第16話 『才能は人それぞれ』




「――ファイア! ファイアッ!! ファーイーアーッ!!! ……くそっ、なんでなんだよ……っ」


 冒険者ギルドの訓練場。


 そこで俺は、十回くらい重ね洗いをした杖を振り回しながら、一人ごちていた。


 ――恐るべき事態が起きた。あれだけぶっ放せるとワクワクウキウキしていた魔法が、使えないのだ。


 一週間。


 そう、一週間も杖を振り続けて火を発生させる詠唱とやらを言いまくっているのだが、煙すら出る気配がない。

 こうなってしまったら、俺はただの杖を振りながら詠唱を唱えているただのイタいやつである。

 クソ恥ずい。まさか、高校生にもなって厨二病を患うとは……。


「――トオル、大丈夫よ。諦めないで。コツは、こう……魔力をばーっと集めて、ぼーっんとするのよ。それを踏まえてやってみたらどうかしら」


 背後から鈴を転がしたような美声。

 独りというのは間違い。俺には慰めてくれる天使がいた。なんだけれども、


「フィーネすまん。擬態語多過ぎて訳が分からない」


「……そう? 我ながら簡潔で分かりやすい説明だと思うのだけれど」


 ばーっとか、ぼーっんとかいう間抜けな単語を真面目な顔をして言っているフィーネは可愛いが、肝心の中身が全く理解できない。


 スポーツでも良くあることだが、彼女は論理的な説明を得意とするのではなく、いわゆるパフォーマンスを全部センスに任せる感覚派らしい。


 森でフィーネの授業を受けた時は、自分で魔力を感じる事が出来たから、フィーネが絶望的な指導力を持っていることに気づけなかった。これが原因。


 ……いや。俺が魔法を使えないのは彼女のせいじゃなくて、間違いなく俺自身のせいなんだけどさ。

 フィーネに濡れ衣を着せるとか、俺マジでクズ過ぎるだろ。手伝ってくれてる時点で感謝すべきなのに……。


 なんて自省していると――、


「うーん……もしかして、杖の振り方が悪かったりするのかしら……? ――ほら、こうとか」


「ちょ、フィーネリアさん!?」


「トオル、静かにしなさい。騒いでいると魔力が集中しないわよ」


「あ、ハイ……」


 いきなり後頭部に息が掛かったと思うと、フィーネが俺の両手首を後ろから掴んできた。コンマの間に心臓が跳ねる。


 後ろから抱きつかれるのはこの一週間で大分慣れたと錯覚していたが……不意打ちはまだダメだ。

 

 午前中は訓練場で魔法の練習をして、午後は図書館で常識を身に付け、最後はフィーネと添い寝をして一日を終えるというライフサイクルを構築されてから、それに伴って彼女が自然体で俺に接触してくる回数が劇的に増えた。


 しかし、反応を見るに彼女にとってはこれは延長線上に過ぎないということだろう。

 フィーネがスキンシップを取ってくる回数と、俺の寿命は確実に反比例している。本当に心臓に悪い。


 まあ、自覚が無さそうだし、これが彼女が天性の人誑しである所以だと思うので全く憎めないのだが。……それに、俺としても嬉しいし。やべえ本音が出た。


「ほら、この振り方で『ファイア』と唱えるのよ」


「ファイア、ファイア、フィ……ファイア――無理っぽい」


「……おかしいわね。適正はある筈なのに」


 あぶねぇ。フィーネの事考えすぎて無意識名前が出かけた。今後は気をつけなければ。


 で、まあ結果は散々。


 ファイアとやらを詠唱しているのだが、火の『ひ』一文字すら出てこない。それで全文字なのだが気にしない。


 でも、フィーネ本人には言わないが、杖の振り方で結果が変わるとも思わない。


 それに、この魔法は適正が無い人でも保有できる魔力量が多ければ数に物を言わせて無理矢理使えるらしい。だから、俺が魔法を扱えないのはただ単に魔法の才が無いだけの事だと思う。悲しい。

 ってかそういえば、


「俺の才能の有無は置いといて、フィーネこそ詠唱なんか使ってるところ見たことないぞ」


「ああ、そのことね。精霊術は魔法と発動条件が根本的に違うから、詠唱は必要無いの」


 彼女は俺の質問に律儀に答えてくれた後、「それと」と理由を添加し、


「私も精霊術だけじゃなくて水属性の魔法も少し使えるのだけれど、アールヴヘイムには詠唱をして魔法を使う文化がそもそもなかったから、私もそれに慣れちゃって詠唱をしたら逆に妨げになっちゃうのよ」


