第15話 接触

期待通りの胡散臭さに、思わず喝采を送るところだった。


口髭、着こなし、アクセサリ。そのいずれをとっても、おそらく誰かを意識したであろうバッタモノ感がにじみ出ていた。


これから罠に掛けようという意図を踏まえれば、ポルシェこと矢車 跳馬氏のコーディネートは敵役かたきやくとして100点と言って良い。


とはいえ、仮に絶世の美少年や、見るからに苦学生なナリをしていたとして、夜風が加減などすることは無いのだろうが。


2020年に入り、世間ではコロナウィルス騒ぎが本格化していた。血で血を洗うマスク争奪戦の火蓋が切って落とされた頃、僕たちの課題は「どうやってターゲットを誘い出すか」という点に絞り込まれていた。


そこへ都合良く、相手側から直接話さないかという提示を受ける形となったのが今。2020年2月4日、駅近くのカフェで待ち合わせることで話がまとまっていた。


「まさに、飛んで火に入る夏の虫、ですね。へへー、一度使ってみたかったんですよ、この言葉。」


テーブルの上からプチ所長が悪役めいた定型句に酔いしれる。僕以外の人物からは視認されないものだから、気ままなものだ。


2月に夏の虫はないだろう。ひとこと苦言でも贈呈したいところではあるが、流石にターゲットを前にして、虚空に向かってツッコミの素振りをするわけにも行かないか。


なお、我らが雛坂所長の作戦では、こちらからアプローチを掛ける手はずもあったらしい。


“どうにも情報が漏れているらしく、メールやSNSでの情報提供は控えさせてもらう”など理由を付けて、それらしく情報を出し惜しむことで誘い出す、という算段があった様だ。


そんな“ここから先は有料コンテンツです”とでも言いたげな怪しい誘いに乗ってくるかと、僕なんかは疑問を持ったものだ。


ただその点に関しては、「大丈夫ですよ。プロファイリングっていうんですか?ここまでの情報から推測するに、ポルシェさんの人物像からそんな慎重な行動には繋がりません。」とのこと。


こうして向こうから話をもちかけられたのも、ある意味その推察が正しかったということか。


使えそうなヤツと関係を持っておくことに積極的な人物、という事であれば、この後の話も進めやすい。


一応、怪しげな商材や取引を持ちかけるために声を掛けてきた、という可能性もある。しかしそれも、直接会うことを警戒されるよりは、まだ仕掛けようがある。


「あの、もしかしてハネさんですか?」


こちらから声を掛ける。当然、ポルシェと呼ぶ訳にはいかないので、あらかじめメールで関係性を構築する際に決めていた呼び名が “ハネさん”だ。


「お、てことはやっぱりキミがコウちゃんかっ、よろしくなー。」


「あ、ハイ。こちらこそよろしくお願いします。」


コウちゃんというのはもちろん偽名。正確には、夜風が手配した偽装現実での戸籍情報に基づいている。


クレジットカードや住居の名義である三瀬永みせなが 浩次こうじというのが、今の自分の固有名詞になる。


「やー、またせて悪いね。でも、まあまあ良いところ住んでんじゃないの。まあ俺はスタバの方が好きなんだけどねー。」


「あー、スタバ良いですよね。ウチの近所にもあったらなぁ。」


と、語りながら席につくターゲットに話を合わせてみたのだが。事前に夜風が素人プロファイリングで予測した人物像に、ワンセンテンスでミリ単位にハマって来るあたり、たちが悪い。


曰く、「意識無意識に関わらず、些細なところでマウントを取ろうとしがちな性格ですね。」とのこと。


そして、「具体的に、待ち合わせで相手を待たせて、非難されない事で自分が上だと感じたい、なんてことがあるかも知れません。」とも言っていたが、現状否定する要素が無い。


最終的には「無意識下で、端々に自分を持ち上げるか、相手や周辺を見下しがちな表現を多用されると思います。なので、こちらとしてはポルシェさんのお望み通りの、後輩的な立ち回りをお願いします。」との指示が下っていた。


そこへ来て、まるで映画監督にとって理想の役者かの様に、注文通りの振る舞いを見せるポルシェである。卓上のプチ所長はたいそうご満悦だ。


さすがにこの状況で僕に向かって話しかけてくることは自制して居る様だが、ギネス級のドヤ顔で「どうです?どうです?言ったとおりですよね?ね?」と訴えかけているのが丸わかりだ。ちょっとその顔、うるさいから止めてもらえないですかね。


「なんだか、話しやすそうな方で良かったです。いつものメッセージ凄く丁寧で、真面目な方にも思える様な文章だったので。あ、いや、もちろんそういう真面目な人が悪いってことは無いんですけどね。」


