第15話 『統率者の存在』




「――この辺りにいるゴブリンは少し変よ。待ち伏せなんてこともしていたし、さっきの不意打ちなんてそう。普通のゴブリンなら出来ないわ」


 フィーネリアは神妙な顔持ちをしてそう呟く。それも俺には任せられない、と言ってゴブリンから魔石をナイフで抉り出しながらだ。その魔石とやらは心臓の近くに埋まっているらしい。


 話の内容よりどちらかと言えば、そちらの方が気になる。見目麗しい少女が醜い魔物の死体をナイフで抉っているというのは、歪なコントラストだ。

 慣れているのか、俺と違って死体に忌避感を感じていない様子。あの幼さ全開の傍若無人な態度とのギャップの差が激しい。というか女の子なのに凄いな。少し憧れる。


 と、彼女の一挙一動を見ていたい気持ちもあるが、会話の内容に意識を持って行かせる。


「原因は分かるか?」


「強力な力を持つ統率者がいると、従える魔物の知能が向上する、という話は聞いたことがあるわ。真偽は怪しい所らしいけど」


 統率者の存在。


 彼女が提示したそれには、妙に信憑性がある。あの組織だった行動。人間でも言えることだが、必ず団体行動には指示する者というのが必要だ。


「『魔王』が、その一例と言えるわね。まあでも、魔王はこんな所にはいないはずよ」


 魔王か。勇者パーティーあいつらが倒すとか言っていたやつだ。

 だが、その魔王とやらはもっと南の方に居を構えているらしいので、それは可能性から除外出来る。


「となると、『変異種』かしら……その可能性は、捨て切れないわね」


 新しい単語が出てきた。

 変異種……。推測からするに、群れの中の一体が突然強い力を持った、みたいな感じのものだろうか。突然変異みたく。


 というか、街にいた時は使えないポンコツだったが、いざ冒険者としてとなると彼女はとても頼もしい。認識を改める必要があるくらいに。

 彼女がイケメンなら、俺が男だとしても惚れていただろうに違いない。うん、絶対そうだ。


「えーと魔石は……十一個ね。一つは、潰してしまったけど」


 どうやら全てのゴブリンの魔石を抉り出し終わった様子。

 その魔石というのは、握り拳より少し小さいくらいの大きさで、全部が薄い黄色をした水晶のようなもののようだ。

 純度の高いものは良い値になるらしい。ゴブリンの場合はそんなに高くならないらしいが。


 すると、彼女は死体から拝借したそれらを掌に集めて、その掌から湧き出るように出た水で洗い出した。


 あ、精霊無しでも魔法って使えるんだな。てっきりあの光の玉がいないと使えないものだと思ってたけど。メモメモ。

 というか、俺も使えるなら使ってみたいな。魔法。


「変異種がいる可能性があるなら、一度王都に戻って報告する選択肢もあるわ。……私一人なら壊滅できるけど、あなたがそんな様子だし」


 彼女は俺の身を案じて慎重な選択肢を取ろうとしてくれる。しかし一人で壊滅できると豪語するとは、やはり相当な自信家のようだ。

 だが、これは挽回のチャンスだ。めちゃくちゃダメな所を見せてしまったので、それを帳消しに出来るくらい彼女にかっこいい所を見せたい。それに、ここで退くのは男としてダメな気がする。

 

「いや、進もう。次はいけると思う」


「……また吐くわよ?」


「さっきのは、その……突然だったからだよ」


 来ると分かって覚悟を決めれば恐らくは大丈夫だ。それに、死体にも少し慣れた。

 彼女が平気だというのに、男である俺がへこたれていては笑い話にもならない。


 それにゴブリンと対面して分かったが、体さえ動けば余裕で殺せるビジョンが見えた。

 何の因果か分からないが、今の俺は恐らく強い。精神的とかそういうのではなく、ゲーム的な強さで。


 決闘で見せられた氷塊と比べると、スピード、威力、軌道。何もかもが劣っていた。但し、それが命を宿しているかどうかの違いはあるが。


 俺の意思が曲がらないと察したのか、まるで手の掛かる弟に見せるような眼差しを俺に向けて、


「はあ……仕方ないわね。次吐いたら置いていくわよっ」


 そう言いながらも、なんだかんだ助けてくれる気がする。そんな妙な確信があった。まあ、吐かないけど。

 というより、もしかすると俺が死んだら彼女は奴隷から解放されるのでは?