「ふーん。無詠唱とかそんな感じか」


「――無詠唱。そうよ。知っていたのね」


 フィーネは俺の言葉に一定の同意を見せると、「違いは実際に見てもらった方が早いと思うわ」と自ら超常現象を具現化する準備に入る。すると、


「【ウォーター】」


 ――フィーネの掌の上に直径二十センチ程度の水球が出現する。


 その水球を十数秒保ち続けたフィーネは「んーっ」と眉間に皺を寄せたかと思うと、水球の形が崩れ、地面にばら撒かれた。


「やっぱり気持ち悪いわ……。強制的に魔力が使われるから、いつもの感覚と全然違うのよ。自分で全部の工程を処理した方が断然やりやすいわ」


「なるほど……詠唱は補助みたいな扱いってことか?」


 そう言えば、ゴブリンの魔石を洗う時にも精霊の力を借りずに魔法を発動していた気がする。それも無言――無詠唱で。

 フィーネの言葉を借りるに、詠唱というのは魔力を型に嵌めたものに流し込んで放つ、みたいなイメージか? 

 無詠唱との違いは、車でオートマチックとマニュアルみたいなものなのだろうか。レールに引かれる人生ではなく、己で全部補うと。


「ってことは、ワンチャン無詠唱でやったら俺もいけるんじゃないか?」


 彼女の様子から推測するに、必ずしも詠唱の方が優れているという訳でもなさそうだ。逆に、無詠唱の方が優れていると言っているようなものだ。


 それに、想像力には自信がある。スポーツのイメージトレーニングは授業中に良くやっていたし。


「……うーん、人間は詠唱を介した方が魔法を発動しやすいというのが常識よ。無詠唱で魔法を扱える人間は極小数ね。……それに、無詠唱は使い方を間違えると魔力が暴発する可能性があるの」


 そんな俺の意気込みに対し、フィーネは暗にやめておきなさい、と示して否定的だ。それでも、


「極小数……。なんだその響き、燃えるな。尚更マスターしたくなってきたぞ」


 まあ、俺は詠唱を介しての魔法すらまともに使えない訳だが。

 選ばれし者になれるという言葉に、俺のハートに火が付いた。流石、火属性の適正があるだけあるぜ。俺のハート。

 しかし、フィーネは不安げな表情で、


「その……魔法なら私が使えるから、トオルは別に使えなくてもいいのよ? 適正があるだけで凄いことなのだから」


「それだけで満足したらダメなんだよ、フィーネ」


 勿論俺自身が使えるようになりたいという理由もあるが、フィーネに並び立つには俺も魔法を使えるようになった方が尚良しだと思う。

 いざとなればそれがフィーネを助けれる力になれる可能性だってあるし。

 

 彼女を想ってのことなのだが、それを知らぬ彼女は「むっ」と目尻を吊り上げた少し厳しめな表情になり、


「私の忠告を素直に受け入れなさい。――それに、トオルが戦っている所を見るに、トオルって剣士としての強さはSランク……は言い過ぎかもしれないけれど、少なくともAランクの強さはあったと思うわ。だから、そっちの道を目指した方が良いと思うわ」


「うーん、でもなぁ……」


「ほら、前衛と後衛の役割分担は大事よ? だから、ね?」


 慰めの言葉がむしろ俺の心をチクチクザクザク虐めてくる。

 しかし、最初は俺が魔法を使えるように手伝ってくれていたフィーネだが、俺が無詠唱の魔法を試みようとすると、魔法の世界から遠ざけようとしている。それ程までに危険を伴うものなのか。

 でも、そうだとしても、


「俺が住んでた所で、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』という言葉があるんだ。危険冒さずして大きな成果は得られずという意味なんだけど、正しく今の状況を示しているように思う」


 この世の真理だ。失敗による損害を気にする者はいつまで経っても大成しない。


 俺の曲がらない意志を見たフィーネは「トオル……」と悲しげな表情だ。あっ、これは押せばいける。


「本当に、マジで一回だけだから。それぐらい良いだろ?」


「はあ……本当に一回だけよ? それで失敗したら、もう魔法を使わないことにすると約束してよね?」


「ああ、約束する約束する。精霊に誓って。当たり前だ」


 結局、フィーネは諦めた顔で「分かったわ」と折れてくれた。


 くく、やっぱり甘いなと、内心ほくそ笑む俺だった。


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