第16話 印象操作

ここまであえて伏せていたが、何を隠そう僕もまた胡散臭い。


ギャンブルで生計を立て、善良とは言い切れないとはいえ特定個人を罠に掛けようというのだから、当然と言えば当然なのだが、そういうことではなく。


「しかしまあ、キミの才能は認めるけどさ、なんていうか、美的センスの方はもうちょっとこう、ね。言いにくいんだけど、その眼鏡あんまり似合ってないぜ?」


「えっ?そうなんですか?!まいったな、結構自信あったのになぁ。」


と、残念がるフリをしたものの、似合っていないという方向で自信がある。つまり、彼の美的感覚は残念ながら僕と一致している。


思いは複雑だが、今はそういう指摘が出来る距離感をターゲットが認識した、という事実が重要だ。


というより、ここまで指摘をせずに我慢していたことを褒めるべきか。極太赤渕のゴテゴテ眼鏡、よくもまあこんな代物を見つけてきたモノだ。


選定者によるとこの眼鏡の目的は ”印象付け”のため。「偽装が剥がれることないまま現実に戻ったとき、ポルシェさんの記憶も偽装世界と融合します。その時のための保健の様なものですよ。」というのが昨夜、この残念な眼鏡を僕に掛けさせるための導入だった。


1年以上前に会った人物の顔などほとんど覚えて居ないものなので、あくまで念のため、と前置きした上で「もし現実で新橋さんと遭遇して、どこかで会いましたっけ?なんて声を掛けられたら、ちょっと厄介ですよね。」とのこと。まあ確かに否定出来ない。


コレを付けておくことで、いつも似合わない特徴的な眼鏡のアイツ、という印象を持たせることが出来るらしい。「人間の記憶は曖昧なモノで、ここまで眼鏡が目立ってしまうと、もう眼鏡のことしか覚えられなくなってしまう、というからくりなのです。」とは今卓上でパンケーキを食べ始めたプチ所長による解説の締めくくりだった。


この一皿でしばらく黙っていてくれるのであればありがたい。対面する転売屋も、こちらがいつの間にかパンケーキが無くなっている手品を見せていることには気付かないだろう。


「まあ、おかげでココの待ち合わせでも見つけやすかったからな。目立つって意味なら、悪くないんじゃないの?そんなに眼鏡そいつが気に入ってるなら、それにあうコーディネートを探していけば良いさ。」



この眼鏡に合うコーディネートとやらを探すのは至難の業ではあるが、案外良いことを言う。


こういう心配りが出来るんであれば、転売なんてしていないで、まっとうに働けばそれなりの成果が出そうなものを。


さて、胡散臭いついでに、そろそろきな臭い話にも入ろうか。


 「ありがとうございます。まあ今日の所は着替えようも無いですから、気にしないでもらえれば。ところでハネさん、実は今日とっておきの情報があるんですが。」


 「おっ、なになに?先生の新しい大予言が聞けちゃうのかい?」


 予言、とはまた核心を突いてくる。大変申し訳ないが、勘が良さそうには見えないのでおそらく偶然だとは思うが。気取られないように、また一方で予言者のごとく信じさせるために、訂正を加える。


 「予言っていうほどのものかは分かりませんが、僕のなかで確信できる段階まで来たので、ハネさんにもお伝えしても良いかな、と。」


 「確信ってのはまた頼もしいねぇ。俺にとっちゃ奇跡で予言の大魔法だよ。で、どんな情報なんだい?」


 その大魔法の様な世界を構築した自称悪魔は、パンケーキを食べ終わり、付け合わせのクラッシュアーモンドをカリカリしているのだが。ハムスターかよ。っていうか食べるの早くないか?その体格で。


 っと、いけない。会話に集中しなくては。


 「まだ具体的な動きを起こしている人たちは居ないんですけどね。いや、だからこそ今動くべきなんですが。」


ワザとらしく前置きの後溜めをきかせ、少しトーンを下げて本題を伝える。


「トイレットペーパー、今のうちに買っておいた方が良いですよ。」


 そう伝えるとポルシェは、拍子抜けと言わんばかりに、ため息交じりに大予言への評価を下した。


 「おいおいコウちゃん、今もう令和だぜ?オイルショックのパニックみたいなのがまた起きるってのはさ、流石に俺でもありえねーってことぐらい分かるよ?」


 その気持ち、よーく分かります。始めて心の底からポルシェと認識を共有できた気がする。


気持ちが分かる一方で、だからこそ、この後の衝撃も強くなるはずだ。ホントさ、なんであんな事になっちゃいますかね。


 「まあ、普通はそう思いますよね。当然です。だからこそ、そこに落とし穴があるんですよ。」


 「もしかして、裏でそういう偽情報を流そうとしてる組織とかが動いてる・・・とか?」


 「いや、そういうヤバい情報じゃないですよ。それこそ、組織と呼べるほど人数が集まる集団からすれば、今どきトイレットペーパー不足なんてありえないって却下されますよ。」


