第4話  『決闘の行方』




 合図を聞いて、初めに動き出したのは彼女の方だ。


「早々にケリをつけさせてもらうわ! 早く食べたいもの!」


 そう啖呵を切って、彼女は何かを唱え出す。

 するといきなり彼女の目の前に水色に光る玉が出てきた。

 さっきの白いやつとは多分別の個体なのだろう。恐らく。メイビー。


「リタ! ちょっと力を貸してね!」


 リタ、と呼ばれた精霊が淡く光だし、空中に何かを形成し出す。大気中の何かが集まっていくのを感じる。

 そして――、


「おおーっ! すっげー!」


 ――空中に出来上がったのは、氷。


 無から物質を創り出す。

 それは人智を超えたもので、説明するには『魔法』という言葉を用いらなければならない。


 そう、男なら誰でも一度は夢見ただろう魔法。それが今目の前で起きているとしたら、驚くのも仕方ないと思う。


「……あなた、魔法を初めて見たの?」


「――え? ああ、そうだけど」


「嘘……ではなさそう。どこまで世間知らずなのよ……魔法を初めて見た人に撃つってなんだか気が引けるわね……」


「は? 手加減なんていらねーよ。どんとこい」


 俺の挑発が気に障ったのか、彼女はその氷の塊を俺に発射してくる。


 嘘みたいなスピードで飛んできたその氷は、俺の体に――当たるのではなく横を通り過ぎて行った。


 そのままその氷は地面と衝突し、砂埃を発生させた。耳を劈くような轟音が背後で地面を揺らす。当たったらひとたまりもないような、そんな攻撃。


 そのまま続けざまに何発も撃ってくる。が、全て俺を避けて後ろの地面に飛来していった。


 これはわざと俺に当てないようにしているのだろう。不思議と、俺を害そうとする意思は感じられなかった。

 彼女は射程外からの攻撃を続けて勝ち目が無いと思わせたいらしい。

 すぐに決着を付けるのなら、直接俺に撃ってくるはずなんだが……優しいんだが優しくないんだがよくわからんな、こいつ。

 まあ、俺の焼き鳥を奪おうとしている時点で後者だが。


 ――が、そんなことよりも驚くべきものを発見してしまった。


「……嘘、だろ?」


「ふん、やっと恐れをなしたのね。なら、大人しく降参しなさい」


 違う。違うのだ。俺が驚いているのはさっきの氷の威力ではなく――



 ――氷の軌道がからだ。


 俺が地球にいたころはこんな電車より早いスピードの物体の軌道を認識するなんてできなかった。


 しかし、今の俺はそれが


 それも、とてもゆっくりに。


「――は? 何言ってんだぁ? この程度で俺が降参するとでも?」


 何故か分からんが、俺はこの世界に来てから動体視力が良いらしい。

 これは調子に乗れるというものだ。


「……はあっ!? あなたね、私がわざと当てなかったのに……」


「ハッ! 手加減とか生温いことなんていらねーよ! もしかして俺に当てて仕返しされるのビビってんのかぁ?」

 

「……もう、泣いても知らないわよっ!」


 彼女がそう言った瞬間。俺に向かって氷の塊が発射される。

 今度はさっきとは違い、真っ直ぐ俺の方に向かってくる。

 これが直接俺に当たれば大ダメージは必至だろう。

 だが――、



「――視えた」



 一刀。



 両端に落ちるは、木剣に分断された氷。


 俺の予想通り、やっぱり斬ることは可能だったようだ。


「――――」


 ドヤ顔で彼女の顔を見ると、絶句しているようだった。ざまあ見やがれ。


「……あなた、何者なの」


「だーかーら、Fランク冒険者って言っただろ」


 ようやく口を開いたと思うと、聞こえてきたのはさっき答えたはずの質問だった。

 その年でボケが始まっているとか将来が心配だな。


「――っ! いいわ、ちょっとだけ本気を出してあげる」


 俺の答えに納得しなかったのだろう。彼女はそう言って十個の氷の塊を生成して放ってきた。

 最早俺の安否など考慮していない、容赦ない攻撃。

 しかし――、



「――いち」


 縦から振り下ろしてそれを切断する。木剣が軋む音がするが、問題無い。


「に」


 下に振り落とされた木剣をそのまま掬い上げる要領で二発目の氷塊を割る。木剣と氷塊という質量同士が激突し、けたたましい音を出す。

 木剣の寿命が途切れそうになっているが、まだいける。


「さん」


 そのまま斜めから袈裟斬りをする。まだだ。遅い。いける。

 そして――、






「――十」


 最後の氷を斬り伏せる。気付けば、俺の真下には二十個となった氷の破片が散らばっている。


 やけに感覚が研ぎ澄まされている。ちなみに俺はまだ一歩も動いていない。


「……うそ」


 彼女は信じられない、というような目でこちらを見ている。これで仕留められると思っていた様子だ。


「ふん! どうした? その程度なのか?」


「――ッ! ……いいわ、使いたく無かったけどを使ってあげるわ」


 そう言った途端、彼女の周りに元からいた青色の光の玉に加えて、赤、黄、緑、紫、白の光の玉が出現する。

 そしてギュンッと空気中の何かが彼女に集まっていくのを感じ取れた。


 ――あれはマズい。


 俺の第六感が告げる。彼女の様子からするに、何か大技が来るのは明確。

 あれを発動させたらマズい、ヤバい、と脳内にけたたましいサイレンが鳴り響く。


「――ハッ! フィーネリアちゃん! それはダメ! ストーーップ! ストーーーーップ!」


 今まで固唾を飲んで行く末を見守ってくれていたヘレナさんが、大声を上げて彼女に制止を呼びかける。


 ――だが、彼女はそれを止めない。相当俺の挑発が頭に来ているようだ。

 彼女の視界には、最早俺しか映っていない。これはマズイ。


「私に喧嘩を売ったこと、後悔させてあげる」


 何故か彼女の中では俺が喧嘩をふっかけたみたいになっているが、そんなことは今はどうでもいい。


 ――彼女の暴走を止めるのが先決。


 俺は無意識のうちに足が地面を蹴っていた。

 妙に景色が入れ替わるスピードが速い。そのおかげか三歩で彼女の目の前に接近した。彼女が驚愕の表情をしているのが見て取れる。


 だが、力加減を誤ったのだろうか。


 彼女の前で制止するつもりだったが、スピードを殺せずに彼女にぶつかってしまった。


「きゃっ!」


 彼女から可愛らしい声が漏れる。

 俺は剣を掴んだまま彼女に抱きつく形になってしまい、そのままバランスを制御できずに体制を崩してしまった。


 彼女を抱きかかえながら背中から地面に着陸する。

 ちゃんと受け身ができたおかげか、痛みは全く無かった。

 そのまま二、三回転がって、やっとの思いで勢いを殺しきった。


「――――」


 で、今俺の腕の中にはフィーネリアがいる。


 抱きついて再確認できる華奢な体つき。綺麗な金髪から漂う、鼻腔をくすぐる女の子特有の甘い香り。めちゃくちゃ良い匂いがする。やべえ。

 しかし、それらを感じさせる当人はまだ目をつぶったままだ。

 

 ……いや、落ち着け、俺。今はそんなことよりも大事なことがある。

 それは――、


「よっしゃああ!! 討ち取ったりぃぃぃ!」


 無防備な彼女の首に木剣を添える。

 これは、一本取ったと見て良いだろう。


「ヘレナさん! これは俺の勝ちでいいですよね?」


「――へ? ……え、ええ。勝者、トオルさん……」



 ――こうして俺は初めての決闘で、初めての勝利を手にしたのだった。


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