第23話 観測
豆腐の角に頭をぶつける、なんて言い回しを聞いた事がある。
実際にぶつけたらどうなるだろう。万一湯豆腐なら、頭皮に火傷を負って毛根が予後不良にでもなるだろうか。
ターゲットとなる転売屋に仕掛けた記憶の罠、そのトリガーであるビジネス情報番組が放送され、いよいよ当該の特集が始まった。・・・始まったのだが、ここで豆腐の角をぶつけられる様な衝撃が走った。いや、これを衝撃と言っていいのか。
「パチンコ?CR・・・豆腐?」
夜風が意味不明な単語を“復唱”した。
テレビ番組の放送予定には確かに、老舗豆腐メーカー起死回生の業績回復、その秘密に迫る、とある。
まさか、遊び心が高じてパチンコ台を作ってみたら意外にも大好評、などという内容だなんて、思いはしないだろう。
「・・・スーパーにがりチャンス?」
相変わらず意味が分からないという様子で、テレビから流れるワードをただオウム返しする夜風。
テレビの画面を指さしながら、スローモーションでこちらを振り向く。開きっぱなしの口に残っているタコ焼でも放り込みたくなる衝動を抑え、現状を整理する。
「これは、どうなんでしょうね。一応当該メーカーさんの特集番組ではありますが、これをきっかけに記憶を呼び起こすことが出来るかというと、若干アバンギャルドが過ぎる気がしなくもないですね。」
「し、しかたないじゃないですか。この番組でこんな色モノの企画なんて普通ないですし、番組表にもそんなこと、どこにも書いていないですし。」
何も責め立ててなどいないのに、言い訳を並び立てる。人智を超えた術技を操る我らが所長殿も、流石に未来までは見通すことは、出来ないらしい。
「まあ落ち着いて下さいよ、失敗が確定したわけじゃないですよね。これだけ斜め上の番組内容ならSNSでも盛り上がるでしょうから、いっそターゲットの目に付く機会は増えるんじゃないですか?」
とはいえ、ターゲットがこの番組を観ているとの言質は得ているので、こんなフォローは所詮気休めでしかない。
「それもそうですね。そもそも仮に失敗したところで困る事も無いのに、目の前の現実があまりに理不尽で、つい狼狽えてしまいました。」
コレばかりは気持ちは分かる。正直僕としても若干酔いが覚めたのでは無いだろうか。というか、酔い潰れて今まさに夢を見ている、ってことは無いよな。
「とりあえず、ターゲットが例のクラウドファンディングに手を出しているか、確認してみませんか?」
今更だが、仮にパチンコであろうとも、豆腐屋であろうとも、一切関係のないアニメグッズのクラウドファンディング。無理矢理トリガーに指定したのだから無理もないが、改めて整理する。
一体50万円のフィギュア製作、その半額以上は募金名目で科せられているというもので、実態はあくまで広告塔、当然入札など無い。実際昨日までは、購入されているのはせいぜい数万円程度のプランのみだった。
すでに目標金額までは集まっている様で、いくら特注品のためとはいえ、今さらこのプランに入札というのは、考えにくい。
コアなファンが居るコンテンツであれば、無くは無いかもしれない。だが、そうでは無いからこそ、夜風が罠として選定するに至ったのである。
つまり、こんなモノその後も高値で売れるはずはない。
僕の思考がまとまった頃、ようやく夜風も立ち直ったらしく、まずは確認しようと言う僕の提案に同意する。
「それもそうですね。なんだかもう、豆腐ショックのおかげで頭が回らなくなっていますが、とりあえず確認してみましょう。」
実験の締めだというのにも関わらず、もはや惰性という風情で、夜風はタブレットから当該サイトへアクセスした。
「おー、入札されてますね、3件。・・・3件!?」
ようやく落ち着いたと思ったところで、また突拍子もなく悲鳴ともつかない声を上げる夜風。とはいえ、3件って、確か一口50万円だったはずだが。
「本当ですね。これ、さっき見たときは確かにゼロでしたよね。」
宴会の残り香が漂う応接室のテーブルを迂回して、夜風のタブレットをのぞき込む。そこには確かに“3”とカウントされていた。
「えーっと、この企画は4種の商品が挙がっていたはずですが、他は・・・」
タブレットの画面を少女の細い指が走り、情報が切り替わる。画面上の商品は確かに表示が変わって行くものの、購入数には変わらず“3”の文字が示されていた。
さらにクラウドファンディングのトップページに戻ると、まだ上限には遠いとは言え、明らかに上位の桁が動いている。
「600万ってことですか、あの人、そんな余裕あったんですか?」
尊敬に値しない人物であるというイメージは変わらないが、流石に少し気になってしまった。こんなことを夜風に聞いても仕方ないと分かっていながら、つい聞いてしまったというところに、意外な答えが返ってきた。
「一応ですね、今回の企画の前には、ポルシェさんの与信調査は行いました。しかしこの金額は、かなりギリギリの線をいっていると思います。おそらくこの後、在庫を売り払ってどうにか、というレベルですね。」
「与信調査ってことは、お支払いできる範囲で嫌がらせしてやろうってことですか?やってることの割に、思いやりがあふれてますね。」
「本来、逆の意味もあったのですけどね。こちらが仕掛けたとして、ポルシェさんには痛くも痒くもない金額だったら悔しいじゃないですか。」
なるほど、そこそこダメージが残る程度に金額設定をしていた、ということか。
「それが、3倍買い込んでしまったと。」
「人の欲望というものを、少々甘く見ていました。自業自得の面もあるでしょうけれど、しばらくは三食、もやし生活でしょうね。」
何が彼をそこまで駆り立ててしまったのか。考えてみると、過去の、というか偽装現実世界での自分自身が、そこまで彼の信仰を買ってしまっていたと考えるのが妥当である。さすがに少しだけ申し訳ない。
「もやし、ですか。」
「美味しいですけどね・・・。」
実験の主旨を考えれば大成功と言って差し支えない成果が得られたというのに、どうにもテンションが上がり切らない空気になってしまった。
「まあ、ちょっとかわいそうですけど、ポルシェさんですし。」
そんな空気をざっくりと引き裂いて、切って捨てる上司。改めて、この人が自称であっても悪魔ということの信憑性が高まる。
「確かに、あの性格なら何があってもしぶといでしょうね。」
そして、その悪魔の手先が僕であった。
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