第20話 『尾を引いた憎悪』




「――これで全員、だよな」


 漸く、彼女らを全員洞窟の外に運び出せた。少々物みたいな扱いになってしまったのが申し訳ないが、それも仕方ないと割り切って欲しい。


「ふぅ……すぅーーっ」


 木々の間から差し込む光は、今や僅かに橙色に染まりつつある。

 そんな日が暮れかけている森の綺麗な空気を、恵みを、エネルギーを、思いっきり肺に詰め込む。

 この内にある暴走しそうな感情を、少しでもそれで抑え込みたかった。


「――トオルくん、トオルくん。彼女達、どうやって王都まで連れて行きましょうか?」


 すると、エルナさんが俺に近づいて話しかけて来た。焦げ茶色の髪を腰辺りまで伸ばしている、かなりの美人さんだ。

 恐らく俺よりは年上なのだろうが、まるで小動物のような女性だ、というのがぱっと見の印象だ。

 クラウスさんとセットで美男美女カップルだな、と思ってしまったのはご愛嬌である。


 危うくエルナさんもゴブリンに襲われそうになっていたのだが、彼女はその間は気を失っていたらしい。

 なので全然トラウマとかにはなっていないみたいだ。その点については皮肉な事にも彼女は幸運だったのだと思う。


 そんなエルナさんは今フィーネリアがかけた布を身体に巻いている。ちょっと寒そうだが、無いよりはマシだろう。


「……ああ、そうですよね。どうしましょうか」


 確かに、洞窟から抜け出させる時は一人一人おぶって連れ出したのだが、その方法でここから一番近い街である王都まで連れて行くにはあまりにも非効率だ。

 奴らに捕縛されていた彼女達は合わせて九人。なので四人が一人ずつ運ぶと計算しても、圧倒的に数が足りない。


「それなら、多分これで解決できるわよ。――アル、お願い」


 フィーネリアが俺達の呟きを拾ったのか、俺達に案を持ち出す。

 なんとなくだが、最後の方は彼女の舌の動きが変わった気がしたから、恐らく『精霊語』を話したのだろう。


 何か策でもあるのだろうかと思っていると、黄色の光の玉が出現した。


「黄色の精霊までいるのか……いや、確かあの決闘の最後にも出てきてたな」


 フィーネリアがあのヤバい魔法を使いそうになった時に。印象が強かったので覚えていた。主に命の危機的な意味で。


「で、その黄色の精霊さんを使ってどうするんだ? もしかして、精霊達に彼女達を運ばせるとか? 確かに数は足りそうだけど、精霊って力仕事とか出来んの?」


「そんな訳ないじゃない……まあ、見ておきなさい」


 確かフィーネリアと共にいる精霊は全部で六体だったので、俺達と合わせれば九は超える。

 しかし、彼女は俺の脳筋的な予想に呆れ顔だけを返して、その黄色の精霊に話しかける。

 何をするのだろうと期待して眺めていると、いきなり地面が隆起し始めた。


「――え?」


 何事かと見ていると、そのまま盛り上がった土が何かに形成していき――二台の車輪が付いた箱が出来上がった。


「……お前、ほんとに何でも出来るな」


「ふふん、もっと褒めてもいいのよ? ……まあ、これはアルのおかげだけど」


 そんな彼女の自慢げな態度も、今は少し弱々しく感じる。表面上はとても強い姿を見せている彼女だが、内面はあの光景を見て気が滅入っているのかもしれない。

 それでも彼女は、本当に強い。俺なんかと比べるべくもなく、尊敬してしまう少女だ。


「わあ! 凄いわ、フィーネリアちゃん! 私の魔法でもそんな器用なこと出来ないよ!」


「え? ……えっと、ありがとうございます、かしら?」


 どんよりとした空気の中、エルナさんが一人場違いなテンションでフィーネリアを褒め称え出した。

 それに対して彼女がちょっと困っている様子を醸し出したのが新鮮かつ、微笑ましさまで覚えて、つい、笑みが浮かんでしまう。

 そのお陰か沈んでいた心がちょっとマシになった。


 もしかしたらこいつは初対面の他人に褒められることに慣れていないのかもしれない。エルナさんはぐいぐい距離を近づけていくタイプなのだろう。

 まあ、フィーネリアがただ単にとんでもない美少女だからなのかもしれないが。


 というより俺も、昨日フィーネリアと会ったばかりだったな。時々忘れそうになる。

 その事実は知っているはずなのに、何故か彼女とはもっと長い間一緒にいたような錯覚を感じている。実に不思議だ。


 ……いやいや、今はそんなことより彼女達の事を優先すべきだろう。


「――――」


 そう思って目を向けると、未だに彼女達は黙り込んでいた。何かブツブツ言っている女性はいるが、誰も自分から動こうとしていない。

 それだけ、絶望を見せられたのだろう。考えるだけで虫唾が走る。


 もしかしたら、フィーネリアがさっき獣人の女の人を落ち着かせた時のように、彼女達を元気付けるような魔法を使えるかもしれない。だが、そんなのがあったとしてもそれを使うのを憚られるような状態だ。

