第5話 標的

話に聞いたことはあったが、インターネット上のフリーマーケットは混沌としていた。プレミア価格の出品はまだ可愛い方で、現金、偽ブランド、明らかに本人のモノとは思えないサイン色紙、サイン入りCD、サイン入り湯葉、・・・湯葉?


「ったく、食い物を粗末にしやがって。」


思わず苦言を呈してしまった。呆れて手を止めたところに、夜風が感心した様子でディスプレイをのぞき込む。


「なるほどなるほど。ちょっとこれは盲点だったかも知れませんね。湯葉の上にサインを書いてしまえば、へたっぴでも偽物だとバレにくいかもしれません。しかもこんな馬鹿げた出品となると、かえって本人がネタで出品しているように思われ・・・ないですね。すみません忘れてください。」


人智を超えた存在も惑わすとは、フリーマーケットアプリというものは、想像以上の魔窟と考えた方が良いかもしれない。


大井競馬場でスッカラカン手前から驚異の大当たりを成し遂げた僕たちは、いよいよターゲットである転売屋との接触を図る。夜風が最低限、と言っていた戸籍と住所の偽装が組まれていたおかげで、またネットカフェに戻ることなく生活の拠点も得ることができた。


しかしまあ、あやうく家賃のあても失いかけた状態から、新品のタブレットも買えるぐらいまで稼げるのだから、未来予知さまさまだ。


「100円玉の力ってのも、侮れないもんですねぇ。」


「わたしとしては、未だに100円しか残していなかったことが信じられないんですけどね。まったく、もしこれが10円単位でしか残ってなかったら、新橋さんの言う未来予知史上に語り継がれる大失敗談になっていたところですよ。」


「そこはそれ、最初に買ったときに100円単位でしか買えないって気づいていましたから。ご自慢の優秀なスタッフを信じてくださって結構ですよ。」


「だからといって、3回目に100円しか残らないギリギリまで攻め込む必要は全くありませんでしたよね。おかげで当たるって分かっているのに、随分とハラハラさせられてしまいました。」


どうにも、この件に関する小言は今月のパワープレイになりそうな勢いだ。

相応の失敗をしている身としては、甘んじて受ける他はない。


「やはり最後の1戦、勝たなければならなかったですね。次回こそは、必ず勝利をお届けしますよ。」


「やめてください。」


さすがに冗談だということは分かっているだろうが、ぬいぐるみサイズに縮まった顔で眉間にしわを寄せる芸当まで見せられるとは思わなかった。


「器用なもんですね。そういやその格好、何か呼び方考えませんか?雛坂 夜風所長、本人であることには変わりは無いわけですが、なんというか、区別がつくようにしておきたいといいますか。」


「そこは可愛く、夜風ちゃんとフランクに呼んで頂いてかまいませんよ?さん、はい。」


「教育テレビか何かですか?代案を要求します。実はこう見えて僕、頭の固い日本男児なものでして、上司に対して軽々しい呼び方ってのはどうにも拒否感がありますね。恥ずかしいとかでは無く。」


自分としたことが、とんだ藪蛇だったな。どうせなら、こちらから提案して押し切るべきだったか。


「あ、その顔、なにか適当な名前を勝手につけようとしてますねっ。仕方がありません、こちらも譲歩しましょう。えーっと、プチ夜風ちゃん、とかで、どうですか?」


「うん、それなら僕が声に出すならプチ所長、とかでもでいけそうか。良いですね、それで行きましょう。」


「むー、ちょっとつまらない気がしますが、仕方がありません。それでは改めまして、いよいよミッション開始ですね。」


紆余曲折、というにはあまりにも回り道をしてきた。正直忘れかけていたというか、そもそも目的として、わりとどうでも良い。


「今更ですが、ミッションのターゲットはもうちょっとなんとか、なんなかったんですかね。」


「なんですか新橋さん。私がお酒を少しでも美味しく頂きたい、と願うことはそれほど価値がないとでも言うんですか。」


「志は買いますがね、掛けるコストに対して見返りが、なんて言うか、ささやか過ぎやしませんか?」


転売屋の、それも一個人への嫌がらせにどれほどのヒーリング効果があるか分からない以上、下手をすると、リターンはほとんど期待できない案件だ。


「ささやかだから良いんですよ。それに新橋さんだって、この偽装現実という発明にふさわしい超・重・大・ミッション!、になんて、関わりたく無いはずですよ。」


「言われてみると、それはそうかもしれないですね。」


「まだ漠然としているようですね。過去に干渉するなんて映画みたいなことをするわけですから、地球のピンチを救うレベルでも相応しいと、私は思うんです。やりたいです?失敗すると地球まるごとサヨウナラ、なんてスリル、味わいたいですか?」


