第11話 回想

 朝の占いというヤツはどうにも好きになれない。単にニュースを見たいだけ、だというのに、勝手にランキングをつけられて最後にごめんなさいは無いだろう。


 後から理由を無理矢理見つけて当たっていたと思い込む人は、宿題やったけど持ってくるの忘れましたと言う小学生の申告も、信じてやって欲しい。


 そもそも、日本の人口を12星座で分割するのであれば、あの頃の僕の運命を言い当てることなど不可能だ。


 2021年2月。大手企業に就職したものの、ブラック体質に我慢が出来ず退職していた僕は、厳しいながらも悔いの無い就職活動に勤しんでいた。とはいえ、悔いが無いまでに前職の諸先輩方は”意識が高すぎた”、というのが退職理由の一つなだけに、未だウィルス騒ぎの影響に晒されている社会において、次の就職先を探すというのは骨が折れた。


 良くないことは重なるという、日本の伝統儀式も久しぶりに体験した。まず退職後、僕の心配をしてくれた友人、ハルトに合コンに誘われた。乗り気では無いが会ってみれば楽しめる、というつもりで誘ってくれたのだろうが・・・。一通り話が盛り上がったところで女の子から宗教のお誘いが始まった。唯一良かった事と言えば、何でもそつなくこなす友人に一つ貸しが出来た、ということぐらいか。


 翌日、今度は公園から飛び出した子供を、トラックに轢かれそうなところから助け出す。結果、親御さんから「うちの子に何をした」と責め立てられた。子供が泣き止まなかった以上仕方ないわけだが、トラックの運転手さんが降りてきて説明してくれたものの、勘違いを認めたくないらしい親御さんに、しばらく絡まれた。


 このときは、トラック側がまともな人だったことは救いだった。彼の名誉のために付け加えると、公園横も制限速度をしっかり守って徐行していた。なのでまあ、僕が子供を助けたと言っても、命に代えて守ったとは言いがたく、仮に身代わりに轢かれていても生まれ変わることは出来なかっただろう。


 そんなことを思い返しながらマンションのエレベーターを待っていると、後ろから威勢良く声を掛けられた。


「あら、新橋君じゃないのっ。あなた仕事辞めたって本当なの?」


 同じマンションにお住まいの奥様だった。以前、エレベーターが点検で使えなかった時に、荷物の持ち運びを手伝った事がきっかけで顔見知りになった。とはいえ、挨拶をする程度の間柄だ。だというのに、その情報網はいったいどんな世界的組織に繋がっているというのか。


「ええ、まあ。そうなんですが、よくご存知ですね。」


 主婦のご近所ネットワーク恐るべし、と思っていたが、その答えは僕の想定とは違っていた。


「さっき外であなたのお友達って人にあってね、事情聞いたのよ。心配して訪ねに来たっていうんだけど、あなたが居ないみたいだから帰るところだったみたいよ。良いお友達ね。」


 思い当たるのはハルトぐらいか。初対面の奥様と気軽にコミュニケーションがとれること、そして余計な情報までブロードキャストしていくあたり、アイツらしい。まあ、僕としても特に隠したい訳ではないが。


「やっぱり今のご時世だから、転職先を探すのも大変でしょ?あ、そうだ。ねえ、夜風ちゃん、雛坂さんのところでアルバイト募集してなかったかしら?」


 ご婦人が急に僕の後ろに視線を向けたので振り返ると、世間話が始まってしまい足を止めていた僕たちをよそに、一人の少女が到着したエレベーターに乗り込もうとしていた。不意に呼び止められたことに気がついたらしく、せっかく到着したエレベーターを降りてこちらまで来てくれた。


「こんにちは、坂倉のおばさま。なにかございましたか?」


 見た目は中学生ぐらいだというのに、物腰というか、言葉遣いがどうにも丁寧すぎる。良いところのお嬢様だろうか。たしかに、自分は好条件に釣られて多少無理して契約した物件だが、上の方の階は無理をしても届かない、良いお値段がしそうな世界の様だ。


