第14話 偽装の中の偽装
冷やし中華、はじめました。言うだけなら簡単だが、そのためには旬を識り、トレンドを分析し、その年の気象条件を例年と比較検討した上で、あらゆる情報を的確に把握してタイミングを決断する必要がある・・・かもしれない。
中華料理屋の背景にあるストーリーについては実際のところは分からないが、弊研究所チームの作戦には、やや過剰とも思える配慮があった。転売はじめてみました、と、伝えるだけだというのに。
しかしまあ、偽装現実の世界の中でさらに転売屋を装うと言う厄介な状況ではある。どこかでボロが出ないとも限らない。
「ここまでポルシェさんからの購入履歴なんですけど、実はある意図があって微調整していました。新橋さんは気付いていましたか?」
ある程度出品用の在庫を確保し登録を完了したころで、所長から何か試すような問いが投げられた。
「意図ですか。そこまでは分かりませんが、少し前に取引の量というか、金額も増えましたよね。ただここ最近、2~3週間のところは控えめですね。」
「正解です。売り手側がそこまで気がつく人かは分かりませんが、一応背景にストーリーがありまして。希少な商品が少々上乗せすれば手に入ることが嬉しくて、つい買いすぎてしまい、最近はお金が無くなってきたので我慢をしている、という演出だったのです。」
実際、ターゲットがそこまでの配慮に気付く様な気の利いた人物であるとは思えない。それにしても、この所長の他人を欺くために手を抜かない性格には感服する。見習いたくは無いが。
「最近財布が厳しくなってきたので、思い切って僕も出品してみました。これでまた買い物できるので、これからもよろしくお願いします!って感じでメッセージでも送っておきますか?」
「ポルシェさんから買うものは転売目的では無いですよー、という文面を添えておいてくださいね。そういう意味でも、なるべくこちらの出品のジャンルは重ならない様に注意しましょう。」
「先日やたらと、うどんを推してきたのはそのためですか。」
実際このターゲット、かなり手広く商売をしているらしく、競合しない様に配慮するのは少々面倒になりそうだ。ちょっとあり得ない出品をしようというのも納得がいく。
「あ。いえいえ、そこは単に思いつきでした。」
利子は取らないので、僕の納得を返してもらいたい。
「しばらくは同業者のフリをして、本格的に仕掛けるのは年明け。2020年1月頃ですね。」
急激な需要増加でマスクの品切れが発生するのは、たしかこの月の終わり頃だったはずだ。これを言い当てることで、ターゲットに一目置かせる、というところからスタートだ。
「正直、気が進まないですね。他人が必要としているものを無駄に買い漁るってのは。」
「まあ、気持ちは分かりますが。残念なことに、新橋さん一人が買い占めに参戦したところで、未来は変わらないというか、偽装が剥がれるほどの影響を現実に及ぼすことはできないですから。」
そこまでの規模で買い占め転売が横行する、という近い将来には辟易するが、少し気になる事がある。
「僕一人じゃなくて、ポルシェも含めて2人ですよね。むしろ僕の方は自作自演もするわけですから、ポルシェが買う量が増えるとマズいんじゃ無いですか?市場に影響が無いにしても、彼の人生には大きく影響というか、利益に貢献しちゃいそうですが。」
「おそらくですが、問題ありません。まず第1に、現時点では情報提供元の我々に信憑性がありません。そこまで大げさに買い込みはしないでしょう。そして2点目として、ポルシェさんは私たちの情報が無くても、早晩ある程度の買い占めは行いますので、結果はそれほど変わらないのですよ。」
相手にとっては、僕が市場の動向をいち早く言い当てた、という印象だけが残るということか。
「随分と用意周到に練り込まれたインチキですね。」
「言われてみると、確かに我ながら美しいインチキですね。完成された構造的美しさとでも言いましょうか。もっと褒めてくれても良いんですよ?」
いつの間にか、ただの感想が賛辞にグレードアップされていた。
「何というか、そういう前向きなところはまあ、見習いたいですよ。」
あまり持ち上げても話が長くなりそうだ。上司からの返事を待たずに確認を続けよう。
「その次は2月、トイレットペーパーで良いですよね。ただ、1月の件で信用が得られてしまうんじゃないですか?僕らの情報が無くても買い占めているだろう、って根拠だけでは少し不安がありますね。」
「そうですね。しかし都合の良いことに、この時期のトイレットペーパーは旬が短いですからね。マスクと違って早々に供給が安定するので、あまり買い込み過ぎないように注意を促せばちょうど良いでしょう。」
確かにあつらえたかのような都合の良さだが、問題はなさそうだ。
「早々に、ってほど早くは無かったですけどね、体感は。」
「まあそうなんですけど、ポルシェさんにはそのぐらい言っておくのがちょうど良いでしょう。それにしても、あの時大量に仕入れていた皆さんって、その後どうしてるんでしょうね。」
「あー、居ましたね。アンタいくつケツがあるんだってぐらいに買い込んでる人。」
「私の知り合いも、流石にお尻はひとつしかついていないですよ。私と同じで体躯の基本的な構成要素は人間と変わりません。」
