第17話 再現性

 悪魔の契約。この世の常ならざる力を手に入れるため、異形の存在と結ばれる不平等条約。多くの伝承では、守ることが出来ない条件を飲まされた上で、条件の未達が確定した段階でさらに大きな代償を払うことになる。


 これもまた、風評被害というヤツだろうか。実際に悪魔と結んだ契約は、そんな大層なものではなく。


 「では新橋さん!お約束通り、美味しいモノ食べに行きましょっ。お勧めのっ、お店がっ、あ・る・ん・です!」


 キャーと叫びながら、ポルシェが去った喫茶店内をピンボールのように飛び回る。そういえば以前、一区切り付いたら贅沢しようという話はしていた。ターゲットと直接接触したこのタイミングなら、大きな進捗があったと言えるだろう。


 「その感情表現は周りの迷惑、には、なっていないみたいですけど、僕がとっ捕まえたくなるので止めてください。」


 端から見れば独り言なので、周囲に気取られないよう小声で苦言を投げつける。


 「そうですね。余計なことしている場合では無いですよね。実は先ほどオンラインでお店の予約は済ませておいたので、もたもたしてると遅刻しちゃいますよ。さぁさぁ。」


 「パンケーキ食い終わった後も妙に大人しいと思ったら、そんなことしてたんですか。というか、今食べたところですよね?」


 「大丈夫です!美味しいモノはいくらでも入りますよー。」


 一体いつから、そんな食いしん坊キャラクターに宗旨替えをしたのやら、我が研究所トップにおかれましては、本日は妙にテンションが高くていらっしゃる。


 ---都内某所。


 その料亭で一口食べた瞬間、プチ上司のテンションの理由が完全に理解出来た。


 「なんだコレ、知ってる魚なのに、知らない味だ。知らない味なのに、確実に・・・美味い!」


 そもそも料亭など初めて来た上に、個室を1名で予約などという、ウィルス騒ぎが無ければ断られそうな予約を入れたモノだから、店内に入ってからは緊張で味どころでは無いと思っていた。


 しかし、そんな疑念は正面から殴り飛ばされた。番組終盤で彼方へ飛ばされるバイキンさんの気持ちが分かった気がする。


 「んー、美味しいですねーっ。やっぱりこの味です、何年ぶりか分かりませんが、変わりありませんねぇ」


 「そっか、所長がそうおっしゃるのであれば、本当にこういう味なんですね。」


 「はい?なんの事ですか?」


 「いえね、いち若輩モノとしての所感なんですが。こんな高級店、来たことも無い上に食ったこともないので、本当にこれが現実でもこの味なのか分からないよなー、とか思っていました。」


 確か、記録と記憶をベースに再現した世界、ということだったはずだ。あまりの体験にコレは本当に、現実にあり得るものなのか、疑問が浮かんでしまう当たり我ながら情けない。


 「例えば、いつもの中華料理屋なんかは、僕らを初め下々の皆様がご利用になるわけで、みんなの記憶と記録をベースに構築された世界で全く同じ味を体験出来るわけですよね?」


 「いいですね新橋さん。大分コンセプトがお分かりいただけている様です。正解ではありませんが、考え方は悪くありません。」


 「それはどうも。まぁ、考え方が良くても今は正解に向かっていないのだとしたら、解説をお願いしますよ先生。」


 分かったところで何が得られる訳でも無いが、今食べている逸品が現実と同じモノだと確証を得られた方が、なんというか、テンションも上がろうというモノだ。


 「それではまず、本質ではありませんが、ご心配の点について解消しておきましょう。確かにこちらのメニューを食した経験のある方は少ないと思います。ただ、いわゆる“違いが分かる”人が食べてる比率は高いと思いませんか?」


 「あー、なるほど。情報の質が担保されているってことですか。でも本質じゃないってのはどういうことです?」


 正直、今の答えで満足しているのだが、この上何があるというのか。


 「あ、はい。本質じゃ無いというのはですね、そもそもベースとなる情報量が少なくても、べっちゃんの推論が高度なので問題ないのです。そのぐらい出来なくては、世界まるごと構築なんて無理ですからね。」


 「その前の考証全否定ですね。最初からそう言ってくれれば良いじゃないですか。」


 「それは私の心配りですよ。どうせ新橋さんのことですから、今食べている料理が本当に現実でも同じ味なのかはっきりさせておいた方が感動出来るぞー、とか考えていたんでしょ?」


