第21話 『神聖騎士』




 時は夕刻。俺達はそのまま森を抜けて、王都に辿り付いた。


 城門にいた衛兵さんに俺達が引いてきた土の車を見て驚かれながらも、フィーネリアがギルドカードを見せると難なく王都の中に入ることができた。


 クラウスさん達は、日が完全に暮れる前にしなければいけない用事があったようで「本当に助かった。いつか必ず礼をする」とだけ言って去っていった。


 結果的に助ける形になってしまったが、あれは偶発的に起こった出来事なのであまり恩義を感じられるのも居心地が悪い。まるで俺が恩に着せたみたいだし。

 それにほとんどがフィーネリアの功績なので、俺まで恩人扱いされるのは筋違いであると思う。


 それについて悶々としていると、フィーネリアが俺の顔を見て何かを察したのか「なんでそんな些細なことで悩んでるのかしら」とだけ呆れた顔で呟かれた。

 まだ何も言ってないのにエスパーかお前は、とツッコみたくなったのも仕方ない。

 

 フィーネリアにとっては今日と同じように、他人を助けることは日常茶飯事なのかもしれない。

 というより、限りなく確信に近い推測でそうだと思う。それを可能とさせる実力を彼女は確かに持ち合わせていたし、何より彼女は無意識の内に人を助けてそうだ。


 そんな彼女の言葉を聞くと、なんだか俺が馬鹿らしいことで苦悩していたかのように思えてきたのだから、実に不思議だなと感じた。



 △▼△▼△▼△



 そんなことはあったが、衛兵さんによると俺達が通った城門のすぐ近くに神聖騎士団の詰所があるらしいので、俺達はそこに足を向けていた。


 土の車をフィーネリアと二人で引くのはかなりの重労働――かと思いきや、肉体的な疲労は感じられなかった。

 そのお陰でクラウスさん達抜きでも難なく運べたのだが、いかんせん後ろに乗せている彼女達の風体が風体で、街行く人々の視線が集まったので、彼女達のためにも一刻も早く目的地に着きたかった。

 なので、数分も経たずに件の詰所らしき建物が見えた時は安堵した。


 すると、その建物の前に立っていた男の人が、こちらを振り向く。すると駆け足で俺達の方――正確にはフィーネリアの方に向かってきて、


「――これは、フィーネリア様。お久しぶりで御座います」


「ごきげんよう、ヴェルナー。でも、やっぱりその呼び方は控えてくれると嬉しいわ」


 その男の第一印象を一言で表すと、『優等生』というのが妥当だろうか。

 誰しもが声を揃えて美青年と答えるだろう顔立ち。

 綺麗に切り揃えられた海を彷彿とさせる群青色の髪に、高い知性を感じさせる切れ長の翡翠の瞳。

 細身で背が高く、その身には白い鎧を着込んでおり、腰には高級感溢れる剣をぶら下げていた。


 その上、至って凛としている佇まいだが――彼が纏うオーラは、はっきりと『強者』という立場を誇示している。

 ひょっとしたら自分より強いかもしれない。そんな憶測が思い浮かぶくらい、目の前の彼が発する雰囲気は圧倒的だった。


 フィーネリアと対峙した時に感じた圧迫感と質が違う。種類が違うと言えば良いのだろうか。

 彼女のものには甘さが多分に含まれていたせいで弱々しかったが、彼にはそのようなものは無く『冷徹』という印象を抱かせる。


 そんな彼とフィーネリアの口振りから推測するに、二人は知り合いなのだろう。彼女の顔の広さはなんとなく察していたので驚きはあまりない。

 せいぜい驚くなら彼がフィーネリアを『様』付けで呼んだことぐらいだろうか。フィーネリアはもしかしたらやんごとなき身分の人――もといエルフなのかもしれない。

 いや、それはないか。奴隷だし。


 というか、俺には様付けで呼んで欲しいとか言っていたのに、この人にそう呼ばれるのは拒むんだな。そこの線引きが謎である。後で問い質そう。

 

