第3話 『不釣り合いな決闘』
「――で? 武器は決まったのかしら?」
「ああ、これにする」
彼女に例の剣を見せる。
というより、さっきから気になっていたことがあった。
「そういえば、お前の方こそ武器なんて持ってねえじゃねえか」
「なによ、そんなことね。私は精霊術師だから、武器なんて必要ないのよ!」
そう言って「凄いでしょ!」とドヤ顔で無い胸を張った。
だが、その精霊術士とやらがどんなものかが知らないから、凄さがよく分からない。まあ、珍しくはあるのだろう。少なくとも俺は見たことがないからな。
「……精霊ってことはさっきのあのふわふわしてたやつを使って戦うってことか?」
「あの子は光の精霊だから、あの子単体での戦闘力はないわ」
彼女の口ぶりからすると、どうやら精霊はあの一体だけではないらしい。
――と、そんなことをしていると俺達に近づいてくる足音が二つ。
「――お二人とも、お待たせしました」
「ああ、ヘレナさん」
いろいろ手続きが終わったのだろう。後ろに白い神官服をかぶった男の人を連れてやってきた。
「冒険者間での決闘は、原則職員と神官、最低一人ずつの立ち会いが必須なので」
事情に詳しくない俺に補足説明を入れてくれた。冒険者が勝手に決闘して死んでもらっては困るということだろうか。
と、なると後ろにいる男の人は回復魔法が使える神官、とやらなのだろう。確かに如何にも神官だ。
「じゃあ準備もできたみたいだし、やるか」
ヘレナさんに焼き鳥を渡して、決闘場の真ん中に移動する。
すると、フィーネリアが躊躇いがちに、
「……ほんとにいいのかしら? 実力差がありすぎると思うのだけれど」
「そっちこそ自分の心配はしなくていいのか? 慢心していると足下を掬われるぞ?」
確かに彼女の力は未知数。だが、何故だろう。
根拠の無い自信。虚勢かもしれない。ただ、俺の第六感が囁いている。
――俺はこいつより強い。
勘。直感。元の世界にいたときには無かった感覚。だが、信用できる。
「……えっと、お二人ともよろしいでしょうか。決闘の条件は――」
「私が勝ったらその焼き鳥を手に入れる、そして万が一私が負けたらトオルの奴隷になる。それだけよっ!」
「「――はあっ!?」」
素っ頓狂な声を出す二人。今まで黙っていた神官の人もこれには驚いたようだ。
それも仕方ないよね。だって条件がアホアホだもん。
「えっと、それは流石に条件が釣り合っていない気がするのですが……」
「私が勝つから問題ないわ! ……ああ、それと、この決闘はこの子を通じて行うわっ」
そう言ってさっきと同じように精霊を呼び出す。
それを見たヘレナさんは一瞬驚愕の表情に変わった後に絶句した顔になった。
「――精霊。……フィーネリアちゃん、本気?」
「トオルが逃げないとも限らないからね!」
どうやら精霊を通して決闘をする、というのはかなりヤバいらしい。ヘレナさんの反応でわかる。
ただ、彼女にとってはこの行為はあくまでも俺が逃げないようにするための保険、程度の認識か。
「シア、決闘の仲介をしてほしいの。条件は――」
すると彼女がその精霊に親しみを込めて優しく語りかけ始める。へえ……そんな顔もできるのか。ちょっと意外だ。
彼女が何かを言い終わると、精霊は承知した、という感じで少し光量が強くなった。
「こっちも準備できたわ! もう後戻りできないわよ!」
「……よし、いいだろう、かかってこい」
木剣を構えて彼女に向ける。頑張れよ俺の相棒。
握る力を込めていると、フィーネリアは目を見開いて、
「後戻りできないのよ!?」
「ああ、それがどうした」
「…………まあ、いいわ。私は焼き鳥さえ手に入ればそれでいいのだし……。その、できるだけ痛くないようにするから、投降は早めにするのよ?」
「ふん、ぬかせ! それはこっちの台詞だ!」
わがままで傲慢で。どうしようもない彼女だが、優しさとやらはあるらしい。
だが、こちとら喧嘩を売られた側。今の俺にとってはそれが煽りにしか聞こえない。
「……えっと! お二人とも、ちょっと待ってください、ルールの確認をします」
今にもおっぱじめようとしたところで制止の声がかかる。ああ、そういえば勝利条件とか全く決めてなかったな。
「この決闘の勝利条件は、相手を気絶又は降参させること、加えて第三者から見て勝者が明確になった場合もそうです。そして、魔法なども全て使用可能。それでよろしいですね?」
ヘレナさんの口ぶりからするとそのルールが一般的なんだろう。勿論異論は無い。
「それで構わないです」
「わかったわ」
声が揃う。こいつ、俺にわざとハモらせてきてるんじゃないだろうか。
彼女を睨むと当人も俺を睨み返してきている。同じことを考えていたようだ。
「……よほどの怪我でなければ彼が治してくれるので、そこは気にしないでください」
なるほど、それなら容赦無くこいつをぶちのめせるな。
「でも、回復魔法で治せる範疇を超えた怪我をさせること、それと言うまでも無く殺人は御法度です」
「当たり前です」
「当然よ」
またハモったので睨み返す。彼女も鋭い目つきで俺を見ている。
「……トオルさん、あの子はこの街唯一の精霊術士です。絶対に無理はしないでください」
睨み合っていると、ヘレナさんがそっと俺の方に来てそう耳打ちしてくれた。
どうやら、ヘレナさんは俺が勝てるとは思っていない様子だ。
あいつ、もしかしたらこの街では結構名が知れているのかもしれない。
「大丈夫です。負ける気がしないので」
「……トオルさんって、もっと冷静な人だと思っていました」
第六感から感じたことを正直に言ったら、無謀と思われたらしい。心外だが、まあいい。
「まあ、見ててくださいよ」
「……わかりました。危ないと判断したら、私がすぐに止めに入るので」
そう言って、彼女は背を向けて定位置に向かった。
俺のことをかなり心配してくれているようだ。少し嬉しくもあるが、申し訳ないが必要ない。
「――では、お二人とも準備はよろしいでしょうか?」
十分に距離をとったところで、彼女から手を挙げてそう確認される。
「はい」
「いいわよ」
俺たちの返事を聞いて、ヘレナさんが頷く。そして手を振り下ろし――、
「では、決闘――開始!」
――始まりの合図が告げられた。
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