 勘が鋭いというか、年の功というか。悪魔としての異能とやらが無くても、この人なら口先だけで人間を操れたりするんじゃ無かろうか。


 「こういう時はですね、問題なしという回答だけでは、にわかには信じがたいものなのです。ご本人が期待したプロセスを経ていないと、納得してもらいにくいんですよ。」


 確かに、さきほどの本質的ではない答えの方がしっくり来ていたことは、否定出来ない。答えを明かされた後でもそう感じてしまう当たり、自分が期待する通りに観測するのが、人の性というものなのだろうか。

 

 「なるほど。じゃあこれは本当にこういう味って事で間違いないんですね。うん、美味い。」


 「はじめから素直に喜べないんですか?」


 「衝撃が強すぎましてね。っていうか、どこから出したんですかソレ。」


 落ち着いて自分のこと以外にも注意が行く様になったことで、夜風がナイフとフォークを携えていることに気付く。プチ所長にジャストサイズの食器など存在していたのか。


 「んふー、実はですねぇ。夜風ちゃんの引き出しライフを充実させる究極のお店を見つけてしまったのですよ。ドールハウス関連のネットショップで手配しておいたのですっ。」


 「あー、そういえば受け取りしましたね、そんな感じの一式。じゃなくて、それをどこに隠し持っていたのかって話なんですけどね。ったく、言ってくれればこちらから手伝いますよ、こっそり荷物に紛れ込ませなくても。」


 「はい、どうせそうだろうから特にことわりを入れなくてもいいかなーって。」


 「確かに気にはしませんがね。」


 自分が気にするというよりは、逆に僕が所長の鞄を勝手に開けるとか考えられない辺りに、少しばかり不平を感じただけである。それを口に出すと、どうにも小さい人間に思えてしまうので不満は飲み込んだのだが、この小悪魔の事だから多分もうばれてるんだろうな。


 「しかし、よく出来てますね。そういうのって、見た目がそれっぽければ良いわけですから、実用に耐えるってのはたいしたものなんじゃ無いですか?」


 「そうなんですよっ。私もですね、こういうモノあったりしないかなー、なんて軽いノリで探していたら見つかった逸品でして。ホント、何を思ってこんなモノ作ったんでしょうね。」


 恩恵にあずかりながら、ひどい言い草である。


 「そうなると店舗側からは、そんなニッチなラインナップを必要とする、コアな趣味の顧客が一人増えた扱いになってるんですよね。僕の名義で。」


 「そうかもしれませんが、まあ偽装ですし偽名ですし。ニッチな市場でも結局顧客管理は紙でも電子でもリストでしか無い訳ですから、記憶に残っている人の名前がいつの間にか無くなっていても、案外気付かないモノですよ。」


 僕の趣味だと思われているんじゃ無いかという不満と、偽装が剥がれるリスクが無いのかという疑問、それぞれ見据えて回答をいただいた。言わなくても分かってくれるっていうのは、確かにやりやすいが、将来この人を誤魔化す必要がある機会に恵まれたとしたら骨が折れそうだ。


 「まあ、実際にプチサイズの所長が使っているっていうのは、制作者側も本望でしょう。想像はしていないでしょうけどね。」


 「それは何よりですが、なぜここまでこだわって制作出来るのかは、やはり謎ですね。」


 「そういう意味なら、偽装現実の世界が料理の味まで再現出来てる必要はなかったんじゃないですか?というか、そもそもなんのために、こんな大がかりな仕掛けを造ったんです?」


 今更だが、かなり重要な問題な気がするぞ。というか、我ながらよくここまで何の疑問も持たずに付き従っていたものだ。まあ、自称悪魔とはいえ、肝心の悪意を全く感じないから疑問も浮かばなかったのだが。


 「別にたいした理由じゃないですよ。いろんな事が出来るツールを造ったら、どこまで出来るか、何ができるか試したくなるじゃ無いですか。そこに目的はありません。世界征服も世界平和もなければ、みなさんの生活を豊かに-とか高尚な考えも全く。」


 「つまり一言で言うと?」


 「たのしいから、です。」


 身も蓋もない。とはいえ、妙な納得感もあり、同時に夜風の疑問にも答えることが出来そうだ。


 「ソレなんじゃ無いですか?ドールグッズの職人さんも。」


 「おー、なるほどっ。真偽はどうあれ、すごく納得できます。ありがとうございます新橋さん。」


 真偽はどうあれ。確かに、ことの真意は本人に確認できなければ知りようがない。とはいえ、美味い飯を食いに行く、という悪魔との契約に対し、ある程度の代価を支払えた様で、なによりだ。

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