第7話 信頼関係
継続は力なり。もう誰が言っていたかなんて覚えていやしないが、義務教育の課程で腐るほど聞かされた言葉。だがそれは確かに正しく、何事も積み重ねが肝要だ。取引相手から信頼を得るなら尚のこと、一度の取引でお得意様になることは無いのだから。何事も繰り返し、積み重ねてこそ成し得るのだ・・・。
「出た!見ましたか所長、ついに昇竜拳を出しましたよ僕は!」
「ちょっと新橋さん、勝手に上手くならないでくださいよ!帰ったら対戦するんですからねっ、今あなたは、初心者同士で遊べる貴重な機会を手放そうとしているんですよっ。」
プチ上司の抗議の声が、実に心地良い。無事に最初の取引を終えた僕たちは、次の商品を購入するまでに不自然では無い期間を過ごすため、暇つぶしの手段を画策していた。
夜風のリクエストもあり家庭用ゲーム機を買って来たわけだが、最初はソフトの選択を間違えたと嘆いたものだ。だいたい、横、下、斜めのキー入力など不可能に近い。横から下に動かすなら、斜めにキーが入るだろう。
とはいえ、ここも継続は力ということらしく、ついに僕はその力を手に入れた。・・・まだCPU対戦にも勝てはしないのだが。
「帰ったら、ってことは所長、このゲーム現実でも買ってたんですか? であれば、こちらとしても多少は練習しておかないと、対戦しようにも相手にならないと思うんですが。」
先ほどの抗議の内容から見当は付いているが、後々対戦を持ちかけるつもりだというのなら、敵の情報は正確な方が良い。
「だいぶ昔の同じ様なソフトをかったことがあるんです。ただ、いきなり最初っから難しくて。CPUにも全く勝てないのに、最近のはオンライン対戦ですか?無理に決まってるじゃないですか。」
昔というあたり、本当に見た目の年齢じゃ無いという事を再確認させられる。どうにも馴染まないが、それはそれとしてだ。大方の予想通り、ほとんどプレイしたことは無いようだ。無いようだが、その割にまだ不満は収まらない。
「だいたいなんだっていうんですか、方向キーを一回転させるコマンドとか。回転したら上に向くからジャンプするじゃないですか。ベっちゃんにこんなコマンド投げたら吐き出したコンパイルエラーで2時間コーヒー飲み放題コースですよ、まったく。」
「ベっちゃん?」
慣れない固有名詞の登場に思わず聞き返した。とはいえ、このままでは格闘ゲームメーカーへの恨み節がBメロからサビに突入しそうな勢いだったわけで、我ながら良い仕事をした。
「あれ?お話しませんでしたっけ。この世界、偽装現実を構築する中枢の、推論エンジンであるところのベっちゃんです。あーそっか、新橋さんには正式名称のBETTERとしか言っていませんでしたね。失礼しました。」
「コンピューターに名前をつけるって話は聞きますが、さらに愛称までついたらわかり難くいでしょう、まさに今。」
「コンピューターではありませんよ、べっちゃんはべっちゃんです。新橋さんはかわいさが分からないからそういうことを言うんですよ。今度じっくりお見せしますから、それまでは気にしないでください。」
帰ってからの面倒事が増えた様な気がするが、ひとまず不満はそれたらしい。
「そういえば、このゲーム機を買うときにも使いましたけど、よくクレジットカードなんて手配出来ましたね。」
ターゲットとの取引にも結局カードを使用したわけだが、夜風に案内された住居には既にカードが投函されていたこともあり、若干胡散臭くもあった。
「それはもちろん、いち早くターゲットの信頼を得るためですよ。支払いが早い方が印象が良いのは間違いないですから。」
「いやそうじゃなくて、世界に干渉するのが結構大変だって話、あったじゃ無いですか。いきなり満員電車に放り込まれた原因でもあるわけですよね。」
本来あり得なかったことが発生する、例えば誰も居なかった場所に新橋周一郎が出現したことで、この世界が現実では無いことが露見するとマズい。そういう理解で合っていたはずだ。
「偽装が剥がれる、でしたっけ、本来あり得ない住所や口座が増えていることは、問題ないんですかね。」
普通に考えれば大いに問題があるだろう。特にこの国では、こと金目に関してはそれなりに厳重に管理されているという認識に間違いは無いはずだ。
「ご心配の点ではまあ、問題はありませんね。人の世のルールを守っているかと言う意味では、守ってはいないのですが。」
急にきな臭い話になってきた。また余計なことを聞いてしまったか。
「そういうのは勘弁してくださいよ、悪魔の手先にはなりましたが、犯罪の片棒を担ぐつもりはありませんからね。」
「おー、ついに新橋さんご本人から悪魔の手先を名乗ってもらえました。感激です。眷族、ってヤツですね。ちょっと嬉しいかも。」
「喜んでもらえて何よりですが、話をごまかさないでくださいね」
「うー、最近の若い人は上司に対して厳しいですよね。」
見た目が僕より若いせいで余裕があるのか、時折年寄り臭い台詞が出る。まだはぐらかそうとしているな。
