第4話  『ギルド長との対談』




 ギルドのカウンターの奥にある、応接間らしき部屋の扉の前までヘレナさんに案内された。

 すると、俺達が付いてきているのを振り向いて確認したヘレナさんが「ここです」と教えてくれ、その扉に近づき三回ノックをし、


「いらっしゃいますか、ギルド長。ヘレナです。私には判断仕切れない急用ができましたので、ギルド長の判断を仰せ付かりたく伺いに来ました」


『……ヘレナか。入れ』


 扉越しにくぐもった声が聞こえた。恐らくはギルド長のものだろう。

 というより、この世界でもノックは三回なんだな。一応脳内にメモっておこう。将来何が役に立つか分からないからな。


 そんなどうでもいいことを考えていると、入室の許可を得たヘレナさんが「失礼します」と言って扉を開けた。


「――おや。客もお連れかい」


 白髪の老紳士。


 扉越しの声の感じからしてそのようなイメージを勝手に想像していたが、実際に俺が目にした現実は少しばかり異なっていた。


 高級そうな椅子に足を組みながら深く腰掛けている、俺達を出迎えたその人物の頬に刻み込まれているのは、治すことが間に合わなかったであろう古傷。

 白髪なのは白髪なのだが、『老練の戦士』と称した方が良さそうな、猛々しい印象を抱かせる壮年の男性。

 だが、水色の瞳の根底に潜在している眼力は、年の衰えを感じさせない若々しさを感じさせた。きっと、全盛期は大剣とかを振り回していたんだろう、などという偏見を抱く。


 しかし、予想の範疇を超えた来客に、懐疑の目線を俺に投げかけて来ているようなので、


「トオル・イチジョウです。先日、貴殿にCランクへの昇格を預かり賜った冒険者です。どうぞ、よしなに」


 とりあえずお辞儀をして自己紹介をする。それもフルネームで。どうやら、例に漏れずこの国では姓は名前の後に続く文化らしいので、俺もそれに倣った。

 しかし、人生経験が豊富そうな人の前だとやはり緊張する。それに、こんな堅苦しい会談みたいなシチュエーションの場数を踏んでいないせいで、敬語が合っているかどうかも怪しい。


 ただ、隣にいる天使は「トオル、ちゃんと敬語を使えるのね……偉いわ」と感心してくれている様子なので、きっと大丈夫だと信じたい。きっと。

 でも、子供の成長を見守る親みたいな視線を投げかけないでください。そろそろ泣いていい? 昨日泣いたばっかりなんだけどさ。


「おお、件のフィーネリア殿との決闘に勝利した冒険者か。これはご丁寧に。――私の名はエーベルハルト。知っている通り、ここ王都デイドラ南本部ギルドのギルド長をしている。どうぞ、お見知り置きを」


