第12話 『再会は災害で』
「そんなに怒ってどうしたんですか、勇者サマ」
背後から肩を叩きながらそう呼びかけると、俺に叩かれた男は「ああん?」と振り返り、
「――ッ! お前、あん時の……!」
「あー、そういう過去の確執みたいなのは今は良いんで。それよりも片付けるものは目先の問題じゃないでしょーか?」
「ア゛アァ!? この俺様に諭すような口振りをするなァ!!」
俺が仲裁に乗り出そうとすると、張本人はヘーゼルの瞳を怒りに燃やし、怒声を撒き散らして他を寄せ付けない構えを見せた。
勇者パーティーの奴らって、何で総じてキャンキャン騒ぐのだろうか。フィーネも初対面の時はこんな感じだったし。
係員さんはヘイトが俺に向いたのを見て、こっそり俺の背後へと移動してくれた。
なので後ろに回している手でグットサインを作り、『俺に任せてください』とのメッセージを送って、
「湯温がなんちゃらとか言ってましたけど、そんなにここの温度が気に入らないんですか? 別に普通……というか、良い湯って言っても過言じゃないと思いますけど。どーなんでしょうか、勇者サマ」
「過言だ!!」
「……あ、そっすか」
どうやら救いようがないらしい。
というか、もう既に相手にするのが面倒になっている。加えて真っ裸で外気に触れたままだったので、肌寒くなってきている。
なので一番大きい浴槽の奥まで移動し、身体を浸すことにした。我ながら英断だと思う。
「……やっべ〜〜、極楽だわ〜〜」
今は一年の中でも一番冷える時季らしく、その極寒の餌食となった足に熱が染み込んでいくのを感じる。気持ち良さが倍増だ。
そういえばまだ体を洗ってないが、そこは演出上許して欲しい。それと今日はずっと読者していたから汗もあまりかいてないし。
などと言い訳して湯気越しに元いた場所を見れば、筋肉質で引き締まっている裸体はこちらを向きながら微動だにしていなかった。
なので、
「なに突っ立ってるんですか、勇者サマ? 風邪ひきますよ? そんなんじゃ世界救えませんよ?」
「ハッ、そんなぬるま湯にこの俺様が入るわけないだろう!」
「それは残念ですねー。ああ〜〜、いい湯だな〜〜」
「――――」
熱いのが好きとか言っていたので、寒がりなのは確実。なのに意地になって全裸棒立ちするのはアホではなかろうか。
そう思っていると、勇者サマは歯軋りをして憎悪と共にやるせない感を醸し出されていらっしゃった。
お、これは煽りが効いてきたんじゃないだろうかと思い、
「王国民の恥ーー? 国から選ばれたのに浴場で風呂に入らないで全裸で突っ立って、結局体調を崩しちゃう勇者がいたら、そっちの方がよっぽど恥だろうなーー」
「――ッ、黙って聞いてりゃ舐め腐りやがって!!」
聞こえるように追撃を喰らわせてやると、何を思ったのか、勇者サマはあれだけ入りたがってなかった浴槽の中にずしずしと足を踏み入れてきた。
そのまま水飛沫を撒き散らしながら俺に掴み掛かろうとしてくる。が結局、掴む服が無い事に気付いてしまった様子の彼はいそいそと戻っていき、
「ぬるい……っ」
と文句を垂れつつ体を湯に沈めた。
何をしたかったのかが理解し切れないが、それでも距離を置くのは流石である。余程嫌われていると見た。
「ふぅ……」
まあ、これで一件落着したみたいなので、安堵しながら背後の段に両腕をもたれかけさせていると――、
「お前、フィーネをどうした」
「……ん? フィーネをどうしたと? そんなの勿論、ラブラブでキャッキャウフフな生活を送らせてもらってるに決まってますよ。お陰様で」
嘘なのだが。
まあ、親切な係員さんを困らせたこの勇者サマを少しでも煽りたいという本心からつい出てしまった言葉だ。
「……この俺様でさえ靡かなかったあのフィーネが? ハッ、俺様が出来なかった事をお前などに――」
「…………」
「おい、嘘だろ? 嘘って言えよ!」
敢えて口を閉ざしてミスリードをしてくれることを期待したら、無事成功に収まった。焦った顔を見るとざまあ、と思ってしまう。
というより、どうやらフィーネはこの色ボケ勇者サマの誘いを断っていたようだ。
男を見る目があると言うのか、ガードが固いと言うべきなのか。……なんだか安心したのは秘密だ。
