第3話  『初討伐報告』




「――フィーネ、流石に恥ずかしいってこれは」


「目を離したらどこかに行ってしまうでしょう? だからこうしているのよ」


「いやどんだけ信用ねえんだよ俺……」


 いつもの朝のルーティーンを終えた後、昨日から持ち越したギルドへの討伐報告をしに行こうとしたのだが――フィーネが俺の左手を掴んで頑なに離そうとしない。


 世間一般的に『握手繋ぎ』と呼ばれる行為で、直接己の手の平から色々な情報が流れ込んでくる。

 これまた華奢な手、細い指。だというのに、絶妙な柔らかさまで持ち合わせているのだから驚愕に値する。


 最初はフィーネの右手の方が温度が低かったのか冷たく感じたのだが、今は体温の交換が終了し、共に均等な温度になっている。

 なんだか二人で溶け合っているようでとても嬉しいような、ムズムズするような、変な感覚だ。めちゃくちゃ恥ずかしいのは確かだけど。


「……というか、どうしちゃったんだよフィーネ。別に、そうしろと命令してるわけじゃないんだぞ?」


「どうもしてないわよ。私はしたい――いや、しなければいけない事をしているだけよ」


「…………」


 あんなに反抗的だったのに、何故か積極的に自らスキンシップをとってくるようになった彼女。

 俺が予想できるその原因は恐らく一つ。彼女が俺に向ける視線だ。

 そう、フィーネが俺に向ける視線は、母親が子に向ける慈愛溢れる視線のそれである。つまりは、ティアナに向けていた視線と同じ。


 俺がこれ以上無いくらいの酷い姿を見せてしまったせいで、彼女の中の母性本能か何かの琴線に触れてしまったのかもしれない。……なんだか弱点につけ込んだみたいでかなり複雑な気分だ。


 しかし、異性として見られて無いんだろうな……。すぐ吐いたり、なよなよ泣くような頼りない男、の様な印象を持たれていそうだ。

 事実なので仕方ないが、なんだかそれがとても悔しいし、心の奥底になんとも言えない傷が生じる。

 改善出来るなら努力したい。これからの課題だ。……具体的にどう努力すれば良いのかはマジで分からんが。


「まあ、役得だから良いけどさ……」


 結局はそれに行き着く。意中の相手に手を握られて喜ばない男がいるだろうか。いやいない。

 原因がどうであれ俺には利しか無いので、大人しくここは退いておこう。


 ただ、俺の心臓の鼓動が手の脈を伝ってフィーネにバレないのだろうか……。それだけが心配である。

 好きな子と手を繋ぐというのは、それだけでハードルが高い。恐らく彼女からされていなかったら一生出来なかったのではなかろーか。


 ……いや、そういや決闘直後に俺からフィーネの手を取っていた気がする。


 ああ、今だけあの時に戻りた――くはない。

 やっぱり絶対、主従関係を良いことに無理矢理命令して、女の子を抱き枕にするような男に逆戻りなんてごめんだ。



 ――とまあ、そんな感じでドキドキしていると見慣れた建物に到着する。


「相変わらず朝は人多いよなぁ……じゃあ入るか」


 扉を開ける。やはりというか、朝なので依頼を受けに来る冒険者が多い。

 誰かに絡まれる前に、足早に受付に歩いて行く。一番列が短いのが偶々ヘレナさんの列だったのでそこに並ぶ。何か視線を感じるが気にしたらダメだ。


 そして、ちょっとずつ前の列にいる人数が減っていく。次で俺達の番だな。


「――はい、次の方。……あ、トオルさんとフィーネリアちゃん。ご無事で安心しました。ゴブリンの討伐報告でしょうか?」


「ええはい。依頼にあった通り」


「……随分と打ち解けられたみたいですね。なんだかホッとしました」


 そう言ってニッコリと微笑むヘレナさん。一体何と打ち解けたんだろうか。

 

