり見える紫色の寝間着。生地が薄いせいで白い肌が透けて見えている。


 追伸。隣には美少女エルフがいました。

 

 ――ああ、ヤバい。心臓が破裂するレベルでビートを刻んでるのが分かる。頭がぼーっとする。

 

 俺の右肩に触れそう――という未遂を通り越してもう完全に密着しているフィーネの息遣いが聞こえる。

 ベッドに腰掛けながら、パラパラと本を捲って何かを喋ってくれているようだが、俺の鼓動の音の方が大きいせいで内容が全く頭に入って来ない。


 ついつい、そのまま視線が胸元にいってしまうのを自制心で抑えつける。

 まあ、それ以外に視線を逃がしても、全部がめちゃんこエロ可愛いから救いになっていないのだが。


 そんな非常事態の俺を助けてくれる者などいるはずもない。

 助けて。いや、自力でなんとかするんだ。自分のことは自分で解決するんだ。

 

 この感情を収めるために他の感情で塗り潰そう。悲しみとか、怒りとかで。

 ――やっぱり、ベタなのは大切な人が亡くなったのを想像するとかか? 子役みたく。

 

 そうと決まれば、よし。大切な人、大切な人――。

 

 ――。

 ――――。

 ――――――。

 

 ダメだ、家族はこの世界に居ないから除外したら、フィーネ以外に思い付かない。

 フィーネがいなくなるのを想像するとか別の意味で俺が廃人になる。無理無理。絶対無理。

 

 なのでまた素数を数えようかと企画していると、彼女の本を捲る音が止まって、


「ちょっと、トオル! ちゃんと聞いているのかしら!?」


「――え!? ああ、うんうん聞いてた聞いてた。魔法ってのは火、水、風、土、光、闇の六つの基本属性があって、そこから色々派生していくんだろ? フィーネが使ってた氷も水属性から派生したやつっていう説明じゃなかったっけ?」


「なによ、しっかり聞いていたのね。偉いわ。――そうよ。氷魔法は水属性から派生したものという認識で合っているわ。……水属性は基本的に戦闘向きじゃないって言われているけど、固体にした所を見せたらみんな揃って口を閉ざすの。ふふん、氷を生み出すのは結構凄い事なのよ?」


「……いや合ってるのかよ」


 ラノベ知識をフル活用して適当に言ったらまさかの大正解。人生言ってみるもんだ。マジで。

 

 というより、自慢げに張っていらっしゃるお胸が強調構文されて、素晴らしさが意訳出来ない状態になってます。

 自分でも何言ってんのか分かんねえや。鼻血出そう。


「……話を戻すわ。水と氷だけじゃなくて、派生には色々種類があるのよ。――例えば、この魔道具に刻まれている時空魔法も、風属性から派生したものだわ」


 フィーネに釘付けになっていると、彼女は例の袋を持ち上げて俺に見せてくる。自然とそっちに視線が移る。

 

 ……よし、良いぞ落ち着け俺。この調子で平常のリプライだ。

 まずは――、

 

「風属性? てっきり時空って響きから闇属性関係のものだと思ってたんだけど」

 

「……? 闇属性は精神や感情を司る属性よ。魔道具に精神なんてあるはずが無いじゃない。何を言ってるのよ」

 

「……なるほど。ということは、風属性ってのは物理法則を司るって感じか……?」

 

 興味深い事柄が出現。俺の理系魂がフィーネの誘惑に打ち勝った。

 

 闇属性と言えば、勝手な偏見で実体のないものを総括している属性というイメージがあったが、どうやら違うらしい。

 確かに、風属性が物理法則を司るものだとしたら、この袋が質量度外視であることは、ブラックホール的なものだと捉えれば頷ける。


「物理法則……というのはあまり詳しく無いけれど、風属性は自然界の現象を司る、という程度の認識で良いと思うわ」

 

「思ったよりあやふやだな……。あ、そういえば、俺まだ一回もその袋を使った事ないんだけど、手ぐらい入れてみていい?」


「ええ、良いわよ。ふふっ、きっと初めてだとビックリすると思うわ」


「なんだよそれ。不穏過ぎじゃないか……?」


 忠告か期待かの判別が付きにくい事を言ってくれた。まあ、フィーネが平気な顔で使ってたから、危険は無いと思うが。

 

