第8話 『担保と決済』
「そういえばそうね……。私としたことがご飯を忘れるだなんて……」
フィーネもお腹をさすって現状を把握したようだ。
食べ物に目がなさそうなフィーネが食事を忘れることもあるんだな……。本に熱中し過ぎると、時間を忘れてしまうのは考え物だ。
で、今は――三時過ぎぐらいか。
微妙な時間だ。夕食まで我慢するか、遅めの昼食を食べるか、究極の選択である。
俺がその葛藤の渦中にいると、フィーネが指を顎に当てて「んー」と悩んだ挙句、
「じゃあ、露店街で軽い物でも買って、夕飯までそれで我慢することにしないかしら?」
「お、賛成」
ナイスアイデアを提案してくれたのでそれに便乗。
露店街といえば、フィーネとの初エンカウントを果たした場所か。懐かしい。って二日前なんだけど。
「じゃあ、そうと決まれば早速行動ね」
そう言って、テーブルの上に知らぬ間に山積みになっていた本を持ち上げるフィーネ。……もしかして、これ全部読ませる気だったのだろうか。とんだスパルタ家庭教師である。
――そんなことを思った束の間、本の重量が重過ぎたのかフィーネの体が傾いた。
「――ッ! おいおい、危ないぞ」
「……あ、ありがと。トオル」
フィーネが完全にバランスを崩すギリギリで体を支える。
それが一コンマ早かったお陰で、何とか本が地面にばら撒かれるという事態は避けたが、俺がいるのに一人で持ち運ぼうとするのはやめて欲しい。それで怪我でもされたら切腹する。
「感謝される謂れは無いって。……ほら、俺が持つから。元にある所に戻せばいいんだろ?」
「あ、いや、違うわ。この本は全部借りるつもりよ」
「……え? そんなことできんの?」
積み重なっている本の重荷を引き継ぎながらそう聞くと、予想外の答えが返ってきた。
本を借りるということは、図書館以外でも読めるように、という魂胆なんだろう。てっきりこんな大層な所の本なんて貸出不可だろうと高を括っていたのだが……。
しかし俺の疑問に、手に持つ本が少なくなったフィーネが、「そうよ」と頷いて肯定の意を表し、
「Sランク冒険者になれば、ね。とても便利でしょ?」
「……Sランクの特権凄すぎじゃね?」
そういえば、ここに入る時もフィーネだけ無料だったし。かなり優遇されていると推測。ちょっと便利過ぎて出世欲湧いてきたぞ?
……いや、その為には昨日みたいなことを毎回見ないといけないって事だから、やっぱりいいか。
そんなわけで、どうやら本を借りるには係員を通さないと窃盗になるみたいなので、フィーネと共にマリーさんが居る筈の受付に移動。
そして、受付に着くと相変わらずマリーさんは本を読んでいた。そんな日差しと違って不動の彼女にフィーネが近づいて、
「マリー、本を借りたいのだけれど。手続きをしてもらえるかしら?」
「…………」
「マリー? 聞こえてるかしら?」
「……? ――うえっ!? ってフィーネじゃん。驚かせないでよ……」
何回この遣り取り繰り返すんだ、と物申したい。
だが、マリーさんより仰天した度合いが大きいフィーネの顔がちょっと面白いから許す。
「えっと、本の貸し出しだっけ? それは貴族の方か、教会の関係者の方か、高ランクの冒険者の方じゃないと駄目って規則で決まっているの。だから、相手がフィーネだとしても出来ないの……。ごめんね」
「マリー。私、ここに入る時にギルドカードを見せたわよ?」
「――。ああっ! そういえば、フィーネってSランク冒険者だったね」
どうやらフィーネがSランクだということを忘れていたようである。まあ、外見とのギャップが激しいからそれは仕方ないことかもしれない。
とりあえず話しが纏まったようなので、カウンターにどすん、と効果音が付くくらいの量の本達を置く。
すると、マリーさんの顔が固まった。
「フィーネ、多くない?」
「トオルが読む分だからね。これでも足りないくらいよ」
「へぇー……フィーネと彼って、やっぱり恋仲なの?」
「……? そんなわけないじゃない」
――グハッ!!
やべえ、心に傷が……! 一生掛かっても全治出来ないやつだこれ。分かってはいたけど、そうもあっけらかんと言われたらマジで傷つく……。
「ふーん。まあ良いか」
それを期に俺には興味を失って、本を数えていく彼女。すると、真面目な顔になり「はい、計算し終わりました」と言って、
「白金貨二枚と大金貨五枚、それと金貨四枚が担保金になります」
「……え、金取られるのか」
どうやら、お金を担保にしないと貸出は拒否されるらしい。やはりそこは世知辛い。元の世界みたいに誰でも無料で借りられる、というわけではないみたいだ。
……というか、俺白金貨とか持ってないぞ? そんな大金払える訳無いじゃないか。
と、心の中でクーリングオフを訴えていると、フィーネが「これで足りるかしら」と袋から何やらプラチナらしき貨幣と、その他金貨をマリーさんに渡しているのが目に入った。
「おいおい、フィーネ。金が要るなら無理に借りる必要は無いぞ」
どうやら、フィーネが全額支払うつもりらしいので制止の声を掛ける。
ついさっき彼女の財布の紐は緩ませないと決めたばかりの俺にとっては、これはあるまじき事態だ。
しかし、そんな俺を見て彼女は悪戯っぽく笑い、
「ふふっ、せんこうとうしよ? せんこうとうし。あら、せんこうとうしの意味は分かるかしら?」
「いや、まさかオウム返しされるとはな……」
それ、俺が言った台詞ですぜ。いつから君は小悪魔になったんだ。あざと可愛いけどさ。
なんて思っていると、小悪魔さんが「それに……」と言いづらそうに、
「これは、せめてもの罪滅ぼしよ。金銭であの決闘の償いが出来るならいくらでもするわ」
「……いやいや、償いとかそういうの、マジで要らないから。もう十分助けてもらってるし、フィーネに悪いことされた覚えは無いぞ」
「ううん、違うわ。……私があの決闘の時に放とうとした魔法は、決して人に向けて良いものじゃなかったのよ。あれが発動していたら、私は凄く後悔することになったと思う。だからこそ、それを阻止してくれたあなたには感謝しているの。……だけど、その分はまだ全然払えていないわ。――どうしても、トオルが返したいって言うなら、それは一生の内のいつかにお願いね?」
そう言い切って、こてん、と小首を傾げるフィーネ。
――おかしい。間違っている。俺が反省しなきゃ駄目なのに、何故か彼女が反省する側に回ってしまっている。フィーネは些細なことしかしていないのに……。
俺が返さないといけない恩が増えるだけじゃないか……!
それに、この少女は『一生』という言葉の重さをちゃんと理解しているのだろうか。
それはずっと俺と一緒にいると言うわけで――。
「え?」
今気付いたけど、これって最早――プロポーズじゃないか?
一生を添い遂げるとか、そういうニュアンスで彼女は言っているわけだから――。
「どうしたのよトオル。顔が赤いわよ? ほら、本は無事借りられたから、行くわよ」
「え、え? あ、うん」
あれだけ大量にあった本をいつの間にか何処かに収納したフィーネが、無理矢理俺の左手を掴んでくる。
俺は、それに抵抗なんて出来やしなかった。
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