第6話 接触

相手を罠に掛けようと言うのだからなおさらではあるが、ファーストコンタクトというのは何事においても重要だろう。引き出しから突然飛び出して突然自己紹介、なんて芸当が許されるのは猫型ロボットだけだ。だと、思っていたが。


「何してるんです?所長。」


引き出しに挟まったプチ上司を見下ろしながら、この人なら標的の自宅引き出しに潜んで初登場、なんてこともやりかねないと思い直した。まあ、本人によれば、その姿を見ることが出来るのは僕だけらしいのだが。


「それが新橋さん、以外と居心地良いんですよここ。これから私が居る間はこの引き出し、開けながら作業する様にリクエストします。プチ夜風ちゃんはナビゲートが主な目的なので、自分では開け閉めするのも一苦労なのですよ。」


うつ伏せに上半身を乗り出して、手をぶらぶらさせながら、見上げるようにリクエストのお便りを寄越された。

ちょっとメモをとろうと開けた隙間にするりと入り込まれたのだが、まあ、作業の邪魔にはならないか。しかしなにかこう、猫を飼っている様な気分だ。・・・本人には言わない方が良さそうだが。


「いよいよターゲットに仕掛けるってだけあって、たいした緊張感ですね。」


「本格的な行動は、まだ先になる計画ですからねー。まずは時間を掛けて標的の信頼を獲得していく段階ですので。」


これから罠に掛けようという意図があるだけに、”信頼”という言葉が、本来持たないないはずの邪悪さを感じさせる。


「それでは新橋さん、まずは適当に見繕って1件ですね、取引を開始しましょう。あまり高額すぎるところは避けた上で、ある程度売り手が喜びそうなところを選んでくださいね。」


そういうと、プチ夜風は引き出しの中で器用に反転し、今度はディスプレイに向かいテーブルに寄りかかる。


「本当にそこに住み着くつもりですか。」


「なかなか掘り出し物の物件です。あ、そうだ新橋さん、夜風ちゃんの快適ライフを演出する、ふわふわな感じのクッションとかソファーとか、そう言うのを買いましょう。なんか無いですか?ドールハウスの家具的な。」


「そんな都合の良いもの出されてませんし、仮にあっても、後々直接コンタクトをとろうって話はどうするんですか?あの時買ったあれどうしてる?なんて話し振られても困るだけですよ。」


「それもそうですね。それに、本当に必要なモノは転売さんから買いたくは無いのも事実です。よく考えたら普通にオンラインショップで買えば良いことですから。」


本当に必要な、という単語に引っかかりはするものの、どうにか理解はしてもらえたようだ。しかし、なし崩し的に居住権と今後のショッピングプランが確立されているな。


「あ、新橋さんコレにしましょう、オリジナルグッズ付の限定版アニメDVDがあります。DVDなら、一応見ておけば話題にも出せますよ。」


「まあ、妥当なところですね。と、思いましたが。このオリジナルグッズとやら、邪魔くさくないですか?ルービックキューブっと、大工道具の・・・カンナ?なんでこんなものが。」


「要らないモノでもグッズ化されると買ってしまう、それがファン心理というモノなのですよ。たぶんですけど。」


購入を勧めた当人にも確証は無いらしい。しかし、一見何の関係性も無い2つのアイテムを見ていて、ふと気づくことがあった。


「いや、待ってください所長。このルービックキューブの方、分かりにくいですけれど、写真を見る限りは絶対に揃えることが出来ない並びになっています。つまり、キューブの表面をカンナで削って無理矢理正解にしろ、という意図だったんですよ!」


「新橋さん・・・!」


「所長・・・。」


「なんで、そんなにどうでも良いことに気づいちゃったんですか?」


「その苦言は制作スタッフと、企画にGOを出してしまったお偉いさんを通してからウチに持ってきてください。」


本当に、なんでこんな商品が世に出回ったというのか。


「で、所長。これ、買っちゃって良いんです?あんまりキワモノを手配すると後々面倒なことになりませんかね。」


「まあ、そのあたりは大丈夫だと思いますよ。巷にあふれている、とまでは言いませんが、ニッチを通りこして明らかに要らないモノをグッズ化する文化は、稀にですがあるらしいので。新橋さんが心配しているほど、特異に写ることは無いかと。」


