第2話 『冒険者ギルド』
「着いたな」
見慣れた外観。その建物には、剣と盾が交差しているマークが書かれている看板が貼り付けられている。
お昼時とあって朝ほどの活気はないが、それでも人はいた。
――冒険者ギルド。
この世界に来た時、俺の食い扶持をつないでくれた組織。
このデイドラという街はいわゆる王都というやつで、この世界でも一二を争う規模の街らしい。なので、普通は一つの街に一つの冒険者ギルドが、この街には四つあるとのこと。
東、西、南、北。と一つずつ。
俺はずっと南の地区で生活をしていたので、当然南の冒険者ギルドを使っていた。
で、それがこのギルドだ。
「……ほんとに来ちゃったのね」
「どうした? 今更ビビってやっぱりやめてください、とでも?」
「――っ! そんなわけないじゃない!」
俺の煽りに対して面白いくらいに反応してくる。ういやつめ。まあ、今はこれくらいにしてやろう。
「じゃあ、入るか」
ギルドの扉に両手を押して開く。思ったより勢いよく開けてしまったので、かなりの音が鳴ってしまった。
その影響で、ギルドの中にいた人達の視線が一斉に集まる。
「――ん? ああ、トオルさんじゃないですか。と、そちらの方は――フィーネリアちゃん!?」
すると出迎えてくれたのは、頭のてっぺんに亜麻色の猫耳をつけている――いわゆる獣人の綺麗な女性だ。ギルド一の人気受付嬢らしい、とどっかの酔っ払いが言ってたっけ。
「ああ、ヘレナさん。お勤めご苦労様です」
「……え、あ、はい。ありがとうございます。――じゃないですよ!」
カッと目を見開いて俺の方に乗り出してくる。こんなに落ち着きの無い姿を見たのは初めてだ。どうかしたんだろうか。
「えっと、どうされました?」
「どうされました? じゃないですよ! なんでトオルさんがフィーネリアちゃんと一緒に入ってきたんですか!」
「ああ、決闘をするためです」
「――はあっ!?」
ヘレナさんが理解不能、といった顔をする。
しかし数秒考えた後、何か結論が出たのか顔を明るくしてこちらを向き、
「ああ、もう、トオルさんったら冗談がお上手――」
「――いや、彼の言う通り決闘をしに来たのよ」
左方向からよく通った声が響く。流石にギルド内だからだろうか、ふざけた調子はない。言っている内容はふざけているが。
すると彼女の否定の言葉を聞いたヘレナさんが、躊躇いがちに俺の方に顔を向けて、
「トオルさん……もしかして、何かフィーネリアちゃんに悪いことでもしたんですか?」
「いや、俺は被害者です」
これだけはきっぱり言わなければならない。一番重要だ。
後、彼女の名前はフィーネリアと言うらしい。ヘレナさんが名前を知っているということは二人は面識があるということなんだろう。なら話が楽だ。
そう思ったが、ヘレナさんは俺の答えが腑に落ちていない様子で、
「えっと、喧嘩の発端は?」
「うーん、喧嘩というか、彼女が一方的に俺の焼き鳥を奪おうとしてきて――」
「あなたがすぐにその焼き鳥を寄越したら解決したじゃない!」
「なんだとぉ!?」
俺とフィーネリアの目線の間に稲妻が走る。
こいつ、自分がしている事に罪悪感を抱いていない。なんて奴だ。
「……ええっと、それって決闘するほどのことなんでしょうか?」
ヘレナさんが遠慮がちにそう問いてくる。が、
「それは違います」
「それは違うわ」
同時のタイミングでヘレナさんに振り向く。こいつには決闘で痛い目を見て反省させなければいけないのだ。
「ひっ」
……おっと、恐がらせてしまった。
そのつもりは無かったのだが、気が立っていたようだ。ちょっと反省する。
見ると、周りには騒ぎを聞きつけてわらわらと冒険者達が集まってきてしまっていた。
この時間帯にギルドにいるということは、昼間からギルドに併設されている酒場で飲んだくれている奴らばかりだろう。
そういう奴らに限って、酒のツマミにするためこういうイベントは大好物なことが多い。
「おいあの子、あのフィーネリアじゃないか?」
「マジか!? うわ、直で見たらめちゃくちゃ可愛いな」
「隣にいるのは――トオルじゃん、何してんのアイツ」
「そんなことより、彼女が王都いるってことは他のメンバーも――」
口々に好き勝手に言ってくる。俺はこういうのがあまり好きではないので、非常に居心地が悪い。早々と抜け出した方がいいだろう。
「おい、フィーネリア」
「……なによ、トオル」
名前で呼ばれたのが意外だったのか、少し返答に間が空いた。
彼女もヘレナさんとの会話で俺の名前を把握していたようだ。ちょっと間延びしてるけど。
彼女の返答を確認したので、手に持っている焼き鳥を見せつけるように前に出して、
「さっさと『決闘』するぞ。焼き鳥が冷める前に」
事の発端となった焼き鳥も早く食べてくれと懇願している気がする。……とは言ってももう結構冷めてる気もするが。まあ、そんなことは気にしない。
フィーネリアは俺の提案を聞いて、顎をしゃくり肯定の意を表して、
「それは同感よ。……ヘレナ、決闘場を借りるわ。決闘代は私の口座から落としといて」
決闘代とかあんのか。決闘するのにもお金がかかるらしい。ってか、それってもう新しい焼き鳥買えばいいんじゃね?