 最初に恐る恐る袋の中を覗いてみる。しかし、真っ暗で何も見えない。実在するブラックホールもこんな感じではなかろうか。

 これは実際に手を入れてみないと確かめられないということだろう。

 ということで手を入れてみると――、

 

「うおっ」


 ――ある程度手を入れていくと、袋の底にたどり着くのではなく、何か固い物と当たった。

 

「……嘘だろ」

 

 それを掬って取り出すと――まさかのフライパンだった。それも袋より大きいサイズの。

 

 ならばと思い、他にも手を突っ込んでいく。


 布、金貨、鍋、ナイフ、櫛、スプーン、銀貨、コップ、調味料らしきもの、皿、布、手鏡、本、エトセトラエトセトラ――。


 大量だ。色々なものが中から出てくる。

 

 これ、あれか? 一つ上の次元――いわゆる超次元袋というやつではないか。

 創作の中だけの話だと思っていたが、まさか生きている内に実際に遭遇するとは予想だにしなかったぞ。マジでスゲーなこれ。


「――どうかしら?」


 俺が袋の中の物を出し入れしまくって興奮していると、フィーネが具合を問うてくる。何かを期待してそうな顔が可愛らしい。

 

「フィーネ、こんなに凄いもの持ってたんだな……。高いっていうのも納得」

  

「うん、そうでしょう? 嵩張らないし、重さも感じないからとても便利なのよ。生き物は入れられないけれどね」

 

 曰く、生き物は原則として入れられないらしい。入れられるのは既に生命が途切れている物か、無機物じゃ無いとダメらしい。

 意思あるものは受け付けないということか。まあ、そこまで出来たら色々問題が出てくるだろう。

 それよりも、

 

「フィーネ、流石に調理器具やら食器やらが多過ぎじゃありやせんか? 二回に一回ぐらいの確率で食べ物関係のものが出てくるんだけど」

 

「長い旅先でも新鮮な料理を食べれるように、よ。保存食はどれも美味しくないものばかりだから、その場その場で料理を作ることにしているの。私にとっては必須級ね。……元々、この魔道具を買った目的はその為だから、調理器具が多いのは仕方がないと思ってちょうだい」

 

「なるほど。理由がフィーネらしいな」

 

 彼女らしさはこんなところにまで貫いていたらしい。食への熱意がひしひしと伝わってくる。

 そんなどこまでも真っ直ぐな彼女を見て、つい、笑みが浮かんでしまう俺を誰が責めようか。

 

 しかし、こんなアイテムがあるならもっと他の事に使えそうである。例えば、貿易品を大量に入れて大儲けとか。

 でも、フィーネはそんなことしなくてもお金持ちだから意味が無いのかもしれない。

 

 ……待て。今重要な事聞き逃した気がする。

 

「その料理って誰が作るんだ?」

 

「……そんなの私以外に誰がいるのよ?」


「ま、まあ、そりゃそーだよな。だとしたらフィーネの手料理か。なにそれ夢が広がる……! フィーネ、今度機会があったら食べさせてくれないか?」

 

 フィーネの愛情たっぷり弁当とか、死ぬ前に食べてみたい。美味しいに決まってる。

 そう感じてお願いしてみると、フィーネは俺から目線を逸らして、

 

「え、ええ。口に合うかは分からないけれど……」

 

「なんでそんなに自信なさげなんだよ。俺、フィーネが作った料理とか絶対食べたいぞ」

 

「……機会が、あればね。――あ、ほら。もう寝る時間ね。トオル、明日のために早く寝るわよ」

 

「お、おう」

 

 らしくないフィーネはそう言うと手早く本を片付けて、あっという間に就寝の準備を完了させた。

 そして毛布へと潜り込み、横になりながら俺に「ほら」と声を掛けてくる。

 

 となると冒頭のシチュエーションに巻き戻る訳で――。

 

「あ、ヤバい」

 

 俺の夜は、まだまだ続きそうだった。

 

 

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