「――ああ、そういえばお前の
自分に言い聞かせるような言動から推測するに、この勇者サマはフィーネのことより、己の誇りの方が大事らしい。
自分が他人に負けたという事実を受け止めたく無いタイプの人間だと見受けられる。
アンナには少なからず申し訳なさを感じているが、こいつからフィーネを引き剥がせたのはマジでナイスだったと思う。
まあ、俺も負けず劣らずクズ野郎であるのには変わりはないのだが、それでもこの勇者サマとフィーネが結ばれてしまうなんていう事態は絶対に避けたい。
フィーネの意向は尊重したいが、もし勇者と一緒にいたいなんて言い出した暁には命令して、国外逃亡をしてでも止める自信があった。
ただ、実際にはパーティーに戻るより俺と一緒にいてあげると言ってくれたわけなので、そんなことにならなくて済んだのだが。
でもそれが原因で、フィーネに選ばれなかったこの勇者に対しての優越感を抱いてしまってるので、とことん俺はクズなんだろう。
――しかし。でも。そうだとしても。俺は訂正してもらいたいことがあった。
「フィーネとは無理矢理命令して縛っているような関係では無いです。フィーネ自身から俺と一緒にいたい、とそう言ってくれましたよ」
間違ってはいない。
見栄を張りたかったのもあるし、俺が全部命令して好き勝手やっている人間だと思われたくなかった。
でも実際は、初日は色々命令して好き勝手やってしまった節がある。――しかし、今はフィーネの意志を強制的に捻じ曲げていないと伝えたいのだ。
「口先だけで嘘を言うのは簡単だろう。俺様より弱そうなお前に、あのフィーネが惚れる訳がない!」
だが、勇者サマは露程も信じていない、馬鹿にしたようなトーンで俺の主張を突っぱねてきた。
俺は部活動で筋トレをしていたのでそれなりに体には自信はあるが、確かに目の前の肉体美には負けを認めざるを得ない。……少し細マッチョが羨ましいと感じてしまう。
ただ、少し語弊があったので、
「フィーネは俺に惚れているわけではないと思いますよ、勇者サマ」
「ハッ、そんなこと聞かれなくとも知っている。だが、嘘を認めたのは褒めてやろう」
フィーネのあの感じからするに、俺にLOVEの方の好意を抱いているわけではないだろう。LIKEの方はあると信じたいが。
そんな俺の意図を汲み取っていない様子の勇者サマは何やら勘違いをしているみたいだ。
だが、既に何の為に訂正をしているのか分からなくなって虚無感まで襲ってきているので、もう止めにしようと投げやりになり、
「やっぱり勇者サマには敵いませんね。さっすが勇者サマ。偉い偉い」
「お前、俺様を様付けで呼ぶことは良い心がけだが、全く以って敬意が伝わってこない。もっと俺様への尊敬の意を込めろ」
え、嫌。お前に向ける敬意なんてどこを探しても無いわ。
……まあ、俺の本心はさて置き。
もしかしなくても、持て囃してこいつの調子を良くさせて場を丸く収めようとしたのだが、心の中で勇者サマの語尾に『カッコ笑いカッコ閉じる』を付けて呼んでいることに感づかれてしまったのだろう。
もうこいつに敬語使うの面倒臭いから、タメ口で良いかな。またそれでキレられて面倒臭そうだから自重するけど。
――と、俺が自制心を働かせていると、勇者サマはわなわなと震え出して、
「俺様に向ける敬意が無いだと――」
『――コーン』
勇者サマが怒髪天をつく勢いで何かを言いかけた瞬間、この浴場に一台しか無い置時計から鐘の音が鳴った。
言いかけたことを無機物に遮られた勇者サマは時計を見て「チッ」と舌打ちをし、
「今日はこの辺にしてやる。シャルが待ってるからな。次会った時は覚えておけ」
そこはもう会わないことを願ってるぜ、じゃ無いのかよ。去り際の小物感がえげつないですよ勇者サマ。
ってか、俺の心の声が口から出ていたっぽい。失態だが、スッキリしたから良いわ。
「そういえば……」
今になって、まだ名前も名乗り合って無かったなと気付いたが、既に勇者サマは浴槽から出て、脱衣所に向かっていった。
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