第18話 悪意の所在


 小学校の通知表、通信欄には遠回しに“良い性格してやがる”と書かれていた。何人も居る生徒をよく見ていることと同時に、随分と前向きな表現をすると感心したものだ。


 我ながら嫌なお子様だったが、そうでなくても教師というのは大したものだと、このたび他人の評価を下す機会に恵まれたことで改めて痛感した。


 「さてさて、それでは本日のお仕事の振り返りをしましょう。どうでしたか?新橋さん、直接ポルシェさんとお話してみた印象は。」


 食後の甘味に手を付けつつ、ここでターゲットの情報を整理することになった。


 「そうですね、第一印象は、ただ胡散臭いイメージでしたよ。所長の事前プロファイリングにも気持ち悪いぐらい当てはまってましたよね。」


 「私としても、開幕の挨拶からあそこまで想定通りというのは驚嘆しましたが、根本的に分かりやすいんですよあの人。先ほどのドールグッズ制作者の方の様に、職人気質な人物に比べると、なんというか、丸出しなんですよね。」


 分かりやすいが、変質者のような物言いだ。もう少しオブラートに包んで差し上げなさい。


 「確かに時々感情が態度に出る感じの人でしたね。そういう意味でも、あまりお近づきになりたくはないタイプです。とは言え、それを我慢できれば案外良い奴なのかな、とも思いました。」


 「それはなんと言いますか、世の中、犯罪者ですら大半は案外いい人ですからね。捕まらないないだけなのかもしれませんが、犯罪者未満のポルシェさんが“案外良い奴”なのは間違いないでしょう。」


 犯罪者も良い奴ってこと自体、簡単には同意しかねる価値観ではあるがその前に、一点、気になるところがある。


 「随分と詳しいですね。犯罪者に知り合いでも居るんですか?裏の世界に関わるつもりはありませんよ僕は。まあ、チクショー、覚えてやがれっ!ってセリフは一度言ってみたいものですが。」


 「新橋さんのその裏社会観はどうなんです?怒られても知りませんよ?あと、知り合いじゃなくてもサンプルは居るじゃないですか。私、一応人間社会のルールでは、不正アクセスとか公文書偽造とか、やっちゃってますし。」


 ああ、そういえばそうだったか。しかしそうなると。


 「所長、自分のこと案外良い奴だと思ってたんですね。」


 「むー、あんまり意地悪言うと泣きますよ?」


 「あはは、済みませんって。しかし、それでも大半ってのには、当てはまらないじゃないですか。」


 悪魔としては良い奴だと思われるのも困るんじゃないか、とも言いたかったところだが、流石にそんな揚げ足をとって面倒なだけなので、話をもどす。


 「私のことはおいといても一般論として、ですよ。例えば、児童虐待で捕まる母親も、家族愛がテーマの感動ドキュメンタリーで涙しますし。不倫が原因で離婚した父親が、子供を愛していて会いたがるなんて話も良く聞くじゃないですか。」


 「あー、なんとなくですが、分かった気がします。」


 本当に人間のことを良く見ていると感心するが、今日の仕事の振り返りとしてはかなり脱線していたことに気付く。


 「でも、なんでこんな話になったんでしたっけ。」


 「ポルシェさんが案外良い奴、って話からですね。話はそれましたが有意義ではあります。新橋さんには、例え相手がどんな人物であろうと非情な選択をしていただくことになるわけですから。その覚悟をして頂かなければ。」


 意義があることには同意するが、その非情な選択とやらは実際のところ、せいぜい嫌がらせ止まりだろう。


 「もし、それでも気が進まないというのであれば、もう少しポルシェさんを観察すると良いとおもいますよ。今の新橋さんは、あの人にとって利益をもたらす、“使えるヤツ”としてしか対話して居ないので。」


 「敵視する人物や、無関係の人に対する態度や言動を見ておけ、ってところですか。正直気が進まないですね。中年男性のストーキングが趣味となると、今後の人生、自己紹介に困りそうです。」


