第18話 『はじめての戦果』




「――本当に、助かった。礼を言わせてほしい」


 洞窟の中にいたゴブリンを一掃したので、俺達は先客である二十代後半くらいの少しくすんだ金髪をした男性――名をクラウスと名乗った――の手当てを施した。

 俺達、と言っても実際に治療したのは彼女だけど。まあ、その点については何も言うまい。


 そして結果だけ述べると、フィーネリアの回復魔法は凄まじかった。


 彼女が回復魔法をクラウスさんにかけると、みるみるうちに彼の傷が光に包まれて治っていき、終いには恐らく元の姿であろう状態まで治癒させてみせた。

 回復魔法なんて初めて見たが、あんなにも神々しいものなのか。その姿はまるで白衣の天使のようだった、と心の隅に記録する。

 だけどまあ、これじゃこの世界の医療技術は発達しないだろうな、と思ったのは内緒だ。


 どうやら、彼女は白色の精霊と水色の精霊の力を借りている感じであった。

 決闘で仲介役をした『光』と、彼女が戦闘時によく呼び出していた『水』だ。恐らくはそれらの属性が回復魔法に関与するものなんだろう。

 


 ……おっと、ついつい意識がフィーネリアのことに向いてしまったが、今は目の前にいるクラウスさんとの会話をするのが先決だ。

 俺の返答が来ないことに不審がっている様子なので、急いで返事をしなければと思い、


「ああいえいえ、偶然通りかかっただけですよ。……でも、クラウスさんはなんでこんな所に?」


「――! エルナッ!!」


 俺の言葉を聞いて目的を思い出したのか、クラウスさんは飛び起きて、倒れていたエルナ、と呼ばれた女の人に駆けて行った。


 ……ああ、なるほど。大方、あの女の人を助けるつもりでここに来たのだろう。とても素敵だ。見習いたい。

 俺はそんなことを思いながら彼に続く。


 今その女の人の隣には、フィーネリアが屈み込んでいる。多分、怪我が無いか確かめているのだろう。

 彼女は周りがよく見えている。


「……うん、問題ないわ。気を失っているだけね」


 彼女はそう言って、恐らくはクラウスさんと同じくらいの歳であろうその女の人に破れた服の代わりに布を被せた。

 一瞬どこから取り出したのか分からなかったが、恐らくあの袋の中に入れていたんだろう。その答えに辿り着くと共に、滅茶苦茶便利だな、と感じる。

 まあ正直、目のやり場に困っていたので助かった。ナイスだ、フィーネリア。


「そうか……っ……本当、にっ……良かった……」


 クラウスさんはそれを見て今にも泣きそうな表情になっている。男前だったらどんな顔でも似合うんだな、と失礼ながら心の中で思う。


「……なあフィーネリア、変異種ってのはやっぱアイツのことだよな?」


 俺は気を遣って出来るだけ彼の顔を見ずに、立ち上がった彼女にそう問いかける。恐らく、あのデカいゴブリンの強さは他のゴブリンと一線を画していた。

 恐らく、というのは案外肩透かしな部分があって、あまり強さを測れなかったというのがあるからだが。


「そうね。恐らくあのゴブリンは……『ロード種』よ。……それと、隣にいたゴブリンも『メイジ種』だと思うわ。かなり珍しいわね」


 俺はてっきりあのデカいやつだけが変異種とやらだと思っていたが、どうやら魔法を使っていたやつも変異種とやららしい。

 主君と魔法使いか。やけに表現が人間的だ。


「……それにしてもこの杖、かなり良いものね」


 彼女が地面に落ちているメイジ種、とやらのゴブリンが持っていた、木でできている全長三十センチ弱程の細長い杖を指差す。


 実は、そのことについては俺もさっきから思っていたのだ。その杖は、この刀と似たような魅力を放っている。

 どうやら彼女にもそれが分かるらしい。武器屋にいた時は全然そんな感じは見せなかったが、魔法のことについてだと詳しいのだろうか。


 俺の中での杖というのは、魔法を扱う補助をするみたいな役割があるイメージがある。大方、この世界でも合っているだろう。