 ……いや、一応言わないでおこう。それでマジで見殺しにされたら泣く。それもあの世で。


 まあそんなこんなでゴブリンの根城を探し続けることが決まったので、地面に置いてあった刀を手に取る。

 ゴブリンを突き刺したはずのこの刀は、傷どころか血すら付いていない。美しい波紋は健在だ。

 それを確認して鞘に入れる。小気味良い音が鳴った。


 それから、胃の中身を全部吐き出してしまったので、代わりに昼食用に鞄に入れていた干し肉を口に入れる。

 舌が肥えた俺からすると、やはりというかそれの味は薄かった。だが、腹が持てばそれでいい。


 彼女の方も集めた魔石を、ローブの中から取り出した小さい袋の中に入れて納めた。

 その吸い込まれたように入っていった光景に違和感を感じる。

 魔石の体積が容器を超越している気がして、明らかにおかしいと感じ、


「それ、袋にしては小さ過ぎないか?」


「……ああ、これかしら? これには『時空魔法』の術式が刻んであるから、見た目より容量が大きいのよ。まあ、要は『魔道具』ね」


 なんだよその時空魔法とか魔道具って。凄いカッコいい響きだ。

 それより見た目より容量が大きいとか物理法則どうなってんだよ。今更だがその辺りにファンタジーだなあ、と再確認させられる。


「そんな便利な物、皆持ってたりすんの?」


 俺が見たことないだけで、日用品のように使われているかもしれない。そうだとしたら文明バランスが崩れそうではあるが。


「……Sランク冒険者なら大方持っていると思うけれど、決して普及しているわけではないわ。そもそも、時空魔法の術式を刻める人が少ないのよ」


 その術式とやらを刻むにも出来る人と出来ない人がいるみたいだ。

 それに興味深いと感じるとは、俺が理系気質だからなのだろう。……ん? 待てよ?


「それ、俺に所有権あるんじゃね?」


「――なっ! あなたねぇっ! 高かったのよ!!」


 奴隷の財産は全て主のもの。彼女のそれを取り上げてもなんら問題は無い。お金持ちの彼女が高いと言うのだから、相当高価な代物なんだろう。

 助けてもらった手前、勿論そんなことはしないが。


「冗談だよ、ジョーダン。まあ、必要とあれば使わせてもらうけどな」


「…………」


 弁明すると、明らかに信用していない目つきで俺を睨んできた。あれ、なんだかゾクゾクする。まあ気のせいだろう。


「――ん?」


 ふと気付いたのだが、彼女の服に付けてしまったはずの俺の嘔吐物が付着していない。目に映るのは、真っ白なローブただ一つだ。これも、俺の目からするとおかしい。

 なので、もしかしてと思い、


「その服も、魔道具とやらだったりする?」


「――? 正解よ。よく分かったわね」


 推測を交えた疑問だったが、どうやらそれは正解で彼女は魔道具に身を包んでいるらしい。

 大方汚れを勝手に落とす的な物なんだろう。元の世界にあったら洗剤会社が倒産しそうだな。というより、


「じゃあ、それも俺に所有――」

「――っ、このヘンタイ!」


 ジョークのつもりでそう言おうとしたら、彼女は何を想像したのか自分の肩を抱いて罵倒の言葉を投げかけてきた。

 思わずまたもやゾクっとする。……あれ、俺はマゾなんかじゃなかったはずだ。おかしいおかしい。

 その気持ちを紛らせようと、彼女を困らせたいという気持ちが芽生えてきて、


「ははーん、何を想像したんだぁ?」


「――ッ! ふん、もうあなたなんて知らないわっ!」


 揶揄うつもりでそう問いかけたら、彼女は顔を赤くし、白金髪を翻しながら森の奥の方に歩いて行った。

 拗ねた顔も可愛いなあ……いかんいかん、なに考えてんだ俺。


 置いてかれてはマズいので、俺は荷物袋を手に取って彼女の後を追いかけた。


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