 加えて、夜風がこのような提案する以上、あまり気分の良くない場面に遭遇しそうだ。


 「なんとなく想像出来ると思いますが、おそらくそれで、本来のポルシェさんの人となりは理解できますよ。私の力を使わなくても、ですね。」


 「あまり人間観察ってやつは得意じゃ無いんですがね。というか、所長の力ってのはその格好で、偽装現実の中でも使えるモノなんです?」


 「そりゃそうですよ。この世界の構築に使っている力なのですから。」


 特に隠していたという様子でもなく、あっさりと言ってのける。


 「えー、そんな便利なのあるなら、最初から使いましょうよ。」


 我ながら当然の抗議ではある。今まで使って無かった以上、何か制約や不都合でもあるのだろうかと勘ぐっていたが、想定外のアンサーが回答席から発せられた。


 「何に使うんです?私の力なんて、結構何も出来ないですよ。言いましたけど、幻覚のような影響を与えるだけですので。」


 「何も出来ないって、偽装世界の構築までしといてそれは無いでしょう。」


 とくに謙遜という感じでもなく“何も出来ない”と自らを評したプチ所長に対し、世辞でもなく純粋に疑問を投じただけなのだが。思いがけず賛辞として受け取られたらしく、満足げに答えを返された。


 「いやぁ、やっぱりそう思います-?えへへー。と、照れるのはそこそこに。それは新橋さん、発想が逆です。一見何も出来なさそうな力なので、現代化学と融合させて可能性を探っているというのが、まさに現在の我が研究所のあり方なのです。フンス!」


 なるほど。堂々と自慢げに言うことかは置いておいて、確かに、誰かに幻覚を見せても一時的なもの、と考えると具体的に何が出来るか。自分の貧相な発想力ではイノベーションに至ることはなさそうだ。


 「それにしたって、なにか出来ることがあるなら情報としては共有してくださいよ。素人なりに、何かアイデアでるかもしれませんよ?期待は出来ませんけどね。」


 「おぉっ、つまり新橋さんも、積極的にポルシェさんがっかり大作戦に加わりたいと。」


 「いつからそんな絵本みたいな作戦名付いたんですか。」


 実際、やろうとしている事の規模で言えば子供だましである以上、相応しくもあるのだろうか。いや、絵本の中には、子供だましというには良く考えられた作品も多い。となると、この作戦名ですら名前負けしているかもしれない。


 「名前を付けたのは今ですが、新橋さんが付けてくれても良いんですよ?」


 「なんでそんな嬉しそうなんですか?あと、作戦名はどうでもいいですから。」


 事実、妙に前のめりな感じを受ける。


 「それはですねぇ、新橋さん、他人の良いところを見つけるの得意そうですから、ポルシェさんに直接お会いして、気が変わったりしてたら困るなーって、心配していたのですよ。ほら、実際に末代までの恨み辛みがあるのは私だけですから。」


 「焼酎一本で末代までってのは、また随分とぼったくり価格で提供されてますね。」


 「まあそれは、そもそも市場提供価格をつり上げているのが先方ですので、ちょうど良いんじゃないですかね。」


 なるほど。というか、僕の方にも特別ポルシェをかばう理由は無い。


 「その言い方だと理由なんて後付けなんでしょうけれど、まあ、今回の悪巧みに積極的に参加させて頂く分には、そんな理由でも良いかもしれませんね。」


 「ふふーん、これで新橋さんも立派な悪魔の手先ですね。さあ、ともに悪意をもって事をなそうじゃありませんかっ。」


 とはいえ、やろうとしていることは、ささやかな嫌がらせに過ぎないのだが。


 「はいはい。まあ、こちらも一度は承諾しているので、引き受けた以上お仕事はこなすつもりでしたけどね。僕の覚悟ってのは、そこまで重要だったんですか?」


 「そりゃ、あくまで気分の問題ですけどね。些細なことでも、後味悪く思われてしまったら流石に申し訳ないので。ほら、新橋さん案外いい人ですから。」


 「ひとを犯罪者みたいに言わないでくださいよ。」


 自ら些細なこと、と評した点もツッコミどころではあるが、まずはコレを訂正しておかなければならなかった。それにしても、プロジェクト後の従業員のアフターケアまで考えているあたり、この人の方こそ案外良い奴だ。

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