 ただ、ゴブリンが使っていた物だったので衛生的に触りたく無かったので放置していたのだ。

 しかし、俺の懸念などお構いなしに彼女は易々とそれを持ち上げる。思い切りが良いな。


「じゃあ、それはお前が使ったら? 俺、魔法なんて使ったことないし」


「――? ああ、私の場合は精霊術師だから杖は必要無いし、意味が無いのよ。それにあなたが倒したんだから、これはあなたのもので良いわよ」


 フィーネリアはそう言って杖を手渡してくる。

 しかし、こいつは忘れているみたいだが、誰が倒したとか関係なく彼女の所有物は全部俺の所有物だ。

 まあ、流石にそんな心の狭いことは言わないけど。


 そんなことを思いながら俺は差し出された杖を恐る恐る手に取った。……臭いが染み付いてそうだから、帰ったら洗おう。よし。

 でもまあ、この杖があったら俺にも魔法が使えるんじゃないだろうか。少しワクワクする。後で試してみよう。


 弓を使っていたゴブリンは数が多過ぎたので、それらの魔石を回収するのは断念した。

 どんだけ倒したんだよ、と思わず文句を言いたくなるような数だ。俺の戦果はたったの二体なのに、彼女は百体を優に超えている。

 彼女の無双っぷりには、もう尊敬すら覚えた。


 まあ、普通のゴブリンの魔石はあんまり良い値段にはならないみたいなので仕方ないか、といった感じだ。

 それに、彼女の手を煩わせるのも気が引けたし、何より早くこの洞窟から抜け出したいという気持ちが強かった。長居するにはこの洞窟はあまりにも不快過ぎる。


 だけど、あのロード種とやらのデカいゴブリンと、魔法を使っていたメイジ種とやらの魔石は回収した方が良い、とフィーネリアが助言してくれたので、それに倣うことにした。

 と言っても解体するのは彼女だけど。マジで助けられてばっかだな、俺。


「やっぱり純度が高いわね。……それに、こっちの魔石は火との親和性があるわ。高く売れるわよ」


「……ふーん、なんか凄そうだな」


 その辺については全くといって分からないので彼女に全部任せよう。もうここまで来たら、まるごと放り投げた方が良い。

 そんな投げやりな気持ちになっていると――、



「――っ」


 ふと、気付いた。デカいゴブリンが座っていた玉座みたいなものの後ろの方に、穴があるのが目に入った。

 てっきりここが最深部かと思い込んでいたが――間違いなく、この洞窟には続きがある。


「――――」


 黙って、それに近づく。もしかしたらゴブリン達が集めた宝物とかを貯めている所なのかもしれない。

 そんなことを一瞬思いはした。だが、その穴からはそんな正のエネルギーは一切感じられない。ただただ、物凄く嫌な予感がするだけだ。


 それに――生物の気配がする。


「フィーネリア、入ろう」


「…………私一人で入るわ」


「ダメだ。俺も入る」

 

 後ろについて来てくれた彼女にそう提案すると、彼女も危険性を感じ取ったのか一人で入るなどと言い出した。なるほど、これは信用されていない。

 まあ、今までの行動を省みるにそれは仕方ないことではあるが。

 何故か彼女は全部、俺の代わりにやってくれようとする。それはとても嬉しいものであると同時に、罪悪感も募らせた。

 いつまでも彼女の優しさに甘えるべきではない。流石に、いかにも危なそうな場所に女の子を一人で行かせるなんてことは、許容できるはずがなかった。


 俺が退かないのを察して、彼女は「仕方ないわね」と言ってついて来る意思を見せてくれた。それは一人だと心細い俺にとってはとても頼もしく、安心できるものだ。


 しかし、この嫌な予感は拭いきれない。


 鬱になるような、負の根源を感じる。

 入りたくない。早急に洞窟から脱出したい。――でも、入らなければいけない。

 己の懇願を、己の勘が押し潰す。


 胸中に蠢くその不吉な塊に押し潰されそうになりながら、俺達はその穴の中に入っていった――。


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