第7話 手紙を書いた日

 中学を卒業し高校入学を控えた、2年前の春休みだった。

 その日自室にいた僕に、母が少し緊張したような声で話しかけてきたのを覚えている。


「優介、ちょっと」

「何?」

 母の顔が見えるところまで出ていった。ただならぬ雰囲気に、何かやらかしただろうかと不安になる。

「市川咲音ちゃんて覚えてる?」

 覚えているも何も、ラジオ仲間の彼女だ。なぜ彼女の名前が出てきたのか分からず、少し戸惑いながら頷いた。

「分かるよ」

「その市川さんが、事故に遭って亡くなったって」

「え?」

「一昨日、交通事故で亡くなったって。中学校から連絡が来たの。明日お葬式らしいんだけど、行く?」

 何を言われているのか理解できなかった。少し前の卒業式でだって話したばかりだ。高校は違うけれど、面白い番組を見つけたら教えあおうと連絡先だって交換していた。

「……行く。結構仲良かったんだ」

「そう。なら、手紙でも書いたら?入れさせてくれると思うから。服は、中学校の制服でいいからね」

 ラジオにメールを送りたいと思うことはあっても、周りの誰かに手紙を書くなんて考えたこともなかった。でも、お別れの言葉を伝えられるのは、きっとここしかない。

「うん。そうする」

「うちにあるレターセット使っていいよ。優介でも使えそうなシンプルなやつもあったと思うから、探してみて。どれでも好きなの使っていいから」

「分かった」

 僕が答えると母はリビングへ戻っていった。

 あまりに突然すぎて、実感が湧かなかった。自分の感情も、書きたいことも、伝えたいことも、何も分からなかった。


 あの日母に勧められるがまま、シンプルな白い便箋ときれいなクリーム色の封筒を選んで机に向かった。便箋1枚に収まるような短い手紙だったけれど、長い時間をかけて悩みながら書き上げた手紙だった。

 真新しい高校の制服を着て箱の中で眠る彼女を見ても現実味は無いままだった。彼女のお母さんに「ポケットに入れてあげて」と言われて、僕は少し緊張しながら右ポケットに封筒を差し込んだ。

 彼女が動くことはなかった。喋ることも、笑うこともなかった。

「それ、モクハチの?」

 もうあんな風に話しかけてくれることは二度と無いのだと急に気が付いて、少し泣いた。

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