「ほら、この前アルバイト募集みたいなこと言ってたじゃない?この子、新橋君。会社辞めてきちゃったらしくてね、今どこも厳しいだろうから、もしまだ人手が要る様だったら、どうかしらと思ってね。」


「アルバイト、ではないのですが。確かにまだ人材は見つかっていません。おばさまがおっしゃる方なら、というのもありますが、こちらにお住まいの方ならある程度信用できますね。」


 そういうと、夜風と呼ばれた少女はこちらを振り返る。


「いかがですか?おばさまはあの様におっしゃっていますが、あなたの意思もありますので、よろしければですが。もちろん適性は見させて頂きますので、まずは面接からと言うことにもなります。」


 散々苦労した就職活動が、本人不在のまましっかりお膳立てされてしまった。世の中上手くいくときなんてのはこんなモノかもしれない。自分では苦戦していただけに、例えアルバイトでも今は食いつなぐという選択も必要かもしれないな。この子が言うには、アルバイトでは無いらしいが。家庭教師か何かだろうか。


「えっと、僕としても、ありがたい話ではあるんだけど、何のことか全く分かっていないんで、まずは話を聞かせてもらえないかな。まあ、坂倉さんが言っている通りの事情でね。正直、何か仕事があるっていうのなら助かるよ。」


「それでは、今から面接に参りますか?そうすれば、あらためてお会いするために連絡先を確認せずにすみますので。」


 正直助かる。仮に部屋番号や電話番号を聞いたとして、改めて連絡を掛けるというのは少なからず緊張する。それにしても、随分と身軽な職場だな。


「それはありがたいけど、今からで大丈夫なのかい?」


「はい。大所帯ではありませんので、そのあたりは柔軟に。」


「あら、良かったわね!おばさん、いい仕事しちゃったかしら。」


 まだ決まったわけでは無いが、ほとんど他人である僕にとっては、ここまで取り次いでもらえば十分すぎる。


「ありがとうございます。ご心配おかけした上に、紹介までして頂いて。」


「いいのよぉ。私も雛坂さんにはお世話になってるし、いい人紹介できて良かったわ。」


 そう言われると、なにかあっても断りにくいんだけどなぁ・・・。とはいえ、これまで碌でもないことが続いていただけに、既に諦めというか、なにがあっても受け入れる心構えは出来ている。どんな仕事だろうと一度は引き受けてみるつもりではいるのだが。


「それでは、上へ参りましょうか。エレベーターさんも口を開けて待ちぼうけていま・・・」


 夜風ちゃんがそう言いながら、再び上階に向かうボタンを押しかけたところで、タイミング良くエレベーターの扉が閉じる。どうやら上の階から呼ばれたらしい。


「か、紙一重でしたか。」


 しまり掛けた扉は、今更ボタンを押し直したところで思いとどまってくれることなど無く、箱船は無情にも天上へ旅立って行った。


「あらあら、ごめんなさいね夜風ちゃん、おばさんが呼び止めちゃったばっかりに。」


「い、いえ。お気になさらず。さきほどこちらの方に面接のご案内をさせて頂いた様に、急ぎの要件などは、ありませんので・・・。」


 顔を赤くしながら、だんだんと小声になっていく。なんだか僕まで申し訳ない気持ちになってきた。


「3台もあるんだから、ひとつぐらい1階にキープしてくれても良いのにね。まぁ、次を待ちましょうか」


「はぃ、そうですね・・・。」


 さりげなくフォローをしたつもりだが、恥ずかしさに追い打ちを掛けてしまったらしく、いっそうか細い回答が帰ってきた。どうやらこの子も、なかなか親近感が持てる星の元に生まれていそうだ。上流階級のお嬢様であれば、今日だけの運勢かもしれないが。

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