8話 元ヒロインとの再会の日

 到頭、アレンシアとの約束の日が巡って来た。アレンシアとの約束が午後からであるにも拘らず、既にカイルベルトがハミルトン家を訪問したと連絡を受け、フェリシアンヌは驚いた。ハミルトン家ではまだ色々と、アレンシアが来訪するまでは忙しく、早朝からガヤガヤとしている。カイルベルトの来訪には、屋敷の者全員が困惑していた。


フェリシアンヌやハミルトン家の使用人は困惑したものの、貴族の…然も高位貴族の令息であるカイルベルトを、放っておく訳にも支度を手伝わせる訳にもいかず、客間の1室に通し、フェリシアンヌも用意が出来次第、カイルベルトの対応をすることになった。それに彼には彼で、言い分があるようで。


 「フェリ、ごめんね。こんな朝早くから訪ねて。俺があまりにもソワソワしているものだから、ルストやマリーに追い出されてしまったんだよ。」

 「まあ…。そうだったのですね。…ふふふっ。わたくしのことを、心配してくださったのですか?…嬉しいですわ。ありがとうございます、カイ様。」


如何やらカイルベルトは、今日のことを心配し過ぎる余り、アーマイル公爵家の執事であるルストと、同じく公爵家のご令嬢であるマリーノに、「此処で心配していらっしゃっても、どうにもなりません。それほどご心配なさるのならば、どうかご自分でお確かめくださいませ。」と、追い立てられるように出されてしまったようである。カイ様は…心配性ですわね。まるで、旦那様あのひとみたい…でしてよ。


フェリシアンヌはそう思うと、心の中がほんわりと温かくなって行く。そんなカイルベルトが微笑ましく思えて、自然と笑みが零れた。そうすれば、彼も嬉しそうに微笑んでくれる。フェリシアンヌは前世の時のように、穏やかな時間だと…感じていた。彼女にとっても、でもあった。彼を追い出してくれたルストとマリーノに、彼女は反対に…感謝していたのだった。


彼には、既に他家の嫁いだ姉が1人と、未婚の妹が1人いる。マリーノは、カイルベルトの妹に当たる。この国の貴族は、一夫多妻制は認められていない為、姉も妹も同母を持つ姉兄妹きょうだいである。カルテン国で一夫多妻が取り入れられているのは、王族…それも、王になる者だけだった。


王族と言えども、王弟や王太子殿下の弟王子も、一夫一妻制である。国王若しくは国王になる王太子は唯一、側室を持つことが可能だ。これは、国王の血を絶やさない為である。決して…国王が好色家だからではなく…。この国で女王が誕生した事実は未だなく、今のところ王女は、カルテンの国王になることは認められていないのが現状で、王女は他国に嫁ぐのが当たり前となっていた。


その為カルテン国では、王子が誕生しなければ困ることとなる。王子が1人生まれても、この国の医療では未だ避けられない、死産や子供の死去も多いのが現状だ。王子は1人よりも、多ければ多い程良いとされる考えが、王子が1人死亡しても安心だという考えが、未だ蔓延している。その事実だけを理由にし、側室制度を貴族の欲の為に利用しようとする輩も、若干存在する。自分の娘を国王や王太子に嫁がせては、王族と親戚となる為の布石を作ったり、宰相などの重役になったりと、未だに王家の血縁者となり、鹿も存在していた。


フェリシアンヌにも兄と妹がおり、ハミルトン家の子供達も同母を持つ兄姉妹きょうだいである。愛人の存在は正式には認められていないが、前世の世界と同様に隠れて持つ者もおり、互いに了承している場合ならば、王家も世間も見て見ぬ振りをしていた。要は大きな問題を起こさないならば、許容範囲なのだろう。


但し、相手に愛人として無理強いしたり、愛人にしてほしいと貴族に強要した場合は、処罰対象となる。その線引きは非常に難しいが、当事者や家族がそう訴え、王家の方でもそれなりに調べた上で、判断されるようだった。特別な証拠がなくとも愛人強要したとして、処罰されることもある。


一部の貴族には愛人との間に子供を持ち、カルテン国でも異母兄弟は若干、存在している。しかし、カルテン国では愛人自体が少なく、その為異母兄弟の関係も少ない方である。少なくとも上位貴族には、存在しないとされていた。愛人の子供が差別や虐待を受ける…という言動は、何時いつの世も変わらなく存在し、そういう点ではカルテン国の揉め事は少ないと言えた。


文明的な大きな違いがない限り、後は…前世との違いは、そう変わらないと言えよう。貴族などの身分差は、前世の日本と比べれば…異なるけれど、彼女の祖国と比べるのならば、しれない。






    ****************************






 元ヒロイン・アレンシアが、時間通りにハミルトン侯爵家を訪れた。公爵家の門番が本人確認をし、侯爵家敷地内に通した後、お屋敷の玄関前で執事が出迎える。彼女は、先日から手紙を届けに来る使用人の彼と、一緒に訪問していた。彼は、護衛も兼ねているようで、「約束の時間頃になったら、また迎えに来ますね。」と言い残し、立ち去った。