 「んじゃ、どうやってそんな事態になっちゃうわけさ?」


 これもまた当然の反応にして、常識的だ。いち転売屋に常識を諭されるこの先の日本を思うと情けなくなる。


 「SNSですよ。フェイクニュースってやつ、ときどき話題になるじゃ無いですか。今のマスク不足が起きてる現状と、世間に不安が蔓延している状況からすると今月、2月の末頃に波が来ます。」


 「また中国から止められるってことか!」


 「いや、トイレットペーパーの生産は国内ですよ。メーカーの在庫も潤沢です。それこそ、オイルショックの教訓が活かされているのかもしれませんね。」


 「ちょっとまて、ってことは結局買いだめしても意味ねぇじゃねえの。」


 「そう、思いますよね?だからこそ、だれも先だって動かないし、動けない。一時的に不足してもすぐ供給されちゃうんだから。」


 「全っ然、話が分かんねぇ。その情報に何の意味があるんだ?」


 若干苛立った様に言葉にトゲが出はじめる。わかりやすい性格だが、尊敬は出来ないな。とはいえ、今は機嫌を損ねるワケにはいかない。本題に入らなければ。


 「実はですね、この一時的、ってのがかなり長くなるんですよ。今のマスク騒動の動向、ウィルス報道の傾向から、トイレットペーパーの需要増はSNSで始まり、メディアが加速させます。つまり、メーカーに在庫があるのに、皆が足りないと騒ぎ立てることで店頭に並ばない日が続くんです。」


 「結局のところ、トイレットペーパーを買えば良いって事か?なんかあんまり納得できねぇけどなぁ。」


 その不信は好都合。その方が、イメージに反する未来の事実はインパクトが強くなる。


 加えて、ポルシェに大きな利益を提供せずに信用を得ることが出来ると言う点でも、実に望ましい。


 「あまり買い込み過ぎない様にはしてくださいね。1週間以上は続きますが、結局在庫がメーカーにあることに変わり無いですから。」


 「そんなアホな事態が1週間も続くのか?まあ、マスクの件もあるし、キミのことは一応信じるけどさ。」


 実際のところ、そのアホな事態はもっと長く続くのである。まったく情けないことに。


 「やっぱりなかなか信じられないですよね。僕にとっては確実な情報なのですが。」


 「まあまあ、そう落ち込むなよ。まだ結果が出たわけじゃねえんだしさ。俺も自宅のストックをちょと長めに確保しておくぐらいはするからよ、もし売れたら感謝してやるさ。」


 なぜか、こちらが慰められる展開になってしまった。


 「けどまあ、もしこの情報を俺とか周りに流して、そういう風に世の中を動かそうってんなら止めておいた方がいいぜ?」


 本当に、時々まともな事を言う。もしかしたら、まともなことを言う確率だけならウチの所長よりマシなのでは無いだろうか。


 「風説の流布にあたりますからね。大丈夫です。自分で動くつもりも動かすつもりもありませんよ。本当に、世の中の動きを分析した上での、ただの大予言なんですよ。」


 今の世の中ではなくこれから先、未来の世の中の動きを分かっているので、我ながらインチキ甚だしい。


 「ふーん、ま、わかってんなら良いさ。一応お得意さんだし、転売の先輩としてはこれからもさ、危なっかしいトコがあったら教えてやるよ。」


 「ははは・・・、ありがとうございます。」


 この先逆転が約束されているとはいえ、この状況は若干屈辱的にも感じる。


 「さしあたって、そうだな、今日の所は転売の心得みたいなもんでも教えとくか。まあ先輩の言いつけみたいなもんだと思えばいいさ。」


 そう言うと、ポルシェ氏は身を正してお説教モードに突入する。これは僕の持論だが、説教ってのは、する側がしたくてするケースが圧倒的に多い。


 「いいかコウちゃん、転売はじめたからって、俺らがある意味良いことをしてるとか、経済に貢献してるんだとか言い訳するんじゃねえぞ?そういうのを言い始めたら厄介なのに絡まれるだけだからな。絡まれたときも、それがどうした?とか犯罪じゃない!とか言うのもナシだ。」


 認定。コイツは所長よりある意味ではまっとうな人物だ。


 「わりぃことしてる、っていう自覚は持て。だからなんかツッコまれたら上手いことかわせ、でもって逃げろ。ま、こんなとこかな。」


 「えーっと、そうなると、ごめん見逃して!とか言うのはありですかね?」


 「ははっ、そこにさらに返ってきた文句を無視するんならアリかもしれねえな」


 第一印象から多少評価は変わったと言って良いだろう。この通称ポルシェ氏、少々ハードボイルドな面がありそうだ。つくづく、やっていることが転売屋でなければと思う。


 一方で卓上のスイーツ満腹プチ所長。現実と見紛う仮想世界を構築するオーバーテクノロジーを実現しておいて、やることが転売屋への嫌がらせ。


あんたたちさ、もう少し大志を抱こうとか思わないか?

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