 予想より人当たりがいい人みたいだったので、少し安心する。

 しかも、俺は単なる一冒険者であるはずなのにきちんと礼儀を払ってくれる様子。

 これは人望が厚そうだ。だからこそのギルド長なのだろう。


 すると柔和な笑みを湛えて握手を求めてくれたので、少し背筋を伸ばしながらその手を取る。

 硬質で、ゴツゴツしている頼り甲斐のありそうな手。ヴェルナーの手とは違った感触だ。勿論、言うまでもなくフィーネのとも。


「――して、急用とは何かな。ヘレナ」


「えっと。私の方から説明するより、ご本人の口から説明された方が適切だと思いますので……トオルさん、お願いできますか?」


「ああ、はい。大丈夫ですよ」


 初対面の親睦も深め終わったところで、ギルド長――エーベルハルトさんが、横に長い来客用の椅子に座って本題に移行しそうになったので、俺もその対面に座る。

 フィーネも俺の隣にちょこん、と座った。横顔も可愛い。


 それはさて置き、エーベルハルトさんに「実は――」と切り出し、事の顛末を話した。

 ゴブリンが知能を持っていたこと。そして、ゴブリンロードとやらが頭となって洞窟の中に巣を作っていたこと。でも、中にいるゴブリン達は既に全て討伐したこと。

 それを聞いたエーベルハルトさんは思案気な表情だ。


「……ふむ。組織だったゴブリンが住処を作った……それも洞窟の中か。この辺りではそんな話は珍しい。魔王軍の動向と関係しているかもしれないな……」


 考察を進めるギルド長さんの独り言の中に魔王軍、というワードが出てきた。

 でも、魔王とかは関係ないと思うんだけどな。そこんとこどうなんだろうか。


「しかし、ゴブリンロード、並びにゴブリンメイジをよくぞ自力で討伐できましたな。――いやはや失礼。フィーネリア殿もご一緒でしたな。それなら納得がいくというもの」


 そう言って、エーベルハルトさんは自ら出した答えに一瞬納得した顔を見せた。

 しかし、直ぐに「む?」と何かを思い当たった顔に変わって、


「何故フィーネリア殿がトオル殿とパーティーを組んでおられるのか? 先月からやっと、あの勇者とパーティーを組むようになったと聞いておったが……?」


「あのパーティーは私の性に合わなかったから、自分から辞退したのよ。トオルとパーティーを組む方が私には合っているわ」


「……ほほう。フィーネリア殿が進んでパーティーを組みたくなる程の実力を彼が決闘で示されたのか……。いやはや興味深いですな」


 いや、ちょっと違うんですけどね。もっと強制的だったというか。……でも何故かは分からないが、フィーネが自分から進んであのパーティーから脱退した話に持って行っている。

 そっちの方が都合が良いからなのだろうが、俺と組む方が合っている、と言われて嬉しさを感じているのだから、俺って独占欲が強いのだなと自覚する。

 しかし、どうやらエーベルハルトさんはフィーネに絶大な信頼を置いているみたいだ。

 やっぱりフィーネリアさん、あんた凄いんだね。俺にはもったいないよ。


 と、そんな感じで俺がフィーネへの尊敬の度合いを一段階上げていると、当の彼女が脱線した話を戻そうと、小さな口を握り拳で隠し、「こほん」と可愛らしく咳払いをして、


「ロード種とメイジ種がいたのは本当よ。他にも弓を使う雑魚が百体程いたわ」


「百体……。フィーネリアちゃん、それは雑魚って言わないのよ……。あ、フィーネリアちゃんから変異種の魔石も預かっております。どうぞ、ご確認くださいギルド長」


 そう言ってさっきフィーネが渡した魔石を取り出すヘレナさん。

 エーベルハルトさんは目を細めながら手渡されたその魔石を持ち上げて、しげしげとそれを精察し始める。品定めしているような、そんな目だ。


「ふむ……これ程の純度と大きさなら、変異種で間違い無いだろう。……本来なら現地で確認が必要なのだろうが、フィーネリア殿の証言とならば話は別。――おいヘレナ、ゴブリンロードとゴブリンメイジの特別討伐依頼を出しておけ。討伐した者は、そうだな。金貨八……いや、大金貨一枚と金貨二枚を報酬として授けると、そのような内容でな」


「はい、恒例のですね。承知致しました」


 どうやらもう内容は達成されているのに後付で依頼を出して、それを達成させたことにしてくれるみたいだ。

 マッチポンプ感が凄い。そんなことして大丈夫なのだろうか。……ギルド長がやっているということはオッケーなんだろうけど。

 というか、大金貨なんてワード久しぶりに聞いたぞ。予想以上の高額報酬に割とビビっているんですが。


 しかしそんな俺を余所目に、フィーネが不満げな表情で、


「百二十万デル……? ちょっと少なくないかしら? 最近の景気からしたら、もっと出せると思うのだけれど」


「はは、よくぞご存じで。やはりフィーネリア殿には敵わないな。……なら、そこに金貨二枚を追加、と。フィーネリア殿、申し訳ないがそこで手を打ってくれ」


「……仕方ないわね。そこで我慢してあげるわ」


 圧倒的大物オーラを漂わせるエーベルハルトさんに、フィーネは物怖じをせずに交渉をしてくれた。

 なんということでしょう。そのお陰で、元々めちゃくちゃ高かった報酬に金貨二枚がおまけに付いてきてしまった。

 計百四十万デルだ。庶民の俺はびっくりせずにはいられない。

 でも、追加の金貨二枚がそんなに大金と感じなくなってきているので、もう俺の金銭感覚が麻痺し始めているのだろう。マズい兆候である。


 だが、フィーネがお金持ちである理由がまた一つ分かった気がする。この子、見た目によらず、かなりがめつい。

 なのに、そんな所も可愛いと思ってしまうのだから、惚れた弱みというのはかなり罪が深いらしい。


「トオルもそれで良いわよね?」


「え? ああ、もう好きにしてくれ……」


 フィーネがこちらに振り向いて何故か俺に確認をしてきたので、丸投げの意思表示をプレゼント。

 君には適いそうにないよ、フィーネリアさんや。……いや、適う為に努力するんだろ、俺。何で弱気になっているんだ。



 そんなこんなで、予想以上に重量がある報酬を受け取って、俺達はギルドから出たのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る