第9話  『因縁の相手』


 

 

 貴族街を南に下るつれて、徐々に店の外観も典雅なものから質素なものに移ろっていく。だが、それに反比例して人の数は増えていく。

 それを見れば、どの世界でも格差ピラミッドがあるのは変わらないんだな、なんて思ってしまう。実に身の程を弁えていない感想だ。

 

 先程頬に帯びていた熱は収まっているが、俺の左手を握っているフィーネの存在が別の意味で俺を火照らせている。

 だが左を見れば、当の彼女は少しご機嫌のようで、これに気付いた様子は無い。それほどご飯が楽しみなのだろうか。

 

 そんな心なしか足取りが軽い彼女に手を引かれて、そのまま南地区に入り、目的の露店街に到着した。

 

「……やっぱり賑わってるな」

 

 常時と変わらず活気がある。道ゆく人々は各々の話に花を咲かせ、露店街の店主達は威勢のいい声で呼びかけを行っている。

 どの店も中々香ばしい匂いを漂わせ、思わず食いついてしまいそうになる。

 しかし、フィーネはそれに目もくれず俺の手を拘束して歩き続けていく。

 すると――、

 

「あ」

 

 発見したのは、色々と因縁がある焼き鳥屋。

 フィーネはその前で立ち止まった。どうやら、最初から彼女はここに来るのが目的だったらしい。

 勿論、焼き鳥屋のおっちゃんに罪は無いが、ここに来るのは少し抵抗があったのだが――。

 

「今日はまだ売っているみたいね。……良かったわ」

 

 そんなことは気にもせず、少しうずうずした様子のフィーネが焼き鳥屋に続く列の最後尾に並ぶ。ここは言わずと知れた人気店だが、今は微妙な時間とだけあって昼程の長さではなかった。

 一昨日来た時は、昼の時点で完売していたが、今日は偶々まだ在庫が切れていないみたいなので幸運と言えよう。……本音を言うと俺も食いたかった。

 

「――おう! いつもの嬢ちゃんと――兄ちゃんか! らっしゃい! 注文は焼き鳥か? とは言ってもウチは焼き鳥しか売ってないがなぁ!」

 

 と、そんなことをしているともう俺達の番が来たみたいだ。

 フィーネが背伸びをして、「今日は二本が良いわ」と小声で耳打ちしてきたので、

 

「あ、はい。二本ずつでお願いします」

 

「かしこまりぃ! ……にしても、兄ちゃんと嬢ちゃん、仲直りしたみてぇだな! 嬢ちゃんらが決闘やらなんやらの喧嘩になった時は気が気でなかったぞ! ウチの焼き鳥は笑顔で食べてもらいたいからなぁ!」

 

 そう言って笑顔で「はっはっは!」と笑う店主のおっちゃん。どうやら、仕事に信念と情熱を持っているみたいだ。そういう己の職業に誇りを持っている人は尊敬できる。


 しかし――確かに、店の前で面倒を起こしてしまったのでこちらから謝らないといけないかもしれない。

 ただ、おっちゃんは笑ってくれているので、今回はその温情に預かることにさせてもらおう。代わりにこの店の常連になってその分の還元をすれば良いだけだ。


 それにしても、仲直りというのは今の俺達の事を指しているのだろうか。手を繋いでいるからそう思われたかもしれない。

 うーん。ちょっと違う気もするが……仲直りっちゃ仲直りか。少なくともギスギスした関係では無いと思う。

 

「――ほい! 出来立てだぞぉ!」

 

「ありがとうございます。相変わらず美味しそうですね」

 

「へへっ、褒めても何もでねぇぞ! 焼き鳥以外はな!」

 

 そんなことを思っていると、おっちゃんが焼き鳥を四本取り出した。

 フィーネが銅貨をおっちゃんに渡したので、俺が焼き鳥を受け取る。両手に焼き鳥だ。


 右手に持っている二本を、今にも食いつかんと涎を垂らしているフィーネに差し出す。

 比喩無しで目をキラキラと輝かせているフィーネが焼き鳥を頬張った。


「ん~~っ! やっぱりこれに限るわね!」


「おいおいフィーネ。タレが口に付いてるぞ」


 ほっぺたを押さえて、落ちそうになるのを防いでいる彼女の口をハンカチで拭いてやる。

 フィーネは「あ、ありがと」となんだか複雑そうな顔をして礼を言った後、すぐに二本目に突入した。


 今日は何故か母親風を吹かせていたが、食べ物に関した事になると一気に垢が抜ける彼女に思わず苦笑してしまう。

 でも、そんな彼女の背景に輝いているものが見える気がして、俺は全く嫌いじゃ無いのだが。


 さて。彼女が絶賛したこれを俺も食べてみることにするか。

 ……うん。やっぱり美味しい。自家製らしき秘伝のタレが絶妙なハーモニーを醸し出していて、素材の肉の美味しさを際立たせている。

 食レポなんて性に合わないのだが、素人の俺でも賛美の言葉がすらすらと出て来るくらいに美味だ。


「ああ、なんか幸せだな……」


 好きな女の子と一緒に街をぶらつき、食べ歩く。たったそれだけの事なのに、これ程までに楽しくて、幸福感を感じるものだとは思ってもいなかった。


 こんな日々がずっと続いて欲しい。そう心から願えるくらいに――。


「――ん? あっ! キサマ、見つけたぞ!」


 と、そんな願いを一瞬の内に崩してしまいそうな人物が目に入ったので、


「フィーネ、逃げるぞ」


「……なんでよ? もうちょっとゆっくりしていってもいいじゃない。せっかちね」


「いや、そういうことじゃな――」

「――おい! 逃げようとするんじゃない!」


 緊急脱出を試みようとしたが、猛烈な勢いで件の人物が俺の肩を掴んできたせいでそれは不可能に終わる。


 それは、因縁の相手との再会だった。


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