「その焼き鳥じゃないとだめなのよっ」
俺の目線で察したのだろうか。聞くより先に答えを言ってきた。
こいつ、頭は弱そうだけど勘は鋭いタイプだな。
△▼△▼△▼△
ギルドの奥の扉を開けると、そこは訓練場だった。
かなり広い。王都の地価を考慮すれば、おのずと冒険者ギルドの規模のデカさが窺える。何人か素振りや弓の練習をしているのが見える。
そこの端の方に柵で区切られたスペースがある。テニスコート一面分ぐらいだ。あれが『決闘場』なのだろう。
フィーネリアは迷わずその方向に向かうのでついて行くと、彼女が何か思い当たることがあったのかこちらに振り向いて、
「そういえばあなた、冒険者ランクはいくつなのかしら?」
「Fランクだけど?」
歩きながら問われたので正直にそう答える。嘘をついても仕方が無い。冒険者を初めてまだ一ヶ月経っているかどうか怪しいのに、そんな簡単にランクが上がってもらっては困るだろう。
しかし、俺の答えを聞いた彼女は一瞬ぽかん、とした顔になった後、
「――ぷぷっ! Fランクなのに私に勝とうとしてるのかしら? わははは! ごめんなさい、笑いが止まらないわ!」
一回吹き出したのを皮切りに、彼女は堪えきれない、といった感じで爆笑し始めた。
愉快そうな顔が妙にムカつく。
「あ゛あ゛ん? お前みたいな、か弱い女の子を倒すぐらい造作もねーからな?」
「ぷっ! 威勢だけは一人前ね」
口ではそう言ってるが、実情はそうでもない。
実は、この世界には魔法というものが存在する。それは人智を超えた
これを扱うにはいくら肉体を鍛え上げてもダメで、『適正』と『魔力』とかいうやつの正しい使い方を学ぶ必要性があるらしい。と、いうのはヘレナさんから聞いた。
というわけで、前の世界のように全てが腕っぷし、というわけでもないのだ。つまりは見た目で強さが推し量れるわけでもないということになる。
要は目の前にいる如何にも魔法使い然とした服装をしているこいつも、それが扱えるなら実は強いんじゃないかということだ。まあ、弱そうだけど。
「――そういえばあなた、武器は? 魔術師でもないわよね?」
「戦ったことなんてないから持ってるわけねーじゃないか」
「あなた、決闘する気あるのかしら……」
フィーネリアが武器類の所持を尋ねるという、銃刀法違反を取り調べる警察みたいなことを聞いてきた。
なので無実を主張すると、何故かゴミを見るような目で見られてしまった。解せぬ。
だが、俺はマゾ体質でもないので卒倒するようなことはない。断じて。
や、ちょっと待てよ――。
「いや、あったわ。武器」
「……隠してたのね。で、どんな武器よ?」
「これ」
「ん? どれよ?」
「いや、だからこれだって、や・き・と・り!」
は、何言ってんのこいつみたいな顔でこっちを見てくる。視線が冷たい。
しかし、俺が言っていることは決して冗談で言ったつもりはない。
何故だか知らんが、この焼き鳥、妙に
手に馴染むというか、扱いやすいというか。そんな感じ。
試しに素振りしてみる。
ギュンッと気持ちのいい音が鳴った、が――、
「――あっ!」
遠心力の勢いでスポっと焼き鳥が串から離脱して飛んで行った。
――ヤバイ! 俺の焼き鳥!
考えるより先に体が地面を踏み込む。やけに足がめり込んだ気がしたが、焼き鳥の進行方向に回り込めた。
そこで焼き鳥が通るであろう道筋に串を待ち構えさせ――ドッギングさせた。
……ふぅー、無事にキャッチ出来た。
危ない危ない。今度からは焼き鳥を素振りする時は気をつけよう。滅多にそんな機会ないと思うけど。
「…………え? ……今何が――ハッ! 焼き鳥を武器にするなら、この決闘はなしよ! 本末転倒だもの!」
彼女が我に返ったようにそう怒り出した。
でも確かに、焼き鳥を武器にして戦ったら、誰が決闘に勝ったとしても結局本命の焼き鳥食べれない、という虚し過ぎる結末に終わってしまいそうだ。それは俺も困る。メリットゼロだ。
しかし、
「いや、でも俺武器無いし」
「そこに立てかけてある武器なら無料で貸してもらえるわ!」
「なら最初からそう言えよ……」
それを知っていれば焼き鳥を武器にするとか言う必要無かったじゃねえか。
心の中で悪態をつきつつ、指された方向にある武器を吟味する。剣、斧、メイス……色々あるみたいだ。
「ま、普通に剣でいいか」
あまり武器で女の子を傷つけたくないが、流石に素手で決闘、とはいけないだろう。
焼き鳥を左手に持ち替えて刃が潰されている木製の剣を手に取る。
刃渡りは四十センチ程度。片手剣、という分類に入ると思う。
……うん、焼き鳥より
一応素振りしてみる。焼き鳥よりも良い音が鳴った。
うん、いい感じだ。武器なんて持ったことがないはずだが、なんとなく扱いが分かるし。
よし、相棒は君に決めた。
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