なくした写真(中 ①)

 ドアを開けて1番最初に感じたのは焙煎されたコーヒー豆のなんとも言えないいい匂いだった。次に月の光を思わせるような明るい、けれど優しいライトの光。この時点で周は喫茶店に入ることを決めた自分に花丸をあげたい気分だった。全体的に木でできた家具が多く、ライトの優しい光と調和がとれた内装になっている。



「おや、こんな時間にお客様なんて珍しい。いらっしゃいませ」



 声をかけられた方に目を向けてみれば、おしゃれなカウンター越しに爽やかな見た目のイケメンな男の人がこちらににっこりと顔を向けている。エプロンをつけているところと、先ほどの言葉から考えてもここの従業員だろう。



「お一人様かな?せっかくならこちらのカウンターにお座りください」



 うながされるままにカウンターの真ん中の席に座ってからしまったと思った。カウンターということはこの従業員が常に目の前にいるということだ。今ぱっと見他のお客さんがいないことから考えて、周の注文を出した後他の客が来なければ暇になる。そんな中で落ち着いて食事ができるだろうか。むろんできる人はできるだろうが、初めてきたかなり雰囲気のある喫茶店でいきなりそんな状況になってしまっては落ち着かない。こうなる前にどこか離れた席に座ってしまえばよかった。一度座ってしまった手前、やっぱり別の席にというのも言い出しにくい。諦めてこの席に座るしかない。



「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか?」


「このたまごサンドのハムサンドのセットをお願いします。ドリンクはコーヒーのブレンドをホットで」



 優しそうな笑顔を浮かべながら注文を聞いてくる従業員を見て、こういうのがモテるのかと思いながら注文をすると、お客さん、見る目ありますねなんて楽しそうに笑いながら厨房の方へ向かっていく。顔もかっこよければ話し方もかっこいいのか、どちらか一つでも分けてくれないのだろうかなんて考えていると、店の奥にある扉が開けられる音が聞こえた。向こうにも席があるのかと見てみれば、開いたドアから明るく染めたショートヘアーの笑顔が似合う可愛らしい女性が出てきた。



(この店の従業員は顔がいい人しかいないのか?)


「あれ、お客さんだ。いらっしゃい、ご注文は伺ってますか?」


「あ、はい。さっき男の人に伝えました」


「あ、そうだったんですね!失礼しました。あ、本当だ。ドリンクのコーヒーはサンドイッチと同じタイミングでいいですか?」


「えっと、それでお願いします」


「はい、じゃあもうちょっとだけ待っててくださいね。すぐ料理もできますので。それにしても、こんな時間にお客さんが来るなんて珍しいなー。お仕事かなんかの帰りですか?」


「ちょうど大学の帰りになんとなくぶらぶらしてたら見つけて。コーヒーの匂いがあまりにいい匂いだったんでつられてきちゃきました」


「本当ですか!すごく嬉しい。うちはコーヒーはかなりこだわっているので、そういってもらえるとすごく自信になりますよ!」


「おや、ゆめこっちにきてたのかい?」



 そう言いながら先程の男性がサンドイッチの乗ったプレートを片手に厨房から出てきた。



「もう、心配しすぎだよはじめさん。ただ道で転んだだけなんだから、そんなに大事にしないの」


「後になってからいたみがひどくなることもあるからね。それにこんなに空いているから僕1人でも大丈夫だと思ったんだよ。まあ、ゆめが大丈夫っていうなら本当に大丈夫なんだろう」


「そういうこと!あ、ドリンクのコーヒーはブレンドのホットであってますよね?今お入れしますね」



 あまりに仲良さげに会話している様子を見ていることしかできなかった周は最初自分に聞かれているとは分からず、反応ができなかった。



「⋯⋯あ、はい、お願いします」



 なんとも間抜けな反応をしてしまった自分が恥ずかしくなり席を移りたい気持ちが強くなったが、カウンターに置かれたサンドイッチを見てすぐにその気もなくなった。



「お待たせしました。こちらたまごサンドとハムサンドのセットになります。そしてこちらがセットのブレンドのホットです。ゆっくりとおめしあがりください」


「ありがとうございます」



 目の前に置かれたサンドイッチとコーヒを眺める。サンドイッチはカリッと焼かれたトーストにたっぷりと具材が挟まっている。ブレンドのホットコーヒーもとてもいい香りだ。



「いただきます!」



 最近の中で今が1番テンションが上がってるのではないだろうか。たまごサンドを一口食べると、卵のほのかな甘さとマヨネーズの酸味がいい具合に合わさっている。かすかに香る呼称もちょうどいい主張だ。


 あっという間にたまごサンドを食べ切って、一度コーヒーに口をつける。入れた瞬間にコーヒーの苦味が口の中を満たすが、あとからほどよい酸味と砂糖やガムシロップでは出せないブラック特有のほのかな甘みがやってくる。これまで飲んだどんなコーヒーよりも美味しくていくらでも飲めてしまいそうだ。


 そんな気持ちが表情に出ていたのだろうか、先程やってきた女の人がコーヒーは一杯おかわり無料だからねと教えてくれた。これはありがたい。こんなに美味しいコーヒーを一杯無料で飲めるのだ。おかわりしないわけがない。今日は本当に最高の夜ご飯だ。緩み切った顔を直そうともせずに周はコーヒーのおかわりを頼むのだった。

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