「――? ……あ」


 そういや手繋ぎっぱなしじゃん。


 なんか自然な感じでこのままギルドに入って来たので違和感が無かったが、よくよく考えたらこれはマズい。世間体的な意味で。


 フィーネとずっと手を繋ぎたい願望もあるが、ヘレナさんに見られるのは顔から火がでるレベルで恥ずかしいし、俺が強引にしていると勘違いされるかもしれない。

 ヘレナさんは何かとフィーネのこと気にかけているしな。


「えっと、これは無理矢理命令したとかじゃなくて……フィーネからして来たんです。俺は無実です。悪いことはしてません」


「うふふ。なら合意のもとってことなんですね。分かりました。……それに、もう愛称で呼び合うようになったんですね。驚きましたよ」


「…………」


 勘違いに対して急いで彼女の手を離しながらそう弁明したのだが、ヘレナさんには寧ろ逆効果だった様子。

 もういいや。話題を変えよう。


「あー、えーと。約束通り薬草も集めて来ましたよ」


「本当ですか? ありがとうございます、助かります!」


 やっぱり、薬草の需要曲線はえらいことになっているらしい。供給曲線が追いついてないんだろうな。多分。

 そんな推測グラフを脳内に思い描きながら、薬草が入れてある袋ごとカウンターに乗せる。

 すると、ヘレナさんが袋の中身をまじまじと確認して、


「びっくりです。……やっぱり、どれも質の良い薬草ばかりですね。他の冒険者様が納品してくださる物とは質が段違いです」


「へえ、そうなんですか?」


 幸か不幸か、俺が採集してくる薬草はどれも質の良いものらしい。適当に良さげなやつだけ毟って行っているだけなんだけどな……。

 原因について思索していると、フィーネが俺の腰を肘で軽く突っついて、


「トオル、変異種の件も早く報告した方が良いわよ」


「ああ、そうだなフィーネ。……ヘレナさん。それと報告なんですけど、そのゴブリン達が根城にしていた洞窟に変異種とやらがいて。なんでもロード種とか、メイジ種とかだったみたいです」


「――!? 変異種!? それもロード種ですかっ!? 今すぐにでも討伐隊を出さないと――」

「――ああ、それなら大丈夫です。既にフィーネが全部倒したんで」


 フィーネに急かされたのであったことを報告したら、ヘレナさんがいきなり焦ったように受付を飛び出しそうになったので、慌ててそれを引き止める。

 ヘレナさんって第一印象はもっと落ち着いた感じだったのにな……。やはり第一印象というものはアテにならない。フィーネという例もそれを示している。


「え? ……ああ、そうでしたね。フィーネリアちゃんも一緒でしたね」


「――。私を忘れないで欲しいわね。でも、一つ誤りがあるわ。ロードとメイジを討伐したのはトオル。私が倒したのは雑魚だけよ」


「いや、フィーネがいなきゃ俺が生きていなかったんだから、実質全部フィーネの戦果だろ」


「……私が知っているトオルなら、奴隷の戦果は全部自分のものだと言いそうだけど。どういう心変わりかしら」


 まあ人も変わるもんなんですよ。主に女の子の前で号泣したりしたら。

 そういう君も、俺の中の第一印象だと自分の戦果をわざわざ否定するような子では無かった筈だ。


「えーと、お二人の戦果の内訳がどうであれ、パーティーとしての戦果には支障がありませんので……。それにしても、本当に仲が良くなったんですね。感激です」


「あははは……。まあそうですよね」


 と、戦果の譲り合いの上に邪推されるという茶番をしていると、フィーネが例の魔道具の袋から何かをボロボロとカウンターの上に取り出して、


「あとヘレナ。ゴブリンを討伐した証拠の魔石よ。ついでに鑑定と換金もお願いね」


「はい、確認します。えっと……小さいのが十個と……変異種の大きいのが二つですね。分かりました、フィーネリアちゃん。責任を持って鑑定しておきます」


「現金を受け取るのは面倒だから、換金した分はいつも通り口座に振り込んでおいてもらえるかしら」


「うふふ、承りましたよ」


 フィーネは戦後処理には手慣れている様子だ。やっぱり冒険者としては先輩なんだな、と再確認する。


「……えっと、それで報酬の方ですが……とりあえず、依頼の達成報酬と薬草の分も加えて……はい、金貨一枚と大銀貨四枚ですね。先にお渡しします」


「――え? そんなにもですか?」


「ふふっ、高く感じるでしょうか? 討伐依頼というものは、大体こんなものなんですよ」


 未だに庶民の感覚が残っている俺としては、報酬が高く感じる。十四万デルだ。高過ぎる。

 薬草採集だけで生活出来ていた時点で薄々気付いていたが、どうやら冒険者というものは俺が思っている以上に稼げるらしい。

 というか、こんなに稼げるなら何で誰もゴブリンの依頼受けなかったんだよ。謎だ。


 そんな驚いている俺に対して、フィーネは「まあ、そんな所よね」とすまし顔だ。流石はお金持ち。見ている世界が違う。


「えっと、最後にゴブリンロードとゴブリンメイジの討伐の報酬についてですが……依頼内容の埒外での戦果なので、私の独断では手に負えなさそうです。……なので、ギルド長と面会してもらえますでしょうか?」


「はあ……またかしら」


「すみません、ギルドの規律なので……毎度のことでごめんね、フィーネリアちゃん」


 フィーネは辟易とした表情でヘレナさんに返答する。どうやら、一受付嬢としては対応し切れないイレギュラーな事態が起こっているらしい。

 事実、確かにゴブリンの討伐依頼には『ゴブリンロードとゴブリンメイジを討伐してほしい』などとは一言も書かれていなかった。

 間違いなく、依頼外の戦果だろう。


 だからギルド長と面会してくれと。……ふむ。確か、ギルド長って俺の冒険者ランクをCランクに上げてくれた人だったよな。面識は無いけど、どんな人なんだろうか。気になる。



 そんな期待を抱きながら、俺達はヘレナさんにギルド長室まで案内されていった。

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