「あー、理解しました、多分。なるほど、このどうでも良いターゲットってのが、”実験”には最適ってことですね。」


世界の趨勢はともかく、人の命を左右するだけで自分の手に余ることは、インターネットカフェで思い知らされたところだったか。似たような話で手間を掛けさせてしまった。


「僕としては、職務を拒否するつもりはありませんでしたが、この話は聞くことができて良かったですよ。さて、その目標の転売屋ですが、どうやって探します?」


「ちょうど、今ご覧になっているそのアプリを使っているはずです。IDはyag8908、こちらで検索を掛けてみてください。事前に履歴を確認した限り、過去5年以上は取引の形跡がありましたので、今日の時点でもアカウントはアクティブなはずです。」


当たり前だが、IDをしっかり控えている以上探す手間も無く、ピンポイントで確認出来た。散々”どうでも良い”との評価を受けた哀れな出品者の情報を確認する。


「ニックネームは”ハル”、現在の出品が・・・結構ありますね。DVDやゲームの限定版を中心に、出品はホビー関連が中心ですか。あー、ありました、飲食物も扱っていますね。銘酒だけじゃなく、数量限定品や有名どころの土産物。」


2018年と言えば、年初に冬期オリンピックを開催していた。そこから半年以上経過してはいるが、値段設定は未だにかなり強気に見える。それでも売れている様だから、相当に”美味しい”銘柄なのだろう。


「もぐもぐタイム、でしたか。わたしコレ食べたこと無いんですよね。」


プチ夜風が若干物欲しそうにディスプレイに引き寄せられる。とはいえ、今回のミッションの発端を鑑みれば、転売屋から購入する、なんて選択肢はなさそうだが。


「そういえば例の焼酎の件ですが、最初から転売で購入してるっていう認識じゃ、なかった訳ですよね?いったいどういう経緯で運命の出会いに至ったんですか?」


「そんなロマンスの要素は全くありませんよ。SNSでキーワード検索を掛けていたら、PRを掛けているユーザーに引っかかってしまいました。そのPRのテキストがメーカー関係者を装っていましてね、小さな酒蔵とのことだったので、WEBの店舗を構えずにアプリで売っているとか、周到に。」


「また随分と手の込んだことで。」


その営業努力が出来るのであれば、まっとうな職にも就けそうなものだが。自称悪魔の研究スタッフが言えた義理はないか。


「ざっと検索してみましたが、今日時点ではまだ、そういった営業活動は始めていないみたいですね。商品の説明文も比較的オーソドックスです。」


「哀れですね。そのまま大人しくしていれば、わたしに目をつけられることも無かったのに。」


プチ夜風の見た目と、これまでの経緯も含めれば全く重みを感じないものの、ここだけ聞けば時代劇か何かだ。


「台詞が悪役じゃないですか?」


「役ではなく、悪魔ですので。」


定期的にPRする必要があるのだろうか。確かに、プチではない方の夜風をしても、悪魔然としたの迫力などとは無縁ではある。適宜主張して行かなければ忘れられる、ということはありそうだ。


「しかし改めてマーケットを覗いてみますと、有象無象の中じゃあ、そこそこマシな感じですね。本当にこの人がターゲットでいいんです?」


「偽装に入る前にもお話ししましたが、世直しがしたければ人の手で為してください。それこそ、あからさまにアウトローな取引は運営会社が取り締まるべきでしょう。実際のところ、その気が無いのか手が回らないのか、マーケットは学級崩壊してますけどね。」


学級崩壊。正直関わりたくない、という点でかなり的を得ている様に思える。


「そういう意味なら、こちらの御仁はまだ更生の余地ありって感じですが。そういった点で手心を加えるつもりなんかは?」


「無いですね。そもそも人間の皆さんはその当たりの認識が甘いというか、傲慢ですよね。誰かが逮捕されれば、もっと他に逮捕されるべき奴が居るだろうとか、交通違反で捕まれば、みんなやっている事なのになぜ自分だけとか。なぜ、報いを与えるモノに対して100%の履行を求めることが当然の様に思うのでしょうか。」


「また厳しいご意見ですね。その辺りは、不当に見逃される者が居ることへの、不公平感が源泉だと思いますよ。」


事実、似たような事件や事故の内容で、メディアの扱いや判決に差が出ている点は事実であり、僕としても、そういったニュースはあまり良い気分で居られるものでもない。


「それは裁く側の資質の問題であり、人が為す不条理ですよね。今回のターゲットには、私を謀った件のご縁で実験台として、いわば生贄となってもらうことが決まっただけです。言い換えれば、運の良し悪しがあっただけです。それすら不公平と感じるとすればその感情の実態は、裏に自らの罪を逃れたいか、自分が嫌悪する対象を攻撃したいなどの欲求があるだけでは無いでしょうか。」


今のケースに当てはめれば、僕は後者だ。

より悪質な取引をする者たちが罰されて欲しい、という思いは、確かに否定できなかった。


「こりゃまたさらにお厳しい、鬼ですか。」


「これは内緒なんですが、実は悪魔です私。」


悪魔ってのは、人の弱さにつけ込むなんて話も聞くが、つけ込まれた訳では無いにせよ、弱さをえぐられた感じがする。


「それじゃ、今回のターゲットに選ばれてしまったこちらの取引先には。」


「はい、みずからの不幸をせいぜい呪って頂きましょう。」


やはり、台詞がどうにも悪役染みていた。

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