第19話 偽りの才能

 「突然ですが新橋さん、何か嘘を言ってください。」


 「実は、生き別れの兄が大名行列に追われていまして。」


 「却下です、ハリキリすぎですよ。それじゃこの後の話が進め難いじゃないですか。」


 唐突なリクエストにノータイムで、かつ条件を完全に満たす回答をしたというのに、ひどい言われようだ。


 「前にもありましたが、そう言うのであれば意図を説明してくださいよ。」


 「まったく、しょうがないひとですね。説明が分かりやすいように工夫しよう、という気づかいでしたのに。」


 この場合、“しょうがないひと”の称号は副賞を付けてお譲りしたいところだ。


 2020年3月。緊急事態宣言が発令されると、ターゲットとの接触も面倒なことになる。そうなる前に、プロジェクトの仕上げに掛かろうということで、今一度ポルシェと直接会って話しをする機会を調整した。


 夜風とはあらかじめ打ち合わせを行い、どのように罠に掛けるのか、その手段を一通り共有したところなのだが、直後にこの仕打ちである。


 「えっとですね、ここまで新橋さんの傾向を鑑みますに、ターゲットを騙すにしても、なるべく嘘をつかないように気を付けているじゃないですか。」


 「まあ、そうですね。嘘ってのは、出した分だけ覚えておかないと後々矛盾したことを言いがちですから。そこにリソースを回せるほど、僕の脳みそは高性能じゃないっていう自覚はあるんですよ。」


 もちろん、嘘を言わずに騙そうとする場合にも、同じことは言えるだろう。しかし、嘘にならないように、という意識を持ち続けて工夫している間は集中力も続く。そうすることで、つじつまを合わせやすくなっているとは思う。


 「単純に嘘は嫌いだから、って言っても良いんですよ?今おっしゃった様な理由もまた、嘘ではないのでしょうけれど。複数ある真実の一部を表にだすことで残りを隠す、新橋さんの傾向ですよね。」


 そういうところを見透かしてしまうのは仕方ないにして、本人を前にして直接言い放つあたり、いい性格をしている。


 「すみませんね、素直じゃ無くて。」


 「それは良いんですよ。むしろ素直な方では、ポルシェさんにすら嘘がバレてしまうかもしれませんからね。」


 どうやら肯定されたらしいが、褒められた気はしない。


 「とは言えですね、ここからは、きっちり嘘をついてもらう必要があります。なので、新橋さんがどの程度それらしく、自然体でエレガントに嘘を言えるのか、という所を見せて頂こうかと思ったんですよ。」


 「オーディションか何かですか?たしかに僕は役者じゃありませんけど、それなりにはやってみますよ。今まで嘘を抑えてきた甲斐もあって、矛盾したことを言わずに済みそうです。」


 何より、これが仕上げと言うのが好都合だ。


 「今度の嘘は後々覚えておく必要もないですからね。エイプリルフール前借りしたつもりで、張り切ってやらせてもらいます。」


 「おー、思ったより前向きですね。わたしとしては、新橋さんは気が進まないのかなーとか思っていたのですが。」


 見透かしていた、というより、見通せていた傾向と異なる反応だったせいだろうか。プチ上司は興味深そうに、僕の現在の心境を訪ねてきた。


 「転売とか気に食わないから、自分もノリ気で嫌がらせしちゃうぜー、って理由ではないですよね?どういうモチベーションなんですか?」


 「正直、そういう気持ちも無くはないですけどね。モチベーションが上がる理由になら心当たりはありますよ。」


 ただし、それを説明するには一旦視点を換える必要がある。


 「所長はおそらく違うと思いますが、世の社会人の皆さんの大半は、自分の仕事に対するモチベーションは基本、低いんですよ。」


 「そうでしょうね。新橋さんの思い込みとかでは無いこと、わたしも同意します。」


 前提には同意頂けた様なので、解説を続けよう。


 「それは何よりです。では何故、モチベーションが低いのか。僕はですね、この理由は“出来そうにも無いこと”と“失敗が許されないこと”にあると思うんですよ。まあ、単純労働とかになると、また違うとは思いますけどね。」


 「そこも、概ね同意します。傍から見ていても、無理な予算計画とプレッシャーの掛け方が非生産的に思える会社が多いですからね。」


 前職の話をしている様で辛くなってきたので、早いところ本題に入ろうと思う。


 「そこへ来て今回のプロジェクトですよ。やろうとしていることは結構凄いことなんですが、一応目標とアプローチが上司と共有できていて、何よりその目標自体が実にくだらない。」


 「つまり、“なんとかなりそうなこと”な上に“失敗したところで、たかがしれている”から、モチベーションが上がるということですか?」


 ご理解頂けたようだ。・・・ようなのだが。


 「あらためてそう言われると、ものすごく志が低い思想ですね。」


 「いいんじゃないですか?結局のところ、一部のいわゆる出来る人、というのも根本は同じなのかもしれませんよ。結局、そういう人は難しいことも“なんとか出来そう”と思える人で、失敗を恐れていないだけなんでしょうね。」


 それが真実だとすると、人生の成功の秘訣は結局の所、個人の性格の問題に落ち着いてしまいそうだ。


 「そう簡単に意識改革なんて出来やしないとは思いますが、せいぜい前向きに生きてみますかね。」


 「それは何よりです。では、ポルシェさんとの待ち合わせの時間も近いですし、そろそろ出発しましょう。ただ、結局話がそれてしまいましたので、最後にもう一度だけ確認しておきましょう。」


 作戦会議はタイムリミットを迎えたが、最後に上司から今回の議題について総括が下される。


 「新橋さん、もし待ち合わせに遅刻したらなんて言い訳しましょうか。」


 「通りがかりに、急に阪神の助っ人を頼まれまして。」


 「はぁ、時間の無駄だった様ですね。」


 久しぶりのマイナス査定が下された。とはいえ、ここでの評価が収入に反映されないらしいことは前にも聞かされて居たので、あえて開き直ろう。


 「必然性のない嘘ってのは、どうにも難しいんですよ。あと、どうせあちらさんが遅刻してきますからね、現実味もないです。」


 「それは、必要になればもっともらしい嘘も言えるという宣言と受け取りますよ?」


 「ええ、構いませんよ。」


 ここは堂々と、自信を持って断言出来る。


 「もし失敗したら、今のが嘘だったってことにしておいてください。」

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