メイドによってボディチェックを受けたアレンシアを、ハミルトン家・執事ロイドが客間に案内し、「お嬢様が来られますまで、暫しお待ちを。」と声を掛けると、メイドにお茶の用意を…と指示を出す。アレンシアは緊張している様子で、紅茶には手を付けずにジッと待っている。ロイドは彼女を冷静に観察し、以前に噂で聞いたような素振りが見られないことに、取り敢えず問題はなしと判断した。


アレンシアとの話し合いには、カイルベルトも共に同席する。彼も公爵家のご令息である為、危険があるような人物とは会わせさせられない…とするのが、ロイドの役目でもあった。少しでも不安要素がある場合、完全に取り除かなければならないのだ。もしも2人に何か起これば、ロイドでは責任が取れなくなる。だから、相手が少女1人だけだと言えども、…彼の役目でもある。


 「…お久しぶりですわね、アレンシア様。」

 「…お久しぶりです、フェリシアンヌ様。今回は、私の我が儘を聞き入れてくださり、ありがとうございます。」


そうしている間にも、フェリシアンヌとカイルベルトが2人揃って客間に現れた。アレンシアが即座に立ち上がり、フェリシアンヌから話し掛ければ、両者は漸く挨拶を交わすことが出来た。アレンシアは以前とは違い、高位貴族から掛けられる言葉を待ち、貴族らしい言葉ではなくとも丁寧な口調で、礼儀も守っている。但し、かなり緊張しているらしく、身体の動きもガチガチで、話し方もぎこちなかったのだが…。


特に問題がないと判断した執事とメイド達は、この部屋を去って行く。メイド達が軽く礼をして、先に部屋を出て行き、ロイドもメイド達が下がるのを見届けると、「何かございましたら、お呼びくださいませ。」と一言述べて出て行く。暫くの間と言っても1分経つかどうかで、こういう時には長く感じるものだが、アレンシアは明らかに何か言いたそうなのに、モジモジと指を動かしては、中々話し出そうとしなかった。この動作は別に、可愛い子ぶりっ子している…訳ではないだろう。


それでも、以前の彼女の悪行がある以上、フェリシアンヌも。イケメンであるカイルベルトが、アレンシアの目の前も居るにも拘らず、彼女の目には入っていない様子で。以前のアレンシアでは、考えられない光景でもあり…。仕方なく、フェリシアンヌから歩み寄ることにする。


 「それで…どういった御用ですの?」

 「あの…その前に、フェリシアンヌ様には…お詫びを申し上げたくて。あの頃の私は、この世界が乙女ゲームの世界だと知り、自分がヒロインだと思い込んでいました。フェリシアンヌ様のことも単に悪役令嬢だと…。最近になって漸く、自分の過ちに…気付いたんです。その…今更なんですけど、一言お詫びを言いたいと、理解してからは…ずっと考えていました。フェリシアンヌ様、本当にごめんなさい。謝って済むことではないし、許してもらえないかもしれなくても、それでも…今の気持ちだけは、お伝えしたかったんです。」


たどたどしくも、自分の本心を語るアレンシアに、フェリシアンヌもカイルベルトも、心底驚く。これが、あの時のヒロインと同じ人物なのか…と。アレンシアは自分の気持ちを打ち明けると、ソファーから立ち上がり頭を深く下げる。彼女が立ち上がった瞬間、つい身構えてしまったフェリシアンヌ達。しかし、ナイフとかの武器を持っていないのは、この屋敷のメイド達から確認が取れていた。過去のヒロインの行動の所為で、ついつい身体が反応してしまっただけである。


彼女は本当に、心を入れ替えたようだった。本心から謝っているように見えるし、誠意も感じられる。しかし、彼女の本当に言いたいことは、これだけではない…とも知っている。謝ることは序でかもしれない…と。話しを進める為にも、ヒロインを許すところから…であることは、フェリシアンヌも十分に気付いていた。どちらにしろ、もう既に許容してはいるのだが…。


 「……もう、済んだことですわ。貴方も反省をされたご様子ですし、わたくしは今更…気にもしておりません。但し、貴方がどうされたいのかに選っては、許せないところでしたわ。今は…貴方がが、何よりでしてよ。」

 「…許してくださり、ありがとうございます。あの、フェリシアンヌ様からのお返事には、私同様に日本語で…文字を書かれましたよね?…きちんと目を通しましたよ。つまり…フェリシアンヌ様も私と同じで、転生者なんですよね?」






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 今回、前作での元ヒロインが登場となります。漸く、フェリシアンヌとアレンシアが、再会する当日となりました。


また今回は、続編からの新キャラが、初登場しました。カイルベルトの妹マリーノが、ほんの少しだけ登場しています。


前半は、アレンシアが来る前の出来事となり、この世界の事情も加えての説明となりました。後半から漸く、元ヒロインが登場しています。挨拶部分でほぼ終わった為、アレンシアの本題は次回からになりそうです。

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