勇者パーティーの美少女エルフを奴隷にしてしまった件

インスタントなオレンジ

序章

第1話  『焼き鳥争奪戦』




「決闘よ!」


「はぁ?」


 今、俺は目の前にいる妖精のような女の子からいきなり決闘をふっかけられているところである。


 何故、こんなことになってしまったのか。


 それを説明するには、少し時間を遡る必要がある。



 △▼△▼△▼△



 俺の名は一条いちじょう とおる。普通の高校生――だった男だ。


 だった、というのは今ではこの『デイドラ』という街のFランク冒険者になっているからだ。



 それは何故か。実を言うと俺もよく分からない。


 ただ、気がつけば真っ白な空間にいて、そこで突如女神みたいな人が現れて「あなたはこのままだと死亡するので別世界に転移させます」と、告げられてこの世界に飛ばされたのは覚えている。


 この世界で初めに見たものは、このデイドラという街だった。

 中世ヨーロッパのような街並み。頭にケモ耳が付いている人間。見たことがない生き物が運んでいる乗り物……。そう、まるで異世界の定番のような街だった。


 あまりに突然の出来事にその時はとことん驚いた……。ただ、飛ばされたのが無人島とか樹海の中ではなくて安心したのを覚えている。

 後、現地の言葉と文字を元の世界で見たことがなかったのに、何故かすんなりと理解できた。あの神様のおかげということなんだろう。


 それからというもの、俺はおそらくこの街に溶け込めるよう、あの神様が見繕ってくれた服のポケットに入っていたなけなしのお金を使って、『冒険者ギルド』というところで冒険者登録をして、一ヶ月間くらい薬草採取とか雑務とかをこなして、なんとか生計を立てることに成功した。

 ここらへんは俺のラノベ知識の賜物と言えるだろう。この世界が俺の知っている異世界のイメージとほぼ全て合致したのも原因かもしれない。



 そしてある日、俺は昼食を食べるために露店街に出た。――で、今に至るという訳だ。


「――決闘つっても、俺はこれを買っただけなんだが」


 そう言って串に刺さっている焼き鳥を見せる。ジューシーかつ香ばしい匂いを漂わせている。早く食べたい。


「それよ! それ! それが最後の一本なのよ!」


「それで?」


「私に寄越しなさい」


 彼女はさも当然かのように、そう要求する。

 なんだ、そんなことか。そんなの当然――、


「断る」


「うん、物分かりが良――はぁ!?」


「何がはぁ!? だよ。可愛いからって全部自分の思い通りに行くとでも思ってんのかぁ? こっちはもう金払ってんだよ!」


 いきなり話しかけられたと思ったら、礼儀のかけらもない内容だったのだ。思わず声が荒ぶる。


「くっ……私、こう見えてもSランク冒険者なのよ? 私に喧嘩を売ったらどうなるかわかってるのかしら?」


「ふーん……」


 彼女を観察する。


 長く伸びている金糸のようなきめ細かい薄い金髪。青空を体現したかのような綺麗な碧眼。陶磁器のような真っ白な肌。

 まだあどけなさが残りながらも、どことなく上品さを感じさせる顔立ちは、恐らく俺が人生で見てきた中で一番整っていると思う。他と比べるのもおこがましいくらいに。

 鼻筋もスッとしていて、口も小さく可愛らしい、という感想が真っ先に出てくる。

 服装も華美な装飾はしておらず、白いローブなようなものに身を包んでいるだけだ。だが、その簡素さが寧ろ、彼女の美しさを際立たせる方向に持っていっていた。


 ――そして、その両端にひょこっと覗かせている耳は妙に横にとんがっている。……うん、なるほど。これが噂のエルフか。初めて見た。


 ただ、全く強そうには見えない。背も俺より小さい。百六十センチちょっとぐらいだろうか。

 観察すればするほど、か弱いという印象しか残らなかった。


 なのにSランク?

