第2話  『勇者との邂逅』




「――と、いうことなんで一旦俺達は帰ります」


「……その、トオルさん、くれぐれもフィーネリアちゃんに手荒な真似はしないようにお願いしますよ?」


「分かってますって」


 決闘が終わった後、俺がこの世界の奴隷とはなんなのかをヘレナさんに質問した。

 俺が奴隷について無知なことに少し驚いていたが、親切に教えてくれた。


 曰く、一般的に奴隷というのは罪を犯した人間や借金の返済が滞ってしまった人間がなる身分である。

 奴隷をどう扱おうと、主に罪は問われないとのこと。


 ひと昔前は、戦争奴隷とやらが多かったらしい。

 しかし最近は『魔王』とやらの活動が活発になった影響で国家間での大規模な戦争をする余裕が無いとのことだ。

 そのせいで、戦争奴隷の供給量が極端に減り、それに伴い農作物の価格が高騰してるのだとか。


 ……勝手に攻められて奴隷にされるとかされる側からしたらたまったもんじゃないだろうな。まあ俺には関係ないけど。


 まあ、この辺りは元の世界の知識があったおかげですんなりと理解できた。


 そして普通、奴隷は主に逆らうと激痛が走る首輪を付ける必要があるのだとか。なので奴隷は、主に絶対服従であらなければならない。


 彼女が行った精霊を通して奴隷の契約をする、というのはかなりのレアケースで前例が無いらしい。

 でも、首輪が無くとも恐らく同じようにフィーネリアは俺には逆らえないとのこと。


 それで、ヘレナさんはその情報を聞いた俺が彼女に好き勝手しないか心配なようだ。


「……本当ですか?」


「本当に、です」


「…………フィーネリアちゃん、酷い目にあったらいつでも私に相談するのよ?」


「……わかったわ。ありがと、ヘレナ……」


 俺の答えを聞いたはずなのに、ヘレナさんはフィーネリアに優しくそう伝えた。

 うん、これは確実に信用されていないな。


「ああ、それに今思い出しましたが、フィーネリアちゃんのパーティーの他のメンバーになんと説明したら良いのか……」


「――ハッ! そうよ! 私には心配してくれる仲間がいるの!!」


 こいつにはいつも組んでいるパーティーがあるらしい。

 てっきりボッチだと思っていたんだがな……。まあ、それは些細なことだ。


「なんだ、そんなことですか。ならもし、そいつらに会ったらフィーネリアは冒険者に嫌気がさして奴隷になったと伝えておいて下さい」


「自分から冒険者を辞めて奴隷になる人なんかどこにいるのよ!!」


 目の前にいるお前がそうじゃないか。とは言わないでおこう。こいつ、アホだから多分気付いていない。



 ――すると、勢いよくギルドの扉が開かれる音がした。


「――ったく、フィーネのやつどこ行ったんだよ」


「他の三つのギルドにはいなかったからな。ここにもいないとなると……」


「……どうせ食べ歩きしてるに決まってる」


 入って来たのは男一人に女二人。全員俺と同じくらいの年齢のようだ。


「みんな!」


 その姿を捉えた瞬間、パッと顔を明るくしてフィーネリアがあちらに向かって駆け出した。


「ああ、こんなとこにいたのか。探したんだぞ、フィーネ」


「もうっ、何回も言ってるんだから心配させないでよね」


「……絶対焼き鳥食べてた」


 前にいる二人が安堵の表情を見せる。多分フィーネ、というのはあいつの愛称だろう。

 なんか最後の神官ぽい子だけ違う反応だが。

 