そこは特異であって欲しいモノなのだが。いや、実際特異ではあるから、個性として成り立っているのか?もう考えるのも無駄な気がしたので、心配するほどでは無い、という評価を鵜呑みにしよう。


「えーと、それじゃ購入手続きへ。メッセージとかあった方が良いですよね。一旦好印象を植え付けるって言うのであれば。」


我ながら”植え付ける”などという表現がすんなり出てくるあたり、そろそろ毒されているか。


「もちろんです。あ、でも無駄に持ち上げ過ぎないでくださいよ。あくまで最初は自然に。下手に転売を擁護するような表現だとか、過剰な賛辞は却って怪しいです。上手くバランスをとってください。」


言っていることは分からなくも無いが、注文が多いことで。


「いっそ文面まで指定してくれても良いんですけどね。言葉にしてもらえれば書き起こしますよ。こう見えて僕、結構きれいな字が書けるんですよ、パソコンで。」


「それは誰が書き起こしても同じじゃないですか。あと、私が内容を提示するケースも今後はあり得るとは思いますが、今回は新橋さんにお願いします。どんな感じでアプローチを掛けるのか、という点にも興味がありますので。」


どうやら、少なくとも今回はサボる事は出来なさそうだ。少し考えて、文面を起こし始める。

”はじめまして、こちらの商品ぜひ取引させてください。本当に探していました、貴重なアイテムを出品頂き、とっても助かります!”


「こんな感じでどうですかね」


自分なりに、短くシンプルにまとめたつもりだ。過剰な賞賛もせず、ひとまずは注文通りだとは思うが、上司の評価は果たして。


「なるほど、上手いこと表現しますね。ミスリードを意図しつつ、嘘にはなっていない辺りは特に。いよいよ新橋さんにも、悪魔の手先としての自覚が芽生えてきたようですね。」


「高評価はともかく、その称号は着払いで返送させてください。」


嘘にはなっていない、というところまでしっかり見通されていたのは、流石というべきか。


そう、ここでいう”本当に探していた”というのは商品では無く、出品者であるターゲットその人だ。こちらとしては、目的を叶えるためには標的とコミュニケーションを図る必要があるわけで、そういう意味では、必要性はともかく貴重なのであろう商品を出品していてくれて、とても助かったのも事実だ。


繰り返しになるが、必要性はともかく、なのだ。今更だが、他の商品の方がもっと自然にお客様を装えただろう。


「じゃ、手続き進めますね。それにしても、他に出品はいくつもある中で、なぜコレを選んだんですか?この作品ご存知で?」


と聞いてはみたが、謎グッズのくだりを思い返す限り、特に作品に思い入れがありそうなやりとりは無かったか。案の定、アニメの内容とは全く別の答えが返ってきた。


「そのルービックキューブですよ。この引き出しにちょうど入り切らなさそうなので、ここを間違って閉めてしまわないための障害物としてぴったりです。この夜風ちゃん、痛覚のフィードバックはほとんど通さない仕組みではありますが、間違って挟まれるとさすがに見た目が痛々しいので、その対策に。」


結局、プチ上司の明るいスイートルーム計画が目的だったワケだ。呆れる思いも込めて、先刻の発言から揚げ足をとってみる。


「本当に必要なものは買いたく無かったのでは?」


とはいえ自分で言っておいてやはり、本当に必要、という評価には引っかかるモノがある。


「そうなんですが、買っておいて捨て置く、というのも何か残念というか、商品そのものには良くも悪くも思うところはありません。なので、本来その商品が想定されていなかった目的で活用させてもらうことにしましょう。」


また上手いこと理屈がついてくるモノだと思う。が、今回ばかりはそう簡単には行かなさそうだ。


「その志は、なかなかにご立派だとは思うんですがね。そうなってくると一つ厄介な問題が残ると思うんですよ。」


「はい、なんでしょう。」


「カンナの方はどう活用なさるおつもりで?」


「・・・新橋さんがミニチュア家具を作ってくれる、というのはどうでしょう。」


それは本来の目的で活用することになるのでは、と指摘しようと思ったが、厄介なことに、カンナとして使われることはおそらく本来想定していないグッズなのだろう、コレは。結局、もう何度目かの藪蛇になったわけだ。


「お望みの家具を手配しますので、今の話は無かったことにしてください。」


すっかり顔なじみになった藪から出た蛇には、丁重にお帰り頂くことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る