「いえ、これは礼儀というものです。……して、こちらの方は?」


「……私のパーティーメンバーのトオルよ」


「ふむ。フィーネリア様は近頃『勇者』様とご同行されるようになった、と小耳に挟みましたが」


「…………色々あったのよ」


「左様で御座いますか」


 フィーネリアは彼の連続的に行われた質問に、多少の間を置いて当たり障りの無い回答をした。

 途中、彼が俺を一瞥してそんな質問をしたが、フィーネリアも流石にこの人と決闘して奴隷落ちした、とは知り合いには大っぴらには言いたく無いのだろう。

 元凶は彼女がしでかしたことなのだが、なんだか申し訳なさというか罪悪感が湧いてくる。


 それにしても……随分と鼻につく話し方をする男だ。

 返答に少し言い淀んだフィーネリアに深掘りはしないようだが、俺は昔からこの人みたいな、人を見透かすタイプの人間は苦手である。

 

「――ッ、そちらの婦人達は一体……?」


 すると、俺達の後ろにある土の車に乗った女性達に気が付いたようだ。これは好都合だと判断して、


「ああ、彼女達はゴブリンの巣に囚われていたんですよ。そこで酷い目に遭っていたみたいで、それでフィーネリアが助けてきたんです」


「なんと……」


「えーと、あなたは『神聖騎士』の方で間違いないですよね?」


「……ええ、左様で御座います」


「それなら彼女達の身柄を引き取ってはもらえないでしょうか? 今の彼女達には心の療養とあなた達の支援が必要だと思ったんです」


「……成る程。そのような事なら勿論、神聖騎士団の役目で御座います。騎士の名にかけて彼女達の安全を守ることを誓いましょう」


 当たり前だが、初対面の人間に苦手意識を表に出すようなことはしないので普通に話しかける。

 彼は冷たい印象とは裏腹に、正義感が強いようだったので幾許か安心する。


 まあ、個人的にいけすかない男だが、彼なら信用していいという直感を得た。彼自身のことより俺の勘を信用した、と言った方が適切だが。


「トオル殿、ご助力に感謝します」


「ああいえいえ、ヴェルナー……さん」


「――ふっ、どうやら君は僕に丁寧な言葉を使うのが嫌いなようだね」


 すると先程の雰囲気から一変。いきなり彼の口調が柔らかくなった。

 仕事モードから普段モードにシフトチェンジした、という感じだろうか。

 どうやらこちらの方が素であるようだが、流石に無礼がバレるのはマズイと思い、


「え、えーと、そんなことないですよ?」


「敬語に慣れてないね、トオル。僕のことはヴェルナーと呼んでくれて構わないよ」


「……ならお言葉に甘えて……。ゴホン。ヴェルナー、彼女達をよろしくな」


「ああ」


 そんなに態度に出ていたのか、俺の本質を見破るだけでなくさらっと距離を縮めてきた。やはりイケメンのすることは違う。


 それにしても俺はそんなに胸の内の思考が無意識の内に顔に出るタイプなのだろうか。

 至って常にポーカーフェイスでいたつもりだったが、周りから見れば違う可能性が高い。

 フィーネリアにも考えていることが見透かされたばかりなので、少し自分が心配だ。ああ、鏡が欲しい。


 そんな考えまでも悟らさないように軽く咳払いをして、ヴェルナーに握手を求める。


 彼はにこやかな表情を湛えて俺の手を取ってくれた。

 俺が女だったらさぞかしイチコロであっただろう。俺は男には興味ゼロだからそんな心配は無いがな。はっは。


 まあ、ひとまずは彼女達の安全は保障されたようなので安堵する。

 早く生きる活力を取り戻して、それから彼女達が帰るべき場所に戻って欲しい。そんなことを切に願うのだった。


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