こちらからの第一印象を最大限プラス査定を盛って伝える。とは言え真面目なヤツだと考えた事などみじんもない。現在の時刻、真面目な人物なら働いている時間だ。平日の、それも月初めの昼間である。そもそも真面目なら転売なんぞしちゃいないか。


「そういうコウちゃんは、イメージ通りって感じな。まあ俺のメールの方はね、やっぱりビジネスってやつは形式が重要なんだよね。なんつーか、キミなら大丈夫だと思うけど、この世界でやっていくなら、案外カタチに気を付けた方が良いんだぜ?」


「な、なるほど。勉強になります。」


転売あれをビジネスと言うか。仮にビジネスの世界に含めることが出来るとしたら、やはり自分はビジネスマンに向いていない、ということにしておこう。


「いやーそれにしてもマスクだよマスク。キミ凄いな。あの情報どこから仕入れたんだい?」


 冷やし中華の季節からおよそ半年。僕達は計画通り、一月のマスク騒ぎの情報をターゲットに提供していた。


「仕入れたっていうか、いろんな情報を見てまして、ああいう予測をするの得意なんですよ、僕。」


早速こちらの餌に食いついてきたところに、卓上所長が割り込む。


「流石です新橋さん。おそらく気付いて居ると思いますが、こちらの情報源を探る意図ですね。あわよくば直接繋がろうということでしょう。この場合、一次情報は新橋さん自身が得ていることにする必要があります。」


前向きな採点をいただいたのはありがたいですが、話しかけられても反応出来ない状況ですよ。こういうのはどうにもやりにくい。


「はー、たいしたもんだなぁ。そういう才能あればいろいろ儲かる仕事もできそうだよね、どうなのー?そこんとこさぁ。」


「そうですね、本業の方はそれなりに収入は良い方だと思います。ただまあ、ご存知の通り、特に最近は、もらう金額と使う金額を比べますと、ねえ?」


比べると、競馬業界から頂いている額の方が多いのではあるが、当然そう受け止められる事は無い。


「ははっ、そうだったなー。ウチも結構色々買ってもらってるからね。いやホント、ありがたい限りさ。」


どうやらこちらの意図通りに受け取ってもらえているらしい。というか、ここまで導線通りに綺麗にコースを走破されてしまうと、肩透かしの感もある。この人、本当に所長に雇われた役者とかじゃ無いよな?


「それで、どうだい転売始めてみた感想は?なかなか美味しい世界だと思わない?」


「実は正直言うと、そこまで期待していなかったんですけどね。どっちかって言うと、在庫抱えるリスクとか考えたら怖いなって思ってました。」


そこから今は考えが変わって・・・などと言うことは無く、かける手間の割にあう様な収入では無いと今でも思っている。が、もちろんその前に言葉を切る。


しかしもしかしたら、ギャンブルと言えない様なインチキ賭博の影響で僕自身の金銭感覚も狂っているかもしれないな。


「なるほどな。そんな不安の中キミがその才能を発揮したのが、この前のマスク情報の先取りってわけだ。」


本当にこの人 ”やらせ”じゃないよな?気持ちいいぐらいに思惑通りの受け取り方をしてくれる。


「いや才能だなんて、そんな大層なモノじゃ無いですよ。自分が欲しい情報が転がってる訳じゃ無いですからね。だから、いつもハネさんがレアものを確保してくれていて、本当助かってるんですよ。」


本当に、話を組み立てやすくて助かる。


「まぁね、その辺はほら、経験の差ってやつかな?俺ぐらいになると売れ筋のニオイってのがわかっちゃうわけよ。」


「凄いですね。経験って言っても、僕なんかじゃとてもそんな風になれそうにないですよ。」


「なりたくも無いですしね。」


そうだけど、所長はちょっと黙ってて!

どうしても、ひとこと言ってやりたくなったらしく、卓上の夜風が割りこんでくる。

妙な間を作るわけにもいかないので、上司に対して申し訳ないがスルーするしかない。


「僕の場合、ほぼ確実ってところまで情勢を読んでから動いているものですから、ニオイを感じ分けるとか、ちょっとカッコいいですね。」


人によっては馬鹿にしていると受け取られ兼ねない表現だが、おそらくこの人なら大丈夫。肝心なのはそこではなく・・・。


「いやいや、確実なところまで分かるってのも十分凄いさ。才能あるぜ、キミ。」


そう、僕からもたらされる情報が ”確実”であることを意識させたかった。


徹頭徹尾こちらの思惑に寄り添ってくれる。こちらの情報源を探ろうとしてくる貪欲さといい、実験のモルモットになってもらうにあたり、遠慮の要らないキャラクター性も持ち合わせてくれていた。


本当に、胡散臭い人でいてくれて。


「ありがとうございます。」

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