 噂を言えば影がさす、というのはこのことか。恐らくあの感じからするに、あの三人はあいつのパーティーメンバーなんだろう。

 すると、フィーネリアが俺に指をさして、


「助けて! あの人が虐めてくるの!」


「――ほう? うちのフィーネを虐めるやつはどこのどいつだぁ?」


 その言葉を発したのは、赤髪をポニーテールにしている、美人だが目つきが鋭い女の子だ。

 先程醸し出していた雰囲気ががらりと変わる。二重人格なのだろうか。

 フィーネリアを後ろに庇い、その赤眼を怒りで燃やしている。まるで炎を具現化したような少女だ。


 そんな彼女と視線が合う。


「……キサマか?」


「いえ、人違いです」


「なにとぼけてるのよ! その人よ! その人! その人に騙されて奴隷にされちゃったのよ!」


 フィーネリアが俺をそいつ呼ばわりして指をさしてくる。

 まるで、俺が女の子を騙して奴隷にさせた悪人に仕立て上げようといった口振りだ。騙した覚えなんか無いんだが。


「なるほど。殺す」


「おいおい、物騒ですねぇ!?」


 フィーネリアの訴えを聞いて、彼女は問答無用で腰につけている鞘から剣を引き抜いた。

 血の気が騒いでいるどころじゃ無いだろ。恐喝罪で訴えれるんじゃないだろーか。


「おいおい、またトオルがなんかやってるぞ?」

「抜刀してるやつは誰だ?」

「……おい、あいつら噂の『勇者』パーティーじゃねーか?」

「マジか!? 俺にも見せろ!」


 騒ぎを聞きつけたのか、またもや酒場のやつらが集まって来た。さっきよりも人数が多い。


「――ちょっと待ってください! ギルド内での戦闘はご法度です!」


 ギルド内の空気がピリついてきたのを察してヘレナさんが止めに入ってきてくれた。周りには他の受付嬢さんもいる。

 いやー、助かったぜ。と心の中で感謝する。すると、


「ちっ……よかろう、なら決闘だ。ついてこい」


「お断りします」

 

 当たり前の流れのように言い出してきたので、やんわりと拒否する。

 こいつらは困ったら決闘して解決する癖でもあるんだろうか。だが、当たり前だが俺はそれを受ける必要性は全く無い。

 すると俺の答えを聞いた彼女は「は?」と、まるで予想外の答えが来たような顔をして、


「キサマ、それでも男か?」


「はい、そうですけど」


 彼女の中では俺が決闘を受けることが当たり前だったらしい。思考回路が謎すぎる。

 俺はそれに構う必要も、義理も無い。

 先程の決闘は俺に利があると判断したから受けたのだ。俺にとってマイナスしかないものに価値はない。


「何か勘違いをされてるみたいですが、俺はフィーネリアとの精霊を通した正式な決闘で勝利したので、彼女が提案した『己を奴隷とする』という約束を遂行しただけです。騙してなんかいませんよ」


「……フィーネ、こいつの言ってることは本当?」


「……うぅ、ごめん、アンナ」


「――――」


 謝罪は肯定ということだ。アンナ、と呼ばれた彼女は信じられない、というような顔をしている。


「お前、フィーネを奴隷にしたのか?」


 すると、先程まで黙って見ていた少年が声をかけてきた。

 かなりの美男子。こりゃモテるだろうな、という顔立ちをしている。

 そして少し茶髪がかかっているヘーゼルの目には、強い正義心が宿っている。

 だが、その声には隠しきれていない怒りが込められていた。


「はい、そうですけど……」


「……お前、俺達のパーティーがなんなのかを知らないのか?」


「知らないです」


 知るわけないじゃないか。ただでさえ一ヶ月前にこの世界に来たのに、初対面の人間が誰なのかを知っているわけがない。

 というか、こいつら初対面なのに高圧的過ぎるのではないだろうか。


「……知らないだと? いいだろう、なら教えてやろう。俺様達はSランク冒険者だ! それも、ただのSランク冒険者じゃない。女神アルスミス様から『魔王』を倒せという神託を得た、『勇者』だぞ!?」


「へー、凄いですね」


 女神様ってことはやっぱあの女神さんのことだろうか。だとしたらその神託とやらも実際にあるかもしれない。

 まあ、実際にあっても俺には関係ないが。


「で、それがどうかしたんですか?」


「――。お前、聞いてたのか? 要は俺様を怒らせたらお前の命は無いってことだ」


 中々物騒なことを言ってきた。その声には怒りに上乗せして殺気が含まれている。

 ……こいつ、多分フィーネリアに惚れてるな。他にも女の子を二人も侍らせてるのに、相当強欲なやつのようだ。


「……それに、今となってはフィーネは俺達のパーティーの貴重な戦力。『魔王』を倒すには、彼女の力が必要だ。王国民として、恥は無いのか?」


「そう言われてもなぁ……」

 

 あいつってそんなに強いヤツだったのか。てっきり弱い部類に入ると思っていた。

 ……まあ、確かに最後に放とうとした魔法はかなりのヤバさを感じた。それを聞いたらますます手放したく無くなってきたぞ。


 と、俺がどうしようか困っていると――、


「――別に良いんじゃない? 彼、引かなそうだし」



 その言葉を言い放った少女の薄桃色の髪は、少しだけ上機嫌に揺れていた。


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