なくした写真(中 ②)
コーヒーのおかわりを頼んでハムサンドに口をつける。シャキシャキのレタスと厚切りのハムにチーズとシンプルながら間違いのない組み合わせだった。マヨネーズに似たようなソースが入っているみたいだが、なんだろうか?考えながら食べているとはじめさんと呼ばれていた人がコーヒーを持ってきてくれた。
「サンドイッチ美味しいでしょ?そのサンドイッチに使ってるマヨネーズはうちのお店の手作りなんだ」
「はい、これまで食べたサンドイッチの中で1番美味しいです。マヨネーズって手作りできるものなんですね」
「作れるようになるまでは大変だけど、一度作れたらもう簡単だよ。それより、ここのコーヒーはどうかな?一応店の看板なんだけど」
「すごい美味しいです。ブラックで飲んでるはずなんですけど、苦いだけじゃなくてコーヒーそのものの甘みみたいなのがあって、いくらでも飲めそうな気がします」
「ふふっ、そんなに褒めてもらえると嬉しいよ。コーヒーって君が言ってたみたいに本当に美味しいものは甘みがあるんだよ。それもしつこく口に残るようなものじゃなくて、さっぱりとした甘みだからそんなにくどくないんだ」
「はじめー、できたよー!」
「呼ばれちゃったからいったん失礼するね。お会計は少し待っていてもらってもいいかな。きっと君も気にいるから」
「あ、はい分かりました」
そう言って厨房に戻っていくはじめさんは厨房に戻ると、帰ってきた時には片手に美味しそうなプリンを持っていた。横にはさっきまでフロアにいた女の人もいる。
「プリンは食べられる?いまメニューにあるプリンを改良中で色々なソースをかけているんだ。これは手作りのりんごジャムをかけたものなんだけど、コーヒーと一緒に食べて合うかどうか感想を聞かせてよ。試作品だからお金はいらないよ」
「え、本当にいいんですか?こんなに美味しそうなものいただいてお金払わないなんて」
「お金の代わりに素直な感想を聞かせてくれれば十分だよ。お願い⋯⋯えーっと名前はなんでいうのかな」
「あ、三鷹周です。⋯⋯分かりました、せっかくなんでいただきます。⋯⋯すごいおいしいです。プリンと甘みとりんごの酸味がコーヒーとちょうどよくて」
「それはよかったよ。このプリン、あそこいにいる僕の妻が作ったんだ。ゆめ、プリンおいしかったって」
「本当に!ありがとう周くん!」
「いえ、こちらこそこんなに美味しいデザートを食べさせていただいてありがとうございます」
「どういたしまして!」
2人と会話をしながらプリン食べていると、ふと昔母がこれと同じようなプリンを作ってくれたのを思い出した。甘いものが大好きだった周にとってそのプリンはご馳走で、学校や習い事から帰ってきてそのプリンがあるとどんなに辛いことがあっても自然と笑顔になれていたのを覚えている。あの時期ぐらいだろうか、父親の趣味だったカメラに興味を持ち、部屋に忍び込んではカメラを持ち出して色々な写真を撮り始めた。父親もそのことを怒ることはなく、むしろ構図や撮り方などカメラの知識を教えてくれた。その結果、周は今でもカメラを趣味として続けている。
昔のことを思い出していると、ふと2人が周のことを心配そうな目で見つめていることに気がついた。
「えっとー、そんなに見つめてどうかしましたか?」
「ああ、ごめんごめん、あまりにも君が険しい顔をしていたから気になってしまったんだ。そういえば、ここにきた時も似たような顔をしていたけど、何か悩み事でもあるのかな?」
「いや、そんな大したことではないんです。ただ、このプリンと似たようなものを昔母が作ってくれて。それを思い出したらどんどん過去のこと思い出しちゃって。昔は何にでもなれる気がしたのになって」
「何か将来のことで悩んでいるのかな?さっきゆめに大学生といっていたし、もしかして就活のことかい?」
「⋯⋯すごいですね。その通りです。自分がどんな仕事をやりたいのかとか、本当にやりたい事っていうのがわからなくて。それでも自分の周りには明確な意志とかビジョンを持っている人しかいなくて、自分が他の人に置いてかれてしまっている気がするんです。」
あらためて言葉に出すことで自分の悩みが浮き彫りになった気がした。自分が何もできずその場で足踏みをしている間に何歩も先をかけていく仲間たちをみていることが耐えられないのだ。楽しそうに将来に向けて駆け出していく仲間たちに対して自分にはない輝きがある気がして醜い嫉妬を抱いてるのだ。
目の前にいる2人を見つめる。2人はなぜこの場所で喫茶店を始めたのだろうか。今日食べたものを見てもなんとなくでこの店を始めたわけではないことはすぐに分かる。それに2人の話している姿を見ると、今が本当に幸せなことも伝わってくる。
周は一つ深い息を吐くと2人を見つめてボソリと乾いた声でつぶやいた。
「はじめさんとゆめさんはどうしてこのおみせをやろうとおもったんですか?」
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