 それに、強制的に元気にさせられても彼女らにとっても嬉しく無いだろう。


 ただ、彼女達の体はフィーネリアの魔法で少し綺麗になって、各々薄い布を羽織っている。気休め程度にではあるが。それでも最初の時よりも大分マシであろう。


「……あなた、これに乗せていってちょうだい」


「ああ、了解」


 エルナさんの賞賛の嵐から逃げ帰ってきたフィーネリアからそう頼まれる。

 力仕事なら男の俺の領分だ。さっきのを見たところ、フィーネリアはデタラメな魔法は扱えるけど筋力はそれ程無いようだったし。


 なので、俺が役に立てることならなんでもするつもりだ、と彼女に向けてそう意気込んだ。



 △▼△▼△▼△



「あなた、暗い顔ね」


「……そりゃそうだろ。あんなの見たんだから」


 クラウスさん達と彼女達を乗せた土の車を引きながら王都を目指して歩いていると、いきなりフィーネリアはそんなことを聞いてきた。


「……こういうのは、別に珍しくもなんともないことよ。だからあなたが気に病む必要は無いわ。それに、あなたがこの依頼を受けなかったらもっと酷いことになっていたわよ。だから割り切りなさい」


「そうは言ってもな……」


 彼女の言いぶりからするに、何度もこのような惨状を見てきたのだろう。それなのに冒険者なんかを続けられているのだから、本当に凄いと思う。

 俺ならすぐに辞めてしまうだろう。実際、今も辞めようか迷ってるし。


 そんな彼女が気に病むことはない、と言ってくれるのだが、慣れていない俺にとっては全くといって納得出来ない。

 それに、あれより酷いこととかもう無いと思う。


「――――」


「ん? どうかした?」


「――別に、なんでも無いわよ。……と・に・か・く、あなたみたいな、けじめの悪いなよなよしている男は嫌われるわよ?」


「あぁん? なんだとぉ?」


 胸に未だに残っているやるせなさに悶々としていると、彼女がじーっと俺を凝視してきたので何事か尋ねた。

 すると挑発的な物言いで俺を貶してきたので、思わずそれに反応してしまう。

 それで言い返そうとして――はっと気付いた。


 恐らく彼女は、気分が沈んでいる俺をいつもの調子に戻させるために、敢えて俺を煽ってきたのだ。


 ああ、俺は、今日だけで彼女に何回助けられたんだ、本当に。


「その、ありがとな。フィーネリア」


「――? もしかしてあなた、罵られて喜ぶ趣味でもあるのかしら?」


「はあっ!?」


 そう推測してお礼を言ったのだが、どうやら違ったらしい。俺の早とちりだったみたいだ。

 俺の感謝が無駄だったことを知って、なんだか馬鹿だったみたいでとても恥ずかしい。

 加えてあらぬ誤解を持たれそうなので、急いで否定しようとすると――、


「――ふふっ。あなたにはその顔が似合ってるわよ」


 目を細め、頬を少し緩めて、不意に彼女はそう言った。


 顔が、カッと熱くなる。

 原因は間違いなく、突然そんな魅惑的な表情で、そんな不意打ちの言葉を言われたからだ。


 頬に熱が帯びているのが彼女にバレないように、顔を背けて「おう」と返事するだけに留める。

 そんな反応をした自分に驚く。


「あー、仲睦まじいところ申し訳ないんだが、この子達は、神聖騎士団に預けにいくことで良いんだよな?」


「……ああ、はい。もしかして、それ以外に何かアテがあったりするんですか?」


「無いな」


「ならそういうことで」


 頬に帯びた熱が収まろうとしてきたところで、クラウスさんが彼女達の処遇について聞いてきた。

 流石に、俺達だけで彼女達を養うことなどはできない。それに、彼女達には恐らく戻るべき家庭や場所があるばすだ。しかし、恐らくそれを探すのも一苦労。なので俺達は国を頼ることにした。

 神聖騎士団とは――いわば警察みたいなものらしい。治安維持等に関わっているらしいので、その人達に預ければひとまずは安心だろう、という考えの下だ。


 というより仲が良い、と言われた事に対して言葉にできないむず痒さを感じる。

 別にそんな関係じゃないし、彼女にとっても俺と仲が良い、と言われて良い気分はしないだろう。彼女からすると俺は恨むべき存在であるだろうし。


「もうっ、クラウス、クラウス。邪魔しちゃだめでしょ?」


「……ああそうだな、エルナ。ごめんよ」


「ふふ、分かればいいんだから」


 そんなことを思っていると、悲壮感というものがまるでないエルナさんが、クラウスさんを窘めた。


 クラウスさんがだらしなく頬を緩ませているのを見て、エルナさんには弱いんだな、と俺は察したのだった。

 


 

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