「いやいや、ただの冗談でしょ。悪魔面倒くさいな。」
もしかして分かっていませんでしたか?ってぐらいの表情で真面目に回答を寄越された。こういう返し方をされると、スベっている様で妙に気恥ずかしい。
誤魔化しもかねて、次の話題を促した。
「となると、ゲーム機の巣ごもり需要の件は、情報提供するべきか難しくなりそうですね。単価が大きいと、その分利益も出てしまいますよね。」
「そうですね。その案件については、お伝えするタイミングをある程度遅くしましょう。こちらの情報が無くてもポルシェさんは手を出していそうですから、それよりほんの少しだけ早めというくらいに。もともと品薄傾向にあった商品が、徐々に加熱していく様な推移でしたから、例のキラータイトルの発売日から逆算すれば良いかと。」
やはりある程度影響は懸念されるということか。ただ、夜風の様子からするとその懸念もそれほど大きいものではなく、あくまで念を入れてという印象だ。
今の時点で立てられる計画としては、こんなモノだろう。しかし、プチ所長の方はまだ何か言いたいことがあるらしく、少し間を置いてから、あらたまって話掛けてきた。
「さて、実は新橋さん、以前からあなたのことが好きでした。これから毎日あなたのためにお味噌汁を作らせてください。」
「分かりました。それで式の日取りはいつにしますか?」
「ちょっと、なんで乗っかってくるんですかっ。話が進まないじゃないですか。」
「回りくどい話の振り方をするからですよ。それで?どういう回答を期待していて、どうしたかったんですか?」
現実の世界で無いとは言え、流石に何ヶ月も生活していれば夜風の言動もおおよそ見当が付いてくる。この手の話は、真面目に回答するだけ無駄な時間を過ごすことになる。
「ムー、そのちょっとこなれてきた感じ、あんまり可愛く無いですよーだ。」
「それは残念です。しかし失われた可愛さを取り戻すには少々歳を取り過ぎた様ですので、ここは諦めて話の続きをどうぞ。」
にべもなく促され、観念した上司は本題に入る。
「仕方ないですね、わかりやすくお伝えする工夫だったのですが。真面目に取り合ってくれないのであれば、イチから説明する必要がありますね。」
振られた話にはついて行ったのに、その評価は心外だ。しかし、ここでそれを言うとまた脱線するのでクレームは控えさせていただいた。
「つまりですね、身に覚えの無い好意や利益をもたらされると、かえって怪しいじゃ無いですかってことですよ。」
「身に覚えが無いって。それはもしかして、僕がモテるのは不自然だ、という評価に同意を求められているんですか?」
例え、話がそれたとしても、流石にコレは一言もの申したくなるというものだ。悲しいことに、評価自体には同意するのだが。
「あ-。すみません、不適切な提言をいたしました。お詫びの上撤回しますね。」
「こういう時、素直に謝られるのが一番傷つくってのは、新しい発見ですよ。泣いても良いですか?」
「では、涙の数だけ強くなっていただいている間に説明を続けますね。お伝えしたいことは1つ、怪しまれない様にするにはどうすれば良いか、ということです。」
先に本題に入れと促したのがこちらだけに、不躾な議題の方向修正にこれ以上抗議する訳には行かず涙を飲み込む。
「確実な方法は、こちらもポルシェさんを必要としている、お互い様であるという認識を持たせることですね。なので新橋さん。途中からで良いので、こちらから情報提供するばかりでは無く、相手にもこちらのメリットを要求する様にお願いします。」
「要求ですか。あまりガツガツするのも、心証が悪くなりませんかね。」
「もちろんプロセスには配慮したうえです。重要なのは、ポルシェさんの自己評価を上げることです。単純に、いつも取引させてもらっているから、というだけで提供される利益としては、こちらの情報は質が高すぎますので。」
確かに、そんな情報を見返りもなく提供するのは不自然だ。
「できれば法に触れない範囲で、ちょっとズルい要求が良いですね。共犯っぽさを演出出来るような。」
注文が多い。とは言え、ちょうど思い当たるアイデアはあった。
「レアな商品の出品を逃したく無いから、こっそり僕にだけ出品時刻を事前に教えてもらう、っていうのはどうでしょうか。」
この要求であれば、今まで演じてきた人物設定にも合致する。
「なるほど。良いじゃ無いですか、なかなか悪巧みが板に付いてきましたね新橋さん。んっふっふー。おぬしも悪よのぅー。」
「はいはい。お代官様ほどじゃございませんよ。」
それにしても、よくもまあここまでの下準備を考えるものだ。これが商売なら売り上げ増もかなり期待できるだろう。転売じゃなく冷やし中華をはじめていれば、日本経済にも貢献していたかもしれない。
「所長、多分中華料理屋の才能ありますよ。」
「なんですか、それ?」
「いや、こう暑いと冷やし中華でも食べたいなと思いまして。」
要領を得ない感想をもらす部下に疑問符を浮かべるプチ夜風をよそに、口に出すと本当に食べたくなってくる効果に名前を付けて欲しいなどと考えつつ、出前中華のホームページにアクセスした。
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