第11話 『本日は厄日なり』



 

「おいおい、また喧嘩したのかぁ? 本当に勘弁してくれぇよ?」

 

「ああ……すみません、おっちゃん。次からは無いようにします」

 

 おっちゃんから再度勧告が来てしまう。

 

 焼き鳥のお次は、エルフを賭けた戦いを繰り広げてしまったのだ。

 こうも高頻度で店前で言い争いをしてしまっては、焼き鳥の売り上げに支障が出たと言われて補填を要求されても反論出来ないレベルである。

 まあ、多少売り上げが下がってもここの焼き鳥屋は常に黒字だろうが。

 

 ただ、問題を起こして出禁とかになったら俺とフィーネが泣く。

 それではアンナとの約束を早速破ってしまうことになる。絶対避けるべき事態だ。

……原因を作ったのは彼女なのだが、まあそれは良いとして、

 

「フィーネ、行こう」

 

 自分からフィーネの左手を引く。なんだか、そうしないといけない気がしたから。

 しかし、歩き出そうとしても右手がフィーネを動かすことは叶わず、右腕だけが後ろに取り残されてしまった。


 違和感を感じたので振り向くと、彼女は不満げな顔で、

 

「なんだか癪だわ。ほどきなさい」

 

「――あ、すまん」

 

 拒否反応を示されてしまったので、即座にフィーネの左手を解放する。

 ……もしかして、嫌われてしまった? てっきり手を繋ぐのは、今日既にしていたから許容範囲内だと思っていたのだが――。

 

 そんな俺の懸念と、良かれと思ってした事への後悔をしていると、フィーネが「ほら、行くわよ」と言って、一度離れた俺の手を取り返すように握ってきた。

 

「え? これ、どういう意味があるんですか。フィーネリアさん」

 

「……トオルは黙ってなさい」

 

「あ、ハイ」

 

 有無を言わさない雰囲気を醸し出されたので、深掘りはしないことにする。無理な詮索はしない方がいい。ただ、嫌われてはなさそうなのでセーフ。

 

 でも、そんな彼女の行動が謎過ぎて、理解が追いつかない俺だった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「相変わらず、どんなイベントがあっても毎日ここに来てるよなー。今のところ」

 

「……トオル、清潔を保つのは良い事だけれど、Fランク冒険者で毎日浴場に来る人なんて皆無と言って良いわよ」

 

「元な、元。まあ、Fランクだった時期の方が圧倒的に長いけどな」

 

 銅貨三枚で入れるとしても、節約の為に毎日来るような冒険者は珍しいのだろうか。俺には理解出来ない。

 一日でもお風呂に入るのをサボったら、髪がギトギトになって安眠出来る気がしない。今は別な原因で安眠出来ていない訳だが、それは気にしない。

 

 にしても、この世界に来てから皆勤賞である。スタンプカードとかあればもう景品とか貰えているんじゃないだろうか。

 今欲しい物があるとしたら――フィーネの心ぐらいかな。あ、自分で言っててキモいわ。

 

「トオル、また変な事考えてないかしら?」

 

「――じゃあ、先入って来るから。ここで待ち合わせなっ」

 

「ああ、ちょっと、話は終わってないわよ!」

 

 危険を感じたのでフィーネの柔らかい手から抜け出して、急いで男湯に走っていく。……マジであの子怖い。

 

 彼女の洞察力に慄きながら、脱衣所で服を脱ぎ、タオルを持って浴場への扉を開く。

 むあっと全身に押し寄せる熱気と共に――、

 

「――ここの浴場の湯温は低過ぎる!! 俺様は熱湯じゃないと我慢出来ないんだ! さっさと温度を上げろ! これは命令だッ!」

 

「いえ……そう言われましても……」

 

「ああん? 口答えするのか!? 俺様はこの国の命運を背負った勇者だぞ!? そもそも、何かそう出来ない理由でもあるのか? そんなもの無いだろう!」

 

「ですので、急に湯温を上げてしまうと他のお客様がお困りになられます」

 

「ハンッ、他の客なんてどうでも良いだろ! 俺様は選ばれし者なんだ! その俺様の要望となったら、王国民なら素直に従うのが常識だろう?」

 

「…………」

 

「聞こえてないのか? お前のその両端に付いてるものは飾りなのかッ!?」

 

 全裸の見覚えのある男と、親切にもシャワーの設計を教えてくれた係員さんが口論しているのが第一に目に入った。

 

 今日は厄日か何かなんだろうか。鉢合わせする場所とタイミングを弁えてほしい。あとついでにTPOも。

 折角ゆったり入浴を満喫できると思ったのに……。

 

 

 俺は内心辟易しながら、でも傍観していてもダメだなと思い、その二人に近付いていくのだった。

 

 

 

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