 俺でさえコツコツ依頼こなしているのにEランクに昇級できる気配が無いのだ。

 まあ、せいぜいハッタリだろう。


「なるほど。冗談は顔だけにしろ」


「はぁ!? あなたねぇっ、信じられないって言うなら――」

「――ごめんよ嬢ちゃん、今日はもう在庫がねえんだ。明日もっかい来てくれねぇか?」


 俺が厄介な相手に絡まれたと思っていると、焼き鳥屋のおっちゃんが助け舟を出してくれた。

 俺はこの店に来るのは五回目くらいなので、顔も覚えてくれているはずだ。まあ、こいつの方が常連っぽいが。


 しかし、彼女は仲介に入った焼き鳥屋のおっちゃんに振り向き、キリッと目尻を吊り上げて不服を主張し、


「嫌よ! この焼き鳥を食べないとやる気がでないのよ!」


「ええ……」


 確かに、ここの焼き鳥は美味い。その割に結構手頃な値段なのでまた食べたくなる不思議な魅力がある。

 なんでも魔物とやらの肉を使っているのだとか。俺は生きている魔物には会ったこと無いけどな。


 まあ、だからこいつがこの焼き鳥に固執する理由も大体分かる。ただ、人から奪おうとするのはどうかと思う。

 焼き鳥屋のおっちゃんもお手上げ、という感じの表情だ。


「――いいわ、さっきは冗談のつもりだったけど、決闘を申し込むわ!」


「断る」


「――っ! なんでよ!」


「俺がその決闘を受けるメリットがない」


「……それもそうね。――なら、こうするわ。私が勝ったらあなたから焼き鳥を貰う。そしてもし、あなたが勝ったら私はあなたの奴隷になるわ!」


 彼女は自身満々にそう言い放つ。自分が負けるケースは頭に無いようだ。

 彼女の言いぶりからするとこの国には奴隷制度というものが存在しているらしいと見て良いだろう。

 俺がイメージしている奴隷と彼女が言う奴隷が一致しているなら、こいつは焼き鳥一本のために己の身体を賭けると言っているのだ。……いくらなんでもそれはやり過ぎなのでは?


「随分とデカく出たな。けど、その約束は保証されるのか? 俺の目を騙せるとは思わない方がいいぞ?」


 言うだけ言って、負けた時に約束を反故にされれば意味がない。

 俺はこういうのには用心深い。何度か口車に乗せられて痛い目に遭った経験があるからな。

 のだが、彼女は俺の懸念など意に介した様子も見せずに、


「それについては安心なさい、決闘にはこの子に立ち会ってもらうわ!」


 そう言って彼女は胸に手を当て、何かを唱える。

 すると俺達の間に光が集まっていき――、


「なんだこれ」


「精霊よっ」


 フワフワ浮いている白い光の玉みたいなのが出現。初めて見る。これが精霊というやつらしい。

 精霊ってなんか凄そうな響きだが、目の前にいるのはただの光の玉だ。なので驚きはあまりない。

 ……ただの光の玉でも浮いているだけで非科学的なんだがな。俺が異世界に慣れてしまっているのだろう。


「この子を通して決闘を行うと、効力が発生するのよ。精霊は契約が絶対なの。言うなれば、約束を反故にできなくするのよ。だから、あなたは大人しく焼き鳥を私に寄越さなければならないってことよ!」


 へぇー、精霊ってそんなことできるんだ。便利だな。

 しかし、彼女の中では焼き鳥を手に入れることは決定条件らしい。随分と舐められたものだ。


「いいのか? そんな条件で」


 一応確認する。焼き鳥一本に身体の自由。どう考えても釣り合っていない。後でやっぱなしと言われたら困る。

 そんな俺の懸念を他所に、彼女は心底俺を見下した目線で、


「あなたに負けるはずがないもの!」


 と言い放った。

 どうやら、彼女はわがままな上に傲慢らしい。いわば幼い、というやつだ。


「……あと、法とかに引っかからないのか?」


 女の子を奴隷にするとか犯罪臭がプンプンするのだが、大丈夫なのだろうか。

 持ちかけられた決闘を受けただけで衛兵さんに捕まる、なんてことになったら笑い話にもならない。

 すると、彼女は『なんだ、そんなことね』と言わんばかりの表情で、


「それも大丈夫よ! だって私はSランク冒険者なんだもの!」


 根拠はよく分からんが、大丈夫らしい。


 ……しかし、ふむ。

 正直、外見は俺のドストライクだ。本音を言うと宿に泊まっている時一人じゃ寂しかったので、こいつを抱き枕にするのは魅力的に感じる。抱き心地良さそうだし。


 ――よし、決めた。


「すみません、おっちゃん。……ちょっと決闘してきます」


 俺は負けても、失うのは焼き鳥一本だけ。

 しかも、この世界に来て戦闘なんてしたことが無いが、相手は女の子だ。いける。


 ローリスクハイリターン。


 それに、この世界の住人がどんな戦い方をするのか自分の目で見てみたい。

 彼女はSランク冒険者と自称していた。それはハッタリだとしても、精霊とかいうやつを出していたからそれなりに強いのかもしれない。まあ、弱そうだけど。


「……ああ、ちょっと、おい! 兄ちゃん!」


 おっちゃんは自分の焼き鳥が原因で争いが起きていることに複雑な気分なようだ。

 背後から引き留める声が聞こえる。だが、俺は足を止めない。


「その決闘、受けよう」


「……え? あなた、正気なの? 私はSランクの冒険者よ? 悪いことは言わないから、大人しくその焼き鳥を渡しなさいよ」


 どうやら、俺が決闘を受けることは想定外だったようだ。俺がビビって焼き鳥を渡すとでも思い込んでいたらしい。


「正気だ。で、どこで決闘をするんだ? 流石にこの通りで、とはいかんだろ」


「……え? ……あ、うん。冒険者ギルドの訓練場に決闘場がある、わ」


 冒険者ギルドなら場所は分かる。ここから数分の距離だ。


 俺達はそこを目的地に設定して歩を進めた。


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