第3話 ラジオの向こう側
「ねえ、それってもしかして、モクハチの?」
休み時間に突然話しかけてきた隣の席の女子は、僕がプリント入れに使っているクリアファイルを指さしていた。
そこには大きく8と描かれた黄緑と白と水色のポップな丸いシールが貼ってあって、それは彼女が言うように「モクハチ」というラジオのノベルティだった。
「そうだけど……」
今まで話したことなどなかったのに急に話しかけられたことと、まさか身近にこの番組を知っている人がいるとは思わなかったことの驚きで、うまく言葉が出てこなかった。
「えー!すごい!メール読まれたってことだよね?いつから聴いてる?先週のは?聴いた?」
彼女は嬉しそうに前のめりで質問を畳みかけて、それから急に我に返ったように身を引いた。
「急に話しかけてごめんね。まさか近くに知ってる人がいると思わなくて、嬉しくなっちゃって」
僕も全く同じ気持ちだった。
「去年の夏休みにたまたま車で聴いて、面白かったからそれから毎週聴いてるよ。1回だけお父さんがメール送ろうかって言ってくれて、その時に読んでもらえたんだ」
いつの間にか、嬉しくて楽しい気持ちが驚きを上回っていた。
その日をきっかけに、僕たちは頻繁に話をするようになった。
共通の好きな番組の話、たまたま見つけた面白い番組の話、相手に聞いてほしい自分のお気に入りの番組の話。
話題の大半がラジオに関してで、友達というよりも「仲間」という言葉のほうがしっくりくるような、そんな関係だったように思う。
当時僕は中学入学と同時に引っ越してきたばかりで、彼女は生まれたときからこの町で暮らしてきていた。
そんな僕らが、名前も知らない頃から離れた場所で同じ番組を聴いていたこと。
自分が聴いているラジオの向こうに、同じ時間を過ごす「誰か」がいると実感したこと。
昨日テレビでやっていたバラエティ番組の話をするよりも、もっと近くて運命的な、不思議な距離感だった。
そしていつしか僕は、ラジオの中の、人と人を繋ぐ側の人間になりたいと思うようになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます