第13話 『隣に立つ意味』
「フィーネ、お待たせ」
「――――」
「ん? どうかした?」
勇者が出て行った後、係員さんにお礼を言われながら入浴を満喫した。
それから暫く経ってから上がって、待ち合わせの場所に戻ってきたのだが、先に待っていたフィーネは俺の呼びかけに無言で見つめ返してくるのみだ。
「――なんでも、ないわ」
やっと出た歯切れの悪い返答の後、「ほら」と俺の右手を掴んできた。
濡れて光沢が増した白金髪が近づき、石鹸であろうものと、元々のフィーネの花のような甘い香りが漂ってくる。
それにドキドキしながらも、接地面から湿気を感じるのは、彼女が入浴後だということと、いつもより握る力が強いが故の結果だろう。
そう、何故か無駄に力を込められてらっしゃるのだ。
おかしいと思い、これを引き起こした何かしらの原因を突き詰めようとして、
「フィーネ、どうかしなくても何かあったんだろ」
「……トオルが気にすることじゃないわ」
「俺が気にするかどうかは俺が決めることだろ。……まあ、言いたくないなら無理に言う必要はないけどさ」
尋ねてみたが、彼女は口を割らないつもりのようだ。
あまり隠し事が多い関係というのは良くない気もする。が、無理くり曝け出すのも良くないと思う。
そんないたちごっこの葛藤をしていると、フィーネが少しぎこちない笑みを浮かべ、
「トオルは思い悩まないで良いわよ。私が全部なんとかするから」
「いや、なんだよそれ……」
そんなのまるで、フィーネが俺の保護者みたいじゃないか。……本人がそう思っている可能性は高いが。
すると、彼女が少し苛立った顔でこちらに振り返り、
「歩くのが遅いわよ。歩調を合わせなさい」
「へいへい、分かりまーした」
言われた通りに歩く速さを追いつかせる。
しかし、芯が強い彼女が思い悩むのは珍しい。だからこそ、その悩みを俺と共有して欲しかった。
それを共有してくれないのは、彼女の中ではやはり、俺とは母と子くらいの精神距離が開いて、俺に言っても仕方が無いと考えているからなのだろう。
――それでも、俺は少しでも彼女の力になって支えたい。
かと言って、それで解決出来るかは未確定だが、彼女の悩みを分かち合えないと、隣に立つなんて不可能だろう。
そんな開いた年齢差のすり合わせをしたいという願望が芽生えたので、少し強引にでも話を引き出そうと、
「もしかして、あの神官の子と浴場で鉢合わせて、何か言われたりした?」
「…………」
あの勇者が去り際に言った台詞が脳内で呼び起こされたので、そのピースの欠片から抽出した憶測を言うと、フィーネはいきなり立ち止まった。
これは山が当たったのではと思い、
「あれ、図星?」
「……トオル、女湯を覗き見するなんて感心しないわね。幻滅したわよ」
「――。いやいやまてまて。覗き見なんてしてないぞ? 単なる推測だよ、す・い・そ・く。実は俺の方もあの勇者と鉢合わせたんだ。で、勇者が待ち合わせがなんとかとか言ってたから……。まあ、その感じだと当たってるぽいけど」
その誤解を持たれたらマジで後悔しそうだったので、早口で弁明する。
と、誤解を解いてくれた様子の彼女は「変なところで勘が良いわね」と認めた後、「でも」と否定を先に入れて、
「トオルに相談しても、絶対に解決出来ない事柄よ。……それに、聞く相手が間違っていると言った方が良さそうね」
「……そう、か」
フィーネがそう言うなら、そうなのだろう。別に、俺が子供っぽいからという理由ではなさそうだ。
ならば、
「今回は力になれそうに無いみたいだけど、俺が力になれそうなことが起きたら何でも相談してくれて良いんだぞ? 全力で対処に当たるから」
このスタンスは伝えたい。
自信満々にそう言ったのだが、フィーネは少し口元をニヤけさせて、
「トオルって、面白いことを言うわよね」
「……それって褒められて無いよな? まあ、ありがとうございます?」
「ふふっ、どういたしまして、かしら?」
――ああ。唐突に出るその微笑みはズルい。
ただ、思い悩んでいる顔よりは百倍マシなのでこれは良かったのかなと、顔を背けながら思う俺だった。
△▼△▼△▼△
「フィーネ、二部屋借りることにしないか?」
宿に着いた直後、昨日の夜出来なかったことをフィーネに提案する。
このままじゃ俺が安眠出来なくて不眠症で倒れかけないし、何よりフィーネが男と二人っきりで寝るというのは嫌だろう。
そんな思いから出た言葉なのだが、フィーネは何言っているのよ、と言わんばかりの呆れ顔になって、
「そんなことしたら一緒に本を読めなくなるじゃない。――あ、分かったわ。それで朝遅くまで寝る腹づもりなのね」
そう言って「そうはさせないわよ」と、探偵が謎を解き明かしたような誇らしげな顔をするフィーネ。
そうじゃ無いんですけどね。めちゃくちゃ的外れな結論です。フィーネらしいといえばフィーネらしいけど。というより、宿の中でも一緒に本を読んでくれるつもりだったらしい。
だとしても、
「フィーネ、俺と一緒の部屋で寝るとか嫌だろ?」
「もう二日も同じベッドで寝たのに、何を今更そんな事を言い出すのかしら? それに、またいきなり外に飛び出されたりされたらと思うと、気が気じゃないわよ」
俺は認知症患者か何かか。
まあ今更というのは一理あるが、外に飛び出した件についてはフィーネから起因したものであって――。
「――トオルくん、もしかしてその子と喧嘩したの?」
「トオルが我儘を言っているだけよ。気にしないでちょうだい」
「そ、そう。お節介だったかしら。――トオルくん、良い子を見つけたみたいね」
「え、あ、はい……」
見守っていたイザベラさんからいきなり声が掛かったと思うと、フィーネがそれを突っぱねて、最終的にイザベラさんの耳打ちから勘違いが余計に酷くなったのが理解できた。
まあ、フィーネが良い子であるのには間違いじゃないから……もう良いか。この際諦めよう。
そして結局、一歩も引かない彼女に手を引かれて、いつもの部屋に戻ってしまった俺だった。
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