とはいえ、僕に強制的に話を忘れさせることも可能であろうに、それをしないだろうという程度に信用もしている。ここは黙って自白を待つことにした。
「はぁ、仕方がありません。お伝えしましょう。まず、すみませんが犯罪の片棒は担いでください。」
「いきなり真っ向からこちらの要請を否定してきますね。」
「この辺りは私たちが悪魔だから仕方ないんですぅー。一旦最後まで聞いてくださいよぉ」
「はぁ、わかりましたよ。続き、お願いします。」
ふざけた言葉遣いにはなったものの、話す気にはなった様なのでリクエストにはお応えしておく。
「既にお話した様に、私はざっと120年ぐらい生きています。もちろん他の悪魔の皆さんはもっと長命なわけです。そうなると、まっとうな戸籍をもって生活するのが問題であることは分かりますよね。」
「それは、まあそうですね。」
「なので、私たちは歴史的に人間のお役所にお邪魔して、それらしい戸籍をちょちょいと書き加えさせてもらったり、親子の関係をスライドしたりしながら生きているのです。たとえば、今の私の戸籍が成人する頃に、その戸籍を私の母が名乗り、私はもう1世代次の戸籍を紛れ込ませる、という形です。」
「ってことは、所長の夜風って名前もいずれ変わるんですか。」
「そこはまあ、書き換えちゃいますから夜風ちゃんは夜風ちゃんのままです。はい、書き換えちゃうのです。要はハッキングですね。昔は紙の台帳だったので、お役所に入り込んで担当者に暗示を掛けて、と大変でしたが。便利な世の中になりました。」
なるほど、大方の事情は理解出来た。
「つまり、その一連の行為が。」
「はい、犯罪ですよね。人間のルールの上では。」
「で、その辺りのことは大目に見ろって事ですか?」
「・・・だめですか?」
だめも何も、本来僕にその審判を下す義務も権利も無いのだが。
「ねーねー、いーじゃないですかー。別に何かを盗み出したりとか、倫理的に悪いことはしないんですよぉー。」
犯罪をそそのかす悪魔の囁きというモノが、こんなにも雑で子供じみていたとは知らなかった。
「こちらの世界でも、新橋さんに口座は渡しましたが、中身はギャンブルで増やす様にお願いしていますよね。現実でも、悪魔の皆さんは正当に収入を得ています。新橋さんのご自宅のマンションも、オーナーは私のお母さんなんですよ?」
「悩んでいる時に、驚きの新情報を流さないでもらえませんかね、混乱に拍車がかかるんですが。」
ギャンブルで生計を立てる行為を正当とされるのも引っかかるが、それ以上にオーナーの件は気にかかる。下手をすると、僕の再就職は最初から仕組まれていた、という疑惑もあがってくる。
訝しむ様子を察してか、あるいは元々話すつもりだったのか。プチ所長は、その疑惑は杞憂であることを付け加えた。
「いままで研究所の人材登用は慎重だったんですよ。変な人が入ってきても私、上手くお話できるか分からないですし。でも、お母さんが入居にOK出した人なら、ってことでマンションの中から人材を確保したんです。以上、雛坂研究所裏話でしたー。」
「所長、そのノリで人見知りなんですか?」
「あ、いえいえ、そういうのとはちょっと違うんです。人材募集に、違うなーと思った人が来てしまったとして、上手くあしらう自信はあるんですよ。ただ、追い返したとして、嫌なこと言っちゃったかなーとか、落ち込んで無いかなーとか、考えてしまう結果になりそうなんですよね。一応、自分の見た目が大方の求職者に対して目上っぽく無いことは理解していますので、その辺りも含めてショックを与えてしまう可能性は高いと推測しています。」
いったいどんな酷評を浴びせるつもなのか興味はあるが、それはそれとして、確かに面倒なことにはなりそうだ。
「いけない、話がそれました。私が言いたいのはですね、誰かから何かを奪うとか、不正に利益を得るとか、そういう意味での悪いことはしていないですよ、ということなんです」
たしかに、危うく何の話か忘れるところだった。
改めて考えてみる。この状況で、なら止めます、って言ったとして夜風はそれを許すだろうか。・・・許すだろうな。なんとなく、そういう性格なのだろう事は短い付き合いだが分かってきた。
だとして、実際断ったらどうなるか。僕は帰って再就職先の探し直し。夜風は?また一人で研究に戻って、次の協力者を待ち続ける・・・ってところか。
「分かりました。ただし、今後も本当に自分が嫌だと思ったことは、断らせてもらいますからね。」
十分に考えて出した結論だ。後悔は無い。
「わーい、ありがとうございますっ!あ、念のために言っておきますが、お言葉は凄く嬉しいですけれど、お給金が上がったりはしませんのでその辺りご了承下さいね。世俗と離れた職場ですが、不当に好待遇はしませんので。」
後悔は無い。
「あ、あと、自分が嫌だと思ったら断るという点はもちろんOKです。むしろ、非常に悪魔らしいご意見です。まさに私が見込んだ悪魔の手先、ですねっ。」
・